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深尾貞一郎 - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全11作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


春とか、朝というもの

  深尾貞一郎

幾度も、
 お葉書をいただき、感謝しております。
 よき道をと、御言葉をいただきました。

「その時、あなたは労苦を忘れ
それを過ぎ去った水のように思うだろう。
人生は真昼より明るくなる。
暗かったが、朝のようになるだろう。」
            ヨブ記11:16〜17

 ひさしぶりに詩が書けました。
 僕は、この世に生かされています。
 拙作ですが、ご笑覧ください。


 「春とか、朝というもの」 深尾貞一郎

知ることはできない
そこに在る
朝はとつぜんに訪れ
それは圧倒的にひかりの量で示される
うまれかわったばかりの蝶がとび
目立たぬ草木にも花を恵む
循環の日々に立つ
奇蹟は確かにある
それなのに
春は人の認知現象にすぎないと
醒めた僕はうそぶき
朝の実体は言葉でしかないとけなした



先生、
 僕は47年あまり生きてきたのです。
 屈辱と苦労の多かった日々でした。
 徐々に、心は、平穏に過ぎて行くようになりました。
 経験というものは、まさに一身の財産です。
 自意識は薄くなりつつあります。何が恥であるか、多少なりとも心得ました。
 年齢を重ねるにつれ、世の中というか世界は、ますます不可思議なものに思えます。
 マスコミが提示するような価値観は、とうにぺらぺらの広告紙面だと気付いております。それでも、手のとどかぬステイタスにはいまだに羨望するような心持ちです。
 今はとにかく、まじめに取り組んでみようとしています。何にしてもです。
                        平成29年3月31日 深尾貞一郎


貧困における呪縛

  深尾貞一郎

小鳥には手がない
叫びをくりかえし
霧の中に影をひいた

白い服を着たわたしの前でパンをたべるな、
最初におまえのくちにのせるな
たとえ噛むふりだけして満足したとしても
おまえの唾液はなぐさめてくれる

おまえは何を恐れて夜を過ごすのか
おまえに夜明けが訪れ、
明日とはいかなるものに似ていたのか

在るものが(常に)成功し給い
おまえは(常に)失敗する

おまえの語る言葉と
在るもののなし給うこととは別である
「われに悪しきことなし」とは言ってはならない
秤に手を加えるな、重さを偽るな

その唇はあまく、舌は冷たい

人をむやみに尊敬するなら、その手を求めるな
おまえのために働け
おまえのために働け

手を休めるな、
今日は、気分がいいからなぁ!


Hello Hello

  深尾貞一郎

きっと かわいいのさ
こわくないから

幻は 
たおれることもなく
つままれることもない

らんらんと燃えるむねに
かんかくを繁らせて

めにうつるもの
きこえるものに
さわらないようにしてみた

りょうみみに手をあてて
うみのおとがする

そうしたら
りんじんを愛せるようになった
おかしいかな

ぼくはわらうよ なるべくおだやかに
いろはむらさきいろで


火葬

  深尾貞一郎

公園の錆びた、
遊具のような人の性を洗う、
花梨のように、
咲く人の、憎しみを、
洗う、

今、僕は、雨を、
つかみながら、
多摩ニュータウンの
ベージュの、団地で、
燃え盛るであろう、
手足を、描こうとして、
歌うから、

僕の身体には西がないから、
微笑むことしか知らない、
僕の身体には右がないから、
つめたい泉にもアムステルダムにも行けない、
僕の身体には身体がないから、
永遠の青も、馬のたてがみが示すものさえ知らない、

だから、僕の身体を洗う、
昨日も知らない、
何でもない、
自分を、


素数

  深尾貞一郎


出発の時刻を待つ間、ロビーのソファーに並んで座る。女は小ぶりなポーチバッグからメンソール煙草を取り出してかざし、目の前のテーブルには不釣り合いなほど大きい九谷焼の灰皿を見据えるようにしている。安物のライターで火を点けた。薄い膜のかたちをした白煙があがる。初老の男は煙草の先端に発光する種火が、ちりちりと音をたてるのを聞いたような錯覚を起こす。

君が言っていた、願い事って何だ?
――あたしの願いは、現世を救うことよ。約束は守ってもらうわ。その為にあなたが死ぬことになってもねと、女が言ったような気がした。

初老の男は、つとめて平静を装う。
彼の脳裏には、小学生だった頃の女とふたり、自転車で海まで行った記憶がよみがえっていた。「ハマダイコンっておいしいのかな?」「大根が野生化した植物だって図鑑に載っていたよ」。前かごには木工用ナイフと醤油の小瓶。砂丘のある内灘海岸に辿り着き、群生しているそれらの只中に踏み入る。むきだしの脛に植物の葉が触れてちくちくとする。背後には横倒しにしたままの自転車。強い潮風に飛ばされぬように麦わら帽子の顎ひもを締める。真っ青な空は、そのまま海とつながっていた。
初老の男は微笑んでいる。

世界の意思なのよと、女が言った気がした。マクロ視点って知っているでしょう? 宇宙の存在そのものなの。あたしたちは原子核で回っている電子や中性子と同じ。DNAのようなプログラム通りに万物は動かされているのよと、女が言った気がした。
初老の男は、心地よくひたっていた情景をかき消されたようで気分を害するが、ハマダイコンの続きは今なのだと思い直した。

そのプログラムって何だろう?
感じるのよ、革命とかを。数学者は素数のリーマン予想とかから宇宙を感じるんだってと、女が言った気がした。
素数って、2、3、5、7、11、13って果てしなく続くあれか。1と、それ自身の数にしか割り切れない数字だよな。小学校で習った。
簡単に言えば、全ての素数の座標化されたゼロ点は、えーと、どうのこうのって予想なんだけど――と、女が言った気がした。

女は、初老の男の手を、ぎゅっと握った。
数字が物質とリンクしているのよ。凄いと思わない?と、女が言った気がした。
――その壮大な理屈でいけば、今日が青空なのは自然な事だって言うんだね
もちろんそうよと、女が言った気がした。
バスの時間だよ
そうだね、ありがとう
こちらこそ


午後

  深尾貞一郎



缶コーヒーを飲んだ。アーク溶接の激烈な閃光を受けた。
防護面を被った派手な顔立ちと、胸の膨らみに視線を奪われ、愛想よく、
口上を並べて、笑顔をつくった。
笑顔をつくった。
未熟な人間が高貴な死を求めよう
コバルトブルーの、燃料タンクには「GT380」、なぜか、
自然にあくびがでた。
正面に座っているトルコ人の視線が、
開いた口元に注がれる。
何度も
大きなあくびがでてとまらない。
高速回転するドリルが、
分厚い金属板に
穴を穿つ。
ギアと
ギアと
ハンドルを調整しながら、
穴から螺旋状に生まれてくる
アルミニュウム片を
見詰めている。
待っている間、5本の指を見詰めた。細かい傷にグリースや鉄粉が入りこんで、
アーク溶接の激烈な閃光を受けた。
秋風が穏やかな匂いを運んできた。
ショパンのエチュードを想うと、
幼い友の面影が浮かんだ。
真っ白なグランドピアノが据えてある。
『別れの曲』
のメロディは、濃密に、繊細に、
空間を彩り、
抑制された、
確かな構造に支えられている。
単純で自然である。
多くの能力が要求される幻影を繰り返して。


記憶

  深尾貞一郎

 
高い、空は、
海に浮いた、油のよう。
熱の
残る路に、トンボが、ポッと落ちる。
オニヤンマの複眼に残る、
うねりを帯びた敏捷さで、
丸い小金虫らが、クヌギの老木に群れる。
ふりむいたお母さんが、
四枚の薄羽根をひとつまみに、笑う。
僕はオニヤンマの歯ぎしりしている牙を凝視する。
鮮やかな黄色の胸の浮き出た筋肉は、
森の静寂さを気づかせる。
免疫細胞のように虹は
水銀や、コバルトブルーを食べる。
虹は、今、炎になった。
目をつむれば、

オニヤンマの複眼に残る、
うねりを帯びた敏捷さで、
丸い小金虫らが、クヌギの老木に群れる。
トンボの、輝きに触れたくて
紙飛行機のように、空にかざす。
心に、
はじけるものがあり、樹液を
手につけて、
匂いを部屋に持ち帰ろうと、思う。
とり残されてしまった気がするから、
今はもう、道路脇の縁石の上、
ステップを踏みながら、唐突に、
走り出す。坂を越えて、
シャボン玉の内側に、この世はあって、
川を越えて。ぶーうぅーん。
空は頭上にだけあって、木々の隙間に刺しこむ虹に
向けて、群れは飛んだ。ぶーうぅーん、ぶーうぅーん。
ざわめく、アメジスト色が、
無数にうつる
太陽は、どこを探しても見当たらず、
空全体が、夕暮れのように、
羽音と、発光している。
羽音が、


理由

  深尾貞一郎

人民に罪はあるのか


今の幸せの     、
政策的
な国民
の白痴化によって  、

キルケゴールの
希望を
見せ続け      、
人生を
買い物計画にして  、
絶望させないから


人間が
動物だから


食物連鎖
の弱肉強食の
世界しかないのに  、

民主主義とは
理念と
それにもとづく制度があります


言わ
ば        、
人間の理想    、
脳内妄想     、
共同幻想です   、

昔        、
カンボジアでの共同幻想  、
キャタピラー
が軋んだ音をたて 、
無数の頭蓋骨
を踏み潰しました


エゴイズム

元凶


文明 、
社会 、




ジー


格差 、
渇望 、
羨望 、
貧困 、
差別


教育を破壊せよ


ライフラインを粉砕しろ


知識人を殺せ


本を焼け


データーバンクを壊せ


政治家 、
官僚  、
企業家 、
医師  、 
技術者 、
宗教家 、
芸能人 、
文明
の全容


殺せ  、
殺せ  、
皆殺




壊しつくせ


都市を消滅させろ


貴様等の生首
でウエディングケーキ
を作
ってやる


鉄斧で入刀 、
叩き割る


田園に苗を植えればいいんだ


誰もが   、
貧しくともかまわない


人民に罪はあるのか


きっと   、
動物である人間は罪であると思います


季節は、消えて、髪に、花を飾って。

  深尾貞一郎

木々を凍てつかせる風が、
あしたと、きのうが、窓に打ち寄せる。
眉間をたたく。
日が割れ、床に悪寒が飛び散り、
陰影が吹き込んで湧き立つ。

かなしみとは、
わたしたちの頬をつたう
白い蛆虫の群れ。
暗いひかり、
季節は、消えて、
髪に、花を飾って。

指先が熱を帯び、兵士が、
飛び跳ね、
ヘッドライトが眩しく照らす。
幼い子らは座る。
街の屋根は赤黒くてサファイアのよう。

朝。コンクリートの部屋、
青空はあり、
常緑樹の梢は濃い。清い光が射し込む。
小さな未来が、またあがる。
椅子や机は蒸気をあげ、
現実は取り繕う。


  深尾貞一郎

異教徒の女から、
火葬場の右手のちいさな汗だまりは
汗の滴はつっと、
散って
わたしの左目にはいったとき、
目から
骨の各部のあじを薄く云う。

わたしは
あのひとの笑みをうかべて、
むぞうさに
数日まえに足のうらにはられた
ひふのなかの瞳たちと、
ち、ち、 ちち、ち、 ち、ちちちち、と。

タールをぬる
ふたつの蝶のなまぐさく、
下駄箱の蛇のように恥じた
リチウムイオンで、
いつも白い肌をおおうハツカネズミ
は頭のなか
いっぱいに拡がり、
すこし傾ける
と産まれてすぐの
雨に濡れない手をすりつぶし、
ほんの
煎餅のように小指を噛み。

運動靴のなかに
雨に手掴みにして、胸のなか
にできていたものを、
踏みつぶしてしまった。
生身のそしきだったものをぱりぱり
と割り、
そこに
入れた。


物質と記憶

  深尾貞一郎

印象は
セミの幼虫の記憶となり、
背を割り、
伐採された木々を想う。
闇に反りかえり発芽する、
ちぢれた、
アルビノの身を垂らす。

鉄パイプの骨組だけを晒す、
碧い宵の空に露出した、胡瓜畑のビニールハウス

涼やかな夏祭りの夜店、
眩しい白熱電球のもと、つらつらと壁に並ぶ
妖しいプラスチックの面。
それは
幼少期のイマージュであり、
生命力にあふれる、
無限とじかに続いていた自分の価値であった。

児は机を丁寧に拭き、
未完成である作文や
未完成な自画像、
真新しいシャツにこめられた親の情念を並べ、
できあがった無限の印象を、
児の個人的世界を、
リコーダーと一緒に密閉すべき鋼鉄箱に入れる。
封印されたイマージュを
灌木の生えた校舎敷地内の暗い地中に。

頬のふっくらとした、まるい手をした、 
もしくは忘却は、
記憶の楽園に棲む者たちの残り香であり、
掘りおこされたとき、
心の奥、深くにしみいる。
忘れ去った意思を、学習ノートの紙面に見つけ、
時の量を、
消耗された自分の夢をみいだすのであろう。

文学極道

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