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水漏綾

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


自転車

  水漏 綾

この世界にじぶんが
在る、だけじゃどうしようもなく
さみしいってあなたは言う。

自転車は毎日漕がれるから、
疲労を積み重ねて少しずつ壊れていくね。
そういう風に在りたいって、
念うんだね、どうして、

漕いだ
右足が前に出て
残り半分、左足が前に出る
そのあわいを壊れる過程とした時
回転し続けた車輪が通った跡は
じごくの道になるわけです。

綺麗だな
と思うわけです。


  水漏 綾

晴れの日に
いただいた花束を
逆さまに吊るして
ドライフラワーにする

すこしずつすこしずつ永遠を目指していく
花たちを眺めているのが
わたし、好きだな。
それを目指させたのはわたし
という小さな優越感と罪悪感も
雨の日だとそのスピードは
ゆるやかになることも

生きながらにして
静かな石になれないものか
水がじぶんを穿つのを拒むこともできない
ただの、しっとりとした石に。
そこにあるのは
誰に、なにも
与えたくないという
心淋しい孤独の願いがあるだけなのだ


消失点

  水漏綾

自分がうつくしいひとであることを
知らないあの子は
今日も古文単語を覚え続ける
わたしは、
わたしだけがそれを
知っていることが悲しかった

ひい、ふう、

遊覧船に乗ることは
まばゆい時代を
歩いて進むことといつだって似ていて
観覧車から顔を出すことは
叶わないもので
スーパーカーは青色がいい
レモンエロウの絵の具は
使いきった
割れた卵は元に戻らない

みい、

あの子の顔
波によって
雲みたいに
隈取られた
そして最後
見えなく
なった


環礁

  水漏綾

コンタクトがずれて
地面に吸い込まれていった
わかっていたのに、
わたしはそのまま
くらりくらりと
真夜中へ歩を進める

ドームの中
できてしまった美しい環礁
何も見えないふりをして
踏み潰してしまうのは
結局わたしだった

クマノミは
イソギンチャクの毒に
耐性があるらしく
日常を喜とした痛みに
いつでもあなたは
生かされている


春でした

  水漏綾

あなたが混じると
脆い真鍮のような
色なきわたしの声でした

隙のないあなたを
美しいと思った。
そのわけは、
了解し得ない言葉の数々
句拍子忍ばせる語りのうち
どこまで届くのかを
あなたは知っているから

深淵にゆびさす
あなたのまなざしに
飢えて咳き込む春でした


キッチン

  水漏綾

腐りかけたのは
赤いりんご
それが美味しいジャムになる
だからわたしはキッチンが嫌いです

どっちかにしてくれと思う、
嫌いというより、戸惑う、
そうだ、
身の振り方に、困るのだ、
だからわたしはいつも、
キッチンを殺そうとしてしまう

わたしが小学生の時
死んでしまった親戚の
本当の死因を語ったのは
口数の少ない母
その目はわたしを語り
涙を浮かべて思い遣るのだ

その場所はキッチン
わたしは赤を脱いだ
どろどろの甘い黄色を
正義みたいな瓶に詰めなきゃなんない
だからわたしは、キッチンが嫌いです


さみしさ

  水漏綾

爪をぱちりぱちりと
切っていく
わたしから離れていった
物としてのかけらたち

常温の嫌悪感と
それに連なる
心地よい孤独感

あくまでそれは
旅立つもので
歩めばきっと
わたしの後を
嬉しく追うだろう

三日月の形をしていた、
ひとつ、ひとつの、
さみしさは。
未熟からなるものだと
わたしは信じない


萌蘖

  水漏綾

布団に入って
眠るまでの準備
歯磨き粉が
無くなったことに
わたしは
今さっきまで
気づけなかった

わたしね、きっと、
あなたをやわらかく喪失した。
そのことによって
過去は綾をなし
二人静を芽吹かせる

萌蘖は
枕に頭が沈むこと
深けにはまり
抜け出せなくなること
そしてやっと
夜が始まるということ


  水漏綾

美術室
香るはずのない
石鹸のにおいを
ざざと降る雨は
背負ってくるのか

肌が湿り
まとわりついている
普段の皮をふやかして
きみのまなざしは
素肌ではなく
モチーフでもない
剥がれ落ちそうな
わたしの
瘡をさしていた

洗い流されて
良い香りがするような
雨は存在を許されない
雨はいつだって
生乾きの古びた
コンクリートの匂いで
そこにあるものです



ああ
望まないはれがくる
わたしを照りつけるな
わたしを照りつけるな
わたしを
わたしをっ
見ないでください



雨は明らかにした
死んで骨になるうつくしさを
他愛もなく生ぬるいやさしさを
ともすれば激情のいやらしさを

油が跳ねる、
焼きつけられたことで
存在を許された
うつくしいわたし


てんごく

  水漏綾

深いしじまに身を寄せて
寒がっていた、東京
日々は逡巡して
歩きだそうとはせず
身近にいてくれたのは
すこし汚い、やさしさです

生はどうだと
ひとは問うけれども
死ぬことが痛いことなのは
とうの昔で
ランドセルが赤黒の二色から
カラフルに選べるように
なったことと大差なく

敬虔なクリスチャンの
メダイは白い素肌の
上に身を潜め
草臥れたホームレスの
ねがいは黒い地肌の
下に身を潜めた

わたしは
知らないことが
美しいことだと
勘違いを重ねていく

あなたは
虫歯がひどく痛むときは
きまって星が綺麗だと
てんごくみたいな、ことをいった。

文学極道

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