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山人 - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


親戚のひと

  山人

親戚の家に行く時は蒸気機関車に乗り、二つ目の駅で下車した。ひたすら砂利道を歩き、途中で山道に分け入った。薄暗い山道を息を切らして登っていくと、大きな杉林のある地獄坂と呼ばれる場所があり、そこを登りきると親戚の藁葺き屋根の家が見えてくるのだった。
 親戚の家には老犬だが、大型犬がいつも吼えていた。私はその犬が苦手で、外で祖母が来るまで待っていたのだった。玄関で何度か飛びつかれて泣いてしまったが、祖母は笑っていた気がする。今から思うと私が来たので犬は喜んでいたのだろう。
 祖母はガラガラ声でいつもクンクンと鼻を鳴らしている人だった。昔から肉体労働はしない人で、ひたすら家の中のあらゆるところを雑巾掛けして過ごしていた。だから古い囲炉裏付きの家だったけれど、そこらじゅうは磨かれていてピカピカだった。
 親戚の家には離れの小屋があった。そこには曾祖母がいた。離れの小屋に一人で住んでいて秘密基地みたいな小屋だった。曾祖母はとても小さくて、目が凹んでいて魔法使いのような人だったし、あまり話をした覚えもない。
曾祖母の小屋の横にヤギが飼われていて、葛の葉を持っていくととても喜んでぺりぺり食べていた。
ヤギの乳を飲め、と祖母が乳を搾ってくれて、良くそれを飲ませてもらった。少し青臭い乳だったけれどとてもコクがあって好きだった、でも、良くおならが出た。

 親戚の家には祖母の他に叔父と叔母がいた。性格も顔もあまり似ていない兄妹だったが、昔は戦争などのため、よくあることだと後から聞いた。
 叔父は軽自動車で格好つけて車を運転し、時々頭が痛くなるほどアイスを買ってきてくれた。一度に十個以上買ってきた。最初は美味しいけれどだんだん厭になってきて。でも叔父は、全部食えや、と無理やり食わせた。叔父のもてなしを断ることはできず我慢して食べた。
 叔母は未だ若かった。嫁に行きそびれていたのは少しお転婆っぽかったんだろうか、よく解らない。でもやっぱり活発で、バイクに乗っていたし、風を切っていた。叔母がバイクで花見に連れて行ってくれると言うので、バイクに乗せてもらった。祖母は心配して、右に曲がる時は左に体を傾けれ、とアドバイスしてくれたものだった。石だらけの土埃の上がる道を下っていくと、小さな発電所があり、桜並木があった。

 親戚の家は山の中の一軒家だった。
隣の部落の村祭りがあると、叔母は私を連れて懐中電灯を灯し山道を歩いていった。どこをどう通っていったのか、さっぱり解らなかったけれど、田圃の真ん中に小さな小さな鎮守様があり、太鼓を叩くやぐらがあって、明るい提灯がたくさんぶら下がっているお祭り広場にいた。知らない人の中で私だけが明るいところにぽつんと立っていた。叔母はニコニコしてどこかのお兄さんと仲良く話していた。


 月日がめくられると、昔のあの藁葺き屋根は壊され、叔父は小さな家を下の部落の端っこに建てた。叔母は遠いところに嫁に行き、クンクン鼻を鳴らす祖母と、ぶつぶついつも小言を言う叔父の二人だけとなった。
 いい年になった叔父もお嫁さんを貰った。コブ付だったけれどなんだか結構嬉しそうで、お嫁さんを車に乗せたりしてドライブしていた。
お嫁さんには大きい男の子が居たが、直ぐ居なくなった。
何年かして、叔父とお嫁さんの間に初めての女の子が出来てとても幸せそうだった。でも、お嫁さんはとても活発な人で、家の中でじっとしているのは嫌いだったから、いつも二人は喧嘩していたようだった。
 十年ほど経ち、また家の中は祖母と叔父だけになってしまったようだった。
それでも、叔父はいつもいつも小言を言い、文句を言い、何かを呪い、起きている時は怒っていた。
 ある日、叔父は田圃の作業中に畦で亡くなったそうだ。叔父はきっと、田圃で作業しながらも厭な事を考え、怒っていたんだろう。世の不条理を恨み、そして神様は一本の管に鋏を入れてしまったんだろう。叔父はカメムシのようにカラカラと死んでいったんだ、そう思った。
 祖母も大分生きたようだが、施設で死んだそうだ。

 猟期の最終日、私は親戚の家の手前辺りからカンジキをつけて歩いていた。親戚の家の位置には雪が覆い、真っ白に均された雪原となっている。親戚の家のうしろに大きな杉が何本かあり、小さな尾根になっている。この尾根のうしろを通り、叔母と山道を歩いて村祭りに行ったのだ。
 大きな杉の木から、初春の陽射しにくたびれた雪の塊が落ち、雪面には私の影が長くなり、セッケイカワゲラがおびただしく雪上を徘徊していた。


スキーリゾート

  山人

遠方に見えるピステには
うごめく虫たちのように
人がはらはらと落ちながら滑走している


三月の風は
少しやわらかく吹いていた
午後の日差しが雪の粒に反射して
雪だるまは静かに寝そべっている

熟れた生活を楽しみ
もいだ果実を切り分けて
人は人として休日を貪り食う

轟音と共に天然林をすり抜けていくクワット
眺めるとそこに
やはりたくさんの人々が
スロープの中で
どこかに落ちていくように
滑走している



昼を過ぎたレストラン
肉の臭いをスキーウェアーの下に隠した客は
しきりに携帯を弄り、器官の機嫌を伺う
体液は人に棲み付き、何かに促されるよう形を変える
嬌声と笑顔で日中を演じ、ゆるやかに夜にむけて溶解してゆく

ひなびた目尻には、柔らかい陽光が差込み
うつむきかけた女を横に侍らせている
薄い斑点状のそばかすを具えた美しい女
綴じられた口元は何かを発するのだろうか
美しい女は尽きてしまったような男の傍に居る

なにひとつ解けないもの
それが私であり、いつまでも紐は解けない
結び目をしょったまま
私はひたすら猿人となって新雪を蹴散らし
年齢不詳を演じる



広大なリゾートエリア
多くの尾根を持つ小山脈を連ねる連絡リフト
踏み均された数々のコース
リフトの定期的な信号音と
決まった台詞を吐き続ける係員

丸い峰からどんよりと歩いていくニホンカモシカ
多くの人々がまるで何かを見るように指差していた

文学極道

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