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瀬島 章

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

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彼の鞄

  瀬島 章

試みに彼の鞄を持ってみる
革製のそれは大きさばかり目立つが相変わらず軽い
きっといつものように家族が入っているのだろう
そのことは彼から聞いている
彼は信用するに値する人物なのだ
だから中身の真偽を詮索する気はない
もっともわたし自身に詮索の方法がない
なぜなら彼の鞄にはクチがないのだ
ジッパーもなければ留金もない
ナイフで切り裂くと言う手段があるが
それはやり過ぎというものだろう

          
          
             ジュクジュクト融ケル鞄
       
          ワタシノ視野カラ逃レモシナイ


彼は毎日と言っていいくらい
その鞄を持ってわたしの家にやって来た
夕食を終えてぼんやりテレビを見ていると
玄関でいやに元気な声がして、彼である
ある日は午前中にやって来て、訳を聞くと
「ネクタイが今朝なくなった 出勤はひと先ず止めです」
と裸足のままジャンプする

               
          口臭カ
          
        臭イハスルノダガ

          ワカラナイ


彼は何かのセールスマンらしい
しかし何物も売ろうとせず
いわば苦労話のようなものをするが
そんなとき 彼はいかにも嬉しそうだ
いやわたしは彼の不機嫌や憂鬱を見たことがない
「首を絞めたって買わないやつは多い」とか
「挨拶をしたら殴ってきた不動産屋と飲みに行った」
という話をしている彼はジッとしていることはなく
笑い転げたり目玉をぐりぐり回している

                  
動悸ガ高マル
            
       遅スギタ後悔ガ鞄ニ伝ワリ
               
        ユックリ揺レテイル

その彼がまったく来なくなってしまった
彼の方から一方的に来ていたこともあるが
誰も彼の何者かを知らない

                    
          音スル鞄

      シカシ聞クベキ音デハナイ


彼が置き忘れて行った鞄がもう一年近くも
わたしの寝室の隅にある
毎日ほこりを払ってやるが
わたしはなぜかそれ以外のことが手につかず
彼そのものになった鞄のかたわらにしゃがんだまま
寝室の隅から動けないでいる

文学極道

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