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深街ゆか - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


終わりのあとに始まって

  深街ゆか



セーラー服を埋葬したあたしの体は計り売りがいい感じ



密生した花嫁のあいだ、そのあたり指を這わせて
お幸せにとつぶやく白無垢すがたの老婆は
白濁した瞳の向こうにむしゃぶりつきたくなるような
夜の印象を秘めているから
老婆が花嫁のうなじに値札をつける悪い習慣を誰も咎めない
花嫁がすすり泣く夜が美味しくてやみつきになるころに
子守唄が聴こえる
花嫁が母親を召喚した


計り売りのあたしは素早く消化される
どっちつかずの退屈の爪先は
永遠の花嫁よりも美味しいはずだから
迷わず買って食ってほしい
ねえ聞きたいの、夜っていくつあると思う?
他人の夜とあなたの夜と、そんなの数えるのアホだけだよ
そんくらいの、夜と夜の
あたし、そこのところに人差し指突き立てて
撃って撃って穴まみれにして、ほら
あぶくになって輪郭線失って
使い物にならない夜鋭くなって
鎖骨に突き刺さる
なんだか懐かしくて泣きたくなっちゃうんだ
あたしを買って


ここら辺は全滅してる
花嫁と花婿の亡骸が風に揺れて
こつんこつんと乾いた終末を奏でた


老婆はあたしを切り刻んで切り刻まれたところで
ろくな値がつかないんだけど、我慢しな
あたし売り切れる前に脳内にでっかい遊園地こしらえて
お父さんとお母さんを召喚する、ついでに妹も
ピエロが配る風船を夜空に放って
夜空に沈んでいくような、わっかの中の
赤とか黄色の電飾のなかのメリーゴーラウンド
あれに乗りたいって走り去る妹を追いかけて、抱きついて
世界が滲む、どうしようもない血縁
お父さんとお母さんより先に生まれていたらあたし
どんな形にでもなれたんだけど


ゆううつな中庭にセーラー服を埋葬して、はだかになった
あたしの一晩はどうしようもない値で売られてる


ふみ子は土葬にして

  深街ゆか


ちょっと、
にぎったら
つぶれて
砂になった、それは
ふみ子の
身体をささえていた
したから18個目の椎骨、
わたしの指と指の
あいだをすりぬけて
ハクモクレンの
季節に消えた



ふみ子が死んで
2日めの朝
ふみ子の母と
わたしは
ふみ子を解体した
ひとつの頭、
にほんの腕、
にほんの脚、
それから胴体、
肉や骨が詰め込まれた
ふみ子のそれらは
頭上にひろがる青天よりも
圧倒的に広い
世界を内蔵してるから、
どこまでも続く
掴むことができない


(わたし、うまれてから
  わたしいがいのだれかのもので
 たのしいことなんてひとつもなかった。
  うすいようでぶあつい皮膚を
 つまみあげるとあらわれる
  皮膚と肉のあいだの
 わたしそこにいるから、いつだって
  きりきざまれずに火葬されたら
 そこで、わたし、消滅するんかな、)


ふみ子の仕組み
ふみ子の具体性
蓄積された喧騒
昼と夜の、退屈とか
ひとつひとつ
ガーゼで包んで
中庭に植えられた
ハクモクレンのとなり、
そこにまとめて埋葬して
手向けたのは造花
枯れないって
良いことと思えないけど、



ハクモクレンの季節になると
ふみ子という名前の女の子が
白い花びらを摘み取り
千切ってばらばらにして
遊んでいたことをおもいだす。
ハクモクレンみたいな
白いスカートをひらひらさせて
(たのしいことなんてひとつもない
(そこで、わたし、消滅するんかな
と言ってばかみたいに笑った、
ふみ子の
醜い歯並び
その向こうの青天
そこでわたしは、ふみ子を解体した。


赤ん坊の咲き乱れ

  深街ゆか

/紫陽花が咲き乱れている
そのなかでわたしは
喜田次という男とかさなって
白痴の赤ん坊を妊娠した
/月光にひたされ
みずみずしい夜だった


/十三分おくれている喜田次の時計
あいさつも情報も子守唄も
喜田次の耳にとどくのは十三分後、
十三分後のあたりでわたしは
あなたを待ち伏せしてる
/湾曲した喜田次の背中を
突き破ればあふれだす
淀みながらかがやく喜田次の内界
そこにはり巡らされた
とうめいな器官と器官に
ナイフをつき刺し
ばらばらにして
てきとうな大きさになった
あなたを毎夜、消費します


/分娩室で
裏か表か、助産師にとわれ
どちらでもない、と答えた
わたしと赤ん坊の関係はえいえんに
どちらでもないまま終焉をむかえる
誰のせいでもなく
赤ん坊が咲き乱れるみたいに


/揺れないゆりかご
赤ん坊が泣く
わたしのたましいは
喜田次の内界、を
彷徨していて、ね
すべて遠くのできごとのよう
だから、
/わたしの腕に絡みつく
ちいさな白い十本の指ゆび
それらが乳や唄を求めても
わたしのたましいは拒絶する
眠ってください
/いつかむかえるその日まで
 たなびく霞の
 やわらかな秩序に
 包まれていたくて
/赤ん坊の鼻と口をふさいで
  呼吸を止めた、
  赤くなったり
  青くなったり
  酸性、アルカリ性
  そして酸性度によって
  いろとりどりになった
  皮膚と皮膚と瞳が
  わたしを告発する


/真夜中に浮かぶ六角形
そいつが欲しくて
はだしのまま
紫陽花畑のなかを駆けぬける
つややかな大地だ
母親たちの産声が
紺青のかぜとなって
子守唄をうたう
/さようなら/はじめまして
/わたしを受容した宇宙よ


おいしいお葬式

  深街ゆか


ひろげられた七月十五日
朝刊のおくやみ欄
黒い枠で囲まれた死因のところ
これがわたしのおばあの名前
そう言って指でなぞる
活字から逸れた先の
回転する風車は止まらない
このあたりは絶えず
線香のかおりが漂っている
自然が作り出した
奇妙な多角形を潰せば
そのかおりは
内から外へ、そして街に、都市へ
「喪服が似合う女になったね」と
青白い歯をむき出して微笑んだ叔父さんは
喪服が似合ってなくてかわいそう
喪服が似合うのは生者だけ

 そうでしょ?

深みで雨音を聞きながら
ひかりから遠ざかるおくやみ欄は
読みかけの詩集にはさんで
虫に食われて点滅する
これくらいの意識
ガラスケースに陳列して
値札をつける作業
ループする連想ゲームのように
おばあから、おかあ、そしてわたしへ
紫色の夜に営まれる通夜
ぱちぱちん、と精巧な音をたてて
酒が飲めないわたしのコップに
ソーダ水がなみなみと注がれ

 爆ぜるのはいつも

地球の大きさを基準に営まれている
生物たちの日常メートル
基準に照らし合わせば形を失う
溶けて、液体、黄色いソーダ水みたいな
わたしの肉体、わたしの椎骨
しゅあしゅあ、と消えてゆくところで
あきらめて手をつなぐ
秩序の中を裸足で駆ける
きいろとしろの

 花から花を踏む

たなびくお経のなかで
死装束をまとった女の人
夢で会う人によく似てる
いつもここで菊の花を渡す
新しい機械を埋め込んでも、と
繰り返しつぶやく女の人は
ハセガワトキ子という名前

 わたしあなたの母を産んで

黄色いソーダ水に
浮かべて飲み干した
七月十五日
朝刊のおくやみ欄
やわらかな舌のうえで感じた
透き通るような
甘いと酸っぱい
そのはざまに落下した
夏の独白


ハセガワトキ子の骨が飲みたくて
わたし、メートルを砕く


黄色い紙で種を包んで

  深街ゆか


わたしどこまでも祖母を踏みたい


ラベンダー色の瘡蓋を剥がしたら
鮮血が滲み出して、こんな真夜中に
顔も知らない先祖の末裔であることを
知らされる、黄色い紙で知らされる
その紙で傷口をふさいだら
先祖の顔に血をぬることになるんだろうか
黄色い紙に付いた血液はやがて
わたしの子孫へのメッセージになる


墓に造花のガーベラを手向けたら
祖母は眉間に皺を寄せた
怒りを表す地上絵
ガーベラの花言葉で緩和する
造花の半永久的いのち
祖母は造花のガーベラを押しやるように
生きたクロッカスを手向けた
かわいいだけの踏みやすい花だ
わたしに背を向けた祖母の
首すじの疣が花開いてる
この花に誰かが
インチキな花言葉を与えるまえに
わたしはそれを摘んでポケットにしまった


種を撒き散らすまえに摘まれた花の美しさに興奮する
庭や道や河辺で恥ずかしげもなく
開花したやつらの透明遺伝子
張り巡らされた電話線と
繋がっている感じ
繋ぎ止められている感じ
そこから突きつけられる黄色い紙


やっぱりわたし、どこまでも祖母を踏みたい


ぺしゃんこになるまで踏んで
彼女が子宮を持たずに生まれたこと、踏みつぶして
一切と繋がっていない花言葉を与えたい


夢よりきれいなところ

  深街ゆか


けっきょく容量の問題
と 夢の受話器ごしに聞いた
看るということばの意味なら
知っているような気がする
辞書をひろげたら 
ちぎった蝶の羽を散りばめて
ヒメシロチョウ ツマキチョウ
それから ミカドアゲハ
(とうぜん わたしは父の名を知らない)
さいごに モンキチョウ
硝子玉と曇天が受精して
チョウが生まれたと
イカれた妹におしえたことがある


たぶんどうでもいい感じに
産み落とされたことについて
どうでもよくないと思う青年がいて
雨に打たれたような肩と、背と
蒼ざめた 青年の舌苔
それは 時給に換算したら
いくらになるの と聞いても
乳母車は 凍てついてる
としか答えないから
その責任は と聞きかけて
薔薇の花をむしって 逃避する
わたしの 幼いころからの悪癖
つまり折り返し地点は無限にあって
青年が その蒼い舌苔を抱えて
(ゆびおりかぞえても えいえん)
という 言葉を呟いて飛び降りても
わたしは注意深くえいえんを
ルーペで観察するだけなんだけれど


母の黄色くにごった眼に
薔薇の花を浮かべると すごくきれい
これが救いなら 死んだほうがまし
って言ったら去勢されるような気がする
季節の移行に 胸を切開されて
いつのまに 詰め込まれてる認識は
わたしを帰ることができないところまで
バスに乗せて薔薇が咲き乱れるところまで
連れていくから 悪意はいつも
鮮やかに プリントされて 容量不足になる
ここらで バラの花 母の眼に浮かべて
夢の受話器に耳を澄まし
看る、からいちばん
とおい世界へ
行きませんか
身体の紛失でもけっこう
もう、わたしの舌苔は腐敗しているから


(ゆびおりかぞえても えいえん)


愛ということばの意味なら、知っているような気がする

文学極道

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