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山井治 - 2018年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


魔法が呪詛に変わるとき

  山井治

魔法が呪詛に変わるとき
天を見上げていた瞳は
冷え切った土を睨み
まじないをなぞる指は
魔法陣に爪を立て
未来の言葉を紡ぐ唇は
記憶に固着した
彼の者の名を繰り返す

羊皮が竹が紙へと移り
液晶になろうとも
魔法が呪詛に変わるとき
人は彼の者に拘れば
いにしえの禁忌を胸に
青ざめた己の両手で印を結ぶ

陽の光を返す輪の繋がりから
気がつけば遠く離れ
ただ眺めるほか術もなく
むせぶ声は誰にも届かず
凪いだ荒野をさまようとき
それは
魔法が呪詛に変わるとき


白桃の缶

  山井治

白桃の缶がそこにある
ごろんと倒れている
円筒形をしているので
少しの揺れで転がりだしそうだった

その周囲に蟻が群れている
人間と呼ばれている生物が
社会性を持つと指摘する生物だが
世界観を持っているかは知らない

ごろんと倒れた白桃の缶は
いまにも転がりだしそうだが
随分な重さがあると見えて
その場から動きそうにない

蟻の群れは白桃に目もくれず
缶を中心として円環を構築し
より速度を求めて周回運動している
弱った蟻は振り落とされていく

縁が赤く錆び始めた白桃の缶から
シロップが漏れ出す様子は一向にない
蟻のほうも回転の速度に合わせて
脚は退化し体も平板になっていく

そして人間が滅びるほどの時が過ぎ
白桃の缶が球体になって
蟻たちが化石の輪になったころ
太陽系で一番小さな惑星が誕生した

ついにシロップは惑星から漏れ出さず
蟻たちがシロップの存在に気付かぬまま
新しい生命が白桃の惑星の上で
生まれようとしていた


人形/ヒーター

  山井治

人の形をした物体が
目の前に横たわっている
人の形はしているが
動かないので人形かもしれない
しかし熱がこもっているので
ヒーターかもしれない

人の形をして熱を持っているなら
生きている人かもしれないが
動かないのでなんとも言えない
呼吸はしているが
吸排気はロボットでもするし
我が家のエアコンやPCでもする

目の前の物体が人であるか否か
それを自分一人では定義できない
人であるなら知人がいるか
役所に証明書類があるはずだが
目の前の物体を調査するにも
知人や書類の真贋を確かめられない

この物体が人間かどうか
さらに自分が人間であるか
定める物証も証言もない
物体や自分が人間であると
証明しようとするこの意識も
人形やヒーターかもしれない

文学極道

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