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雛鳥むく

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


Land Scape Goat

  雛鳥むく

わたしの背に
連綿とつづく原野
そこに暮らしていた
一匹の仔兎が
今夜
死にました

という
あざやかな寓話を
包帯にくるんで
玄関の扉に
吊るしておきます
けれども街には
乾いた三角点が
散乱しているから
誰もが尾鰭の手入れに夢中で
わたしはひとり
兎を追悼する
準備にかかりました

兎を、弔う
兎を弔う兎を、弔う
兎を弔う兎を弔う兎を、弔う
兎を弔う兎を弔う兎を弔う兎を、弔う

わたしの背に
連綿とつづく原野
そこに暮らしていた
一匹の仔兎が
今夜
死にました





骨のない魚を
のみこんでいくネオン
空中庭園のうえから
たくさんの神話が
飛びおりてしまった
というひとつの神話を
空中庭園のうえから
突き落としたのだけれど
ひとつも
血は流れませんでした

(そのとき
(兎の死骸は
(神話を
(肯定できなかった

神話と、
そうでないものが
入り混じって
忘れられた幽霊たちは
清潔な比喩を
夜空に点らせていきます





兎の死骸がわたしに問いかける 散華の花言葉を知っていますか 答えられるはずがないなぜならわたしは自分の尻尾を追いかけている最中で 指先から葉脈を追っていくとやがて深い海溝に辿り着いた 夜闇が信号機を運んでくるのではなく点滅を繰り返す黄信号が夜を運んでくるのだから 影絵で遊ぶ手が失われたから夜は薄暗いのかもしれないと呟く右手に絡まる影が兎の死骸をぐわりと攫っていったとき街には三角点が散乱し 空中庭園のうえから飛びおりていくひとつひとつの清潔な比喩が骨のない魚の鰓を手入れするのだとして

だとしたら、
もしも、
仮に、

神話を
量産する
わたしが
ひとつの
神話
だとしたら、

ただひとつの変貌が
わたしの手ではおこなえない
ナイル青の
審判を
待つ
誕生
兎が死ぬ世界にいる
わたしの誕生
兎が死ぬことのない世界にいる
わたしの誕生

あらゆる
病理というものを
内包した
神話を
空中庭園から
突き落とすわたしは
青く燃えあがる
アスファルトのうえに
突き落とされたかった
どうせ血は流れない





わたしの背に
連綿とつづく原野
そこに暮らしていた
一匹の仔兎が
今夜
死にました

という
あざやかな寓話を
包帯にくるんで
玄関の扉に
吊るしておきます
けれども街には
水没のはじまりを
告げる鐘の音が響き
人々は
そもそも 兎が
うまれることのなかった世界に
黙祷を捧げていたので
わたしはひとり
兎を追悼する
準備にかかりました

兎を、弔う
兎を弔うわたしの誕生を、祝う
兎を弔うわたしを祝うわたしを、弔う
兎を弔うわたしを祝うわたしを弔うわたしの誕生を、祝う

わたしの背に
連綿とつづく原野
そこに暮らしていた
一匹の仔兎が
今夜
死にました

という
ひとつの間違い

約束を啄む
巨大な世界樹に
わたしは
愛犬と同じ名前を付けてやる
ポチ
ほら ポチ
わたしは犬など
飼ってはいないのだけれど


Ou est ma agneau

  雛鳥むく

日記帳、
欄外の余白を縮絨し
つくられた子羊に
錆びた針を飲ませる
わすれられた浜に
とり残された
もろい足跡のように
母の筆跡は、
幾度目かの春で途切れていた

郵便受けに手紙が
一通も入っていなかった朝、
どんなに柔軟な挨拶でさえも
遊泳魚のように
身を踊らせるねむりを
捕らえることができない
汚された不在届を
盾のように構えながら
ただ促されるままに
汽水で素足を濯ぐ
一方で、
Kimiと呼ばれた子羊たちは
桟橋から波間へと飛びこんで
跡形もなく蒸発し
まもなくみんな雲にかわった

そして、
それら名もなき雲が
しなやかに軋み
ねむったまま
目覚めることのない母の
痩せ細った躰を降らせる
背筋にはひとつ
縦にながい亀裂が入っており
ああ、これは
まるで蝉の抜け殻だ、

わたしは
乾ききった彼女の
たくさんの残骸を
戸籍謄本とともに焼却していく
そのころ、
空の上では
無人の成人式が
ひそやかに執り行われていた

居間で飼い慣らされた
鶺鴒と
交接をする
(とても孤独だったよ)
教則本の
硬質なにほんご
ゆるされた
ハーベスト、
子宮のなかで
子羊たちをKimiと呼び
呼ばれるために
蹄の墓場で夜を越す

あらゆる
指紋
そして
従属する
行方不明者
射精を
追う
メタファー

母の
無機質な猟銃が
子羊に向けられたとき
わたしは、
固有名詞を棄て
どす黒い血を吐くだろう
お母さん、これが
あなた自身の訃報です
郵便受けに手紙が
一通も入っていなかった朝、
柔軟な挨拶たちは
もう
母の名前を呼んではくれない
誰も
母の名前を知らない
 


とりろーぐ

  雛鳥むく

i
水を撒く、
あなたの地球儀を
絞殺したのは
わたしではなく
わたくし、
であって
緻密に、
ただ緻密に、
あなたは欺かれ
白紙になった
太平洋で
立ち止まった海水は
沈没するのでしょう。


絹糸の
不確かさを
ひた隠しにするために
虫食いを
さしむけた銃口が
火を吹くとき
乾いた滴が
地図のうえに
流されたのだった
火葬する消火器
避難
できなかった避難経路
ひとつとして
痛みをともなわない
干からびた、
陥没がおとずれるばかりで


対話との対話を
繰り返す赤子の
指はたいてい傾いていて
そこから
とろとろ、と
三人称が零れている
わたしや、
あなたや、
それら。
公平に殺めることは
どうしようもなく
不可能だったから
いつも
地球儀を
天恵と呼び
白地図のうえで
浮上するのです。


はうる、
書き記すことが
答えという言葉の
答えだというならば
はうる、
風が渦を
巻いていますその中央で
横たわっているわたしは
今まさにこうして
わたしはゆるやかに死にました

書き記すことができる
わたしたちは
たくさん死にました
わたしも
わたしもわたしも
わたしたちみな
地球上にいるわたしは
絶滅しました と
 
(余白に、)
 
はうる、
あなたは
憶測の記憶であり
繁茂する水の
渇きでもあるから
はうる、
自らの名を
いずれすっかり
わすれてしまうのでしょう。


i
虚偽を
降らせる
flow
fluorite

たとえば
蛍石の主成分は
フッ化カルシウムだが
しかし、
わたしにとってそれが
ときに事実ではなかったり
あなたにとってそれが
ときに無意味な事実
だったりする
ひとつだけ言えるのは
蛍石の
やわらかなかなしみを
かつて、あなたはあいしていたこと
かつて、あなたがあいしていると言っていたこと
かつて、あなたがあいしていたとわたしは認識していること
そう記憶しているということ
flow
降ろう
虚偽を降らせる
そして
いつだってわたしは
わたしや、
あなたや、
それら。

虚偽として絞殺し、
trilogue
渇いた井戸や
単純な経度は、
白地図のうえで
なだらかに科学されるのでしょう。
 
 

文学極道

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