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三台目全自動洗濯機

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


別の詩

  三台目全自動洗濯機

「もう始まった?」「いや、まだだよ」「ピエロ?」「いや、そんなに優れたものじゃない」
「あなたの肌って柔らかい」「だからそんなに良いものじゃないって」「娘って面白いの」
「ひとりひとりに理があり、だからこそ悲しい」「ジャンは美しくて悲しいって言ってたわ」
「知ってる」「じゃあ、そう言うべきよ」「だからこそ悲しい」「赤い果実」「なんだって?」
「赤い果実を想像するの」

一人の男が居る
名前はある
諦めたら、それでなんとかやっていける
それがぼくだ

一人の女が居る
名前がある
自分のことは話したくないのよ
それがわたしだ

一人の男が居た
名前があった
皆は相対的なものを求めるが、私は永遠を求めた
それが私だった

簡単な質問だった。不安な時や気持が落ち込んだ時に物を書きたくなりますか。酷い代物
を書いた時ほど、もっと書きたくなりますか。ぼくはそのほとんどのYesに丸を付けた。
積み上げられた茶碗を運ぶように丁寧に白い部屋へと連れて行かれた。鉛筆かペンが欲し
い、と伝えると、無理よ、と白い服を着た女性に断られた。彼女も部屋の一部だった。テ
レビ台と壁の間に置かれた、使われなくなった家具。代わりのものが欲しい。彼女は殺し
屋のように白い服へ手をかけた。違う、それじゃない/

                         理由を語るつもりは無いけれど、
わたしには会わなければいけない男がいた。彼の行方を様々な人に尋ねていった。彼は桜
の木の枝で遊んでいたよ。春まで待ちなさいって言ったんだけどね、とある人は教えてく
れた。彼は港の工場で働いていて、たしか林檎を磨く仕事だったと思うんだけど、とにか
く、その工場で一番エロそうな男を探してみたらいいさ。それが彼だよ、とある人。鯖に
なるって言って出て行ったきりで、もう会ってません。いくつかの情愛とどこにでもある
ような冒険を乗り越えた末、わたしは複数の彼を見つけたけれど、結局、彼を見つけられ
なかった。彼と彼は重なり合わず、そこに次々と新しい彼が現れる。それはうまく噛み合
わない立体模型のようで、本当は誰にも組み上げることは出来ないのかもしれない。でも
それは次の、別の話/

          私はある女の後ろを歩いていた。気付かれず、見失わないような適
当な距離を見つけ出すのに多少時間がかかったが、それ以外はすぐにその仕事に馴染んで
いった。元々、探偵小説が好きでよく読んでいたことが大きいのだろう。依頼書には彼女
は悪人で罪人だと書いてあった。実際にそうなのだろう。だからこそ、私は彼女の行動を
監視していたのだ。それでも、彼女には書かれている事実とは違う一面もあると付け加え
ておかなければならない。ただ彼女の一連の行動をどう形容し、感化させればいいのか分
からない。簡単な数式の証明は出来ても、その存在を証明することが私には難しく、そも
そもそれは私の仕事ではない。誰かが彼女の手に触れて、彼女はそれに応え、私は見てい
た。それだけだ/                         

             ひとつの流行に乗り遅れたようで
             何度も浅瀬を走り駆け出す雲鳥は
             不器用に腕を前へ後ろへと動かし
             空の風景がどんな色に変わっても
             雲鳥が宙に舞い上がることはなく
               (ジョナサンは嫌いだ)             
             祈り続けるように空へ走り続けて
             恋人に去られて友に忘れられても
             終わりの鐘の音が鳴り出す頃には
             雲鳥も風に乗り灰色とは離されて
              い影と黒色の内枠に混ざりこむ

        家族という無声映画のポスターを部屋に張ってもらった。角はピンで留
められており、そのひとつを抜いて、ポスターの裏の壁に傷を付けていった。二人の男と
一人の女の物語だった。煙草は吸えたから、ライターで火を点けた。赤色というよりは黄
色だった。ポスターから壁、寝具へと、その色は誰かの祈りのように伝わっていった/

                                       相
手は対峙していて、言葉が出てくるのを待っている。相手の口から、もしくは自分の中か
ら。求めたものの代償として、腹部には刃物が張り付いていて、大事な色が流れ出してい
た。口からは赤い果実が飛び出していた。それは苺ですか、それともサクランボ? とい
う言葉が残された。林檎だったのかもしれないとも思う。

「酷い代物だ」「忘れるために愛し合うのは嫌」「道化にお金は重要じゃないと言うけれど」
「そろそろ終わりにしましょう」「いや、まだだ」「これ以上は野暮だ」「それを言うなら、
初めからクズだ」「美味しい赤ワインがあるの」「ハンバーガーが食べたい」「ほら、鳥が飛
んでる」「日が沈んでいく」「目の前を滑るように流れていく」「日はまた昇る」「夜はやさ
し」「ああ、分かってる」「きみもあなたも皆やさしい」「待ってくれ」「もう終わりだって」


決別2

  三台目全自動洗濯機

○街

 たしか雨が降っていたと思う。梅雨だっただろうか。ぼくは何度もこの空間に戻ってい
く。今だって大して無いけれど、もっとお金を持っていなくて誰にも会いたくない休日を、
その当時住んでいたアパートから二十分程度の、駅前にある街の図書館で本を読んでやり
過ごしていた。縦に並んだベンチの、後方の一つを選んで、その右端に鞄を置く。近くの
海外文学の棚から本を一冊取り出し、ベンチに腰を下ろしてそれを読む。チャールズ・ブ
コウスキーだったかもしれないし、リチャード・パワーズだったかもしれない。アンドレ・
ブルトンでは無かったことはたしかだと思う。それとも、もう少し歩いて雑誌コーナーま
で行きスポーツ雑誌でも読んでいたのだろうか。若い女性の声が聞こえてきて、ぼくは顔
をあげる。ベンチで横になり眠っているおばあさんに図書館員の女性が大丈夫ですか?と
声をかけている。彼女は仕事として声をかけているのだろうが、おばあさんはそれを無償
の善意として受け取る。ええ、大丈夫。ありがとう。そう言って、また眠りに就く。図書
館員の女性は諦めたのか、他の誰かに相談しに行ったのか、おばあさんの元から足早に離
れていく。ぼくはコンビニに寄って買っておいた週刊誌に視線を戻し、袋とじを音を出さ
ないよう静かに破って、そこに写った女性の裸体を眺めて落胆する。

 そして現在のぼく。書きたくなるような事柄は少ない。なにもしていないのと変わらな
いような仕事をこなしながら、その合間に文章を書いている。詩ではない。小説でもない
かもしれない、と考えるとぼくは空から街を眺める一羽の鳥になる。鳥はぼくの書いてい
る文章の枝で羽を休める。女の子ともおばさんとも呼べないような女性が話者で、彼女は
あらゆる物事に両面価値感情を抱いている。日の光は彼女の体を暖めながら彼女の影を深
く暗く引き伸ばしていく。月はこれから姿を現そうとしているのと同時に消え去ろうとし
ている。彼女は自分のことを小型の飛行機に喩える。わたしは街を眺めながら墜ちていっ
て崩壊した、と彼女は語る。それなのに生き延びた、と。ぼくにとって彼女は女性であり、
街でもある。彼女が崩壊したとは街が崩壊したということであり、彼女がなにも無くなっ
たと言うのは、ぼくにとって街にはなにも無くなったということだ。彼女は仕事を辞めて
都会を離れ、地方の住宅街にある実家へと戻る。彼女は生まれ育った道をぶらぶらと歩き
ながら、ある男の子のことを思い出す。気取り屋の本ばかり読んでいる彼。彼は作家にな
ったのだろうか。ならなかったんじゃないかなと彼女は想像してみる。彼女は彼について
なにか書いてみたいと思う。でも彼そのものは無理だ、彼にはもう十年以上会っていない。
彼女は彼ではない彼を作り出す。名前を決めなくてはならない。Kというアルファベット
は文学的なんだ、と彼が言っていたことを思い出す。カフカの『城』だっただろうか、『変
態』だっただろうか、思い出せない。カフカですらなかったかもしれない。わたしは文学
についてなにも知らないからKは使えない、と彼女は考える。ぼくだってよく知らない。
なんとなく彼に形が似ているから、と彼女は男の名前にSと付ける。結末はまだ決まって
いない。Sと彼女は彼女の書いている文章の中で出会う。墜ちてしまったのよ、と彼女は
語る。小さいといっても飛行機は飛行機よ。鳥だったら良かったのにね、とSは答える。
そうしたら街を壊すことも無かったし、地に墜ちたところで誰も気付かない。ええ、そう
かもね。そろそろ行こうかな、鳥は空へと飛び立っていく。眺めていた街はもう無くなっ
ている。遠くに海が見える。

 ぼくは図書館の中に戻っていく。ある男の姿が目に入ってくる。身長はぼくとそう変わ
らず、百七十センチ程度。季節はずれのダウンコートを着ている。坊主頭で三日か四日分
の無精髭を生やしている。体格は良く、格闘技でもやっていたのだろうかとぼくは考える。
彼は彼にしか聞こえない声でぶつぶつと言葉を呟きながら館内を歩き回っている。なにか
探しているのだろうが。歩くとは片足を過去に残しながら進んでいくことだ、と彼女の想
像したSは言っていた。


○海

男は海岸沿いを歩いている
太陽の位置を確認することで
向かうべき場所の
おおよその方角は理解出来る
あくまで昼の
陽の出ている間に限られるが
砂浜を、波止場を、
街中を、波の上を、
男は歩いていく

女は男の後を歩いていく
気付かれぬよう
距離をとって
声をかけてくる欲望を断りながら
たまに受け止めながら
遠くから、あくまで遠くから、
泣き声が聞こえている

夜の間
男は教室で暴行を受け
仕事場で脳みそを焼かれ
レトルトのコーンスープのように音をたてずに啜られる
銃で撃たれ、耳と鼻を削がれ、
目を刳り貫かれ、頭に頭巾を被せられ、
首をはねられる
血が流れて
海へ混ざっていく

女の屋根は爆撃され
髪は刈り取られ
強姦される
暗闇が女の中に入り込んでくる
壁も天井も清潔に塗られた
五人部屋の端のベットに
女は拘束される
どうせ目は見えないからと
花は無い
雲に隠れたからと
月は無い

男と女はどこかで出会わなければならない
どこだろう?
教えてほしいが声は聞こえない
花屋に寄る
女の子は可愛い
そうだろう?
色だけ決めて後は任せる
盲だからねえ
香りはどう?
花を近づける
わかるよ、良い匂いだ
場所を変え
筆箱の男に会いに行く
謝る
何度も祈るように

陽はまだ出てこない
男は海の上で立ち止まり
(時間というものが存在し)
振り返って
(前へと流れを進めているのなら)
波に腰掛けて待つ
(きっといつか現れるのだろう)
時間の端を両手で掴み引っ張る
背負うように左肩に掛けて歩く
追いつくように
追いつかないように


・決別

 まだ海は青いのね、と彼女は受け止めるように手を差し出す。彼は愛しあうかのように
その手を掴む。簡単なことさ、と彼は彼女に言う。ええ、そうかもね。


残響

  三台目

古い伝言を受け取り(続けて
無視したい
彼らに(占領された
楽園へ

階段を下りる(琴じゃないけど
滑って転んで
撥弦楽器だから(軸は消えて 
血が流れた

諦めて(時の終わりに
海じゃなくても
西瓜を割ろう(無理か
嘘じゃない


彼らが宣伝を止める頃
地中から(分裂して
あれやこれや
芽生え(拡散して


さあ、川に流された女の子を励まして


ある球体

  三台目

恋人がナメクジに溶かされて死んだので、
お金を払ってソファに座ると、
残った眼球がわたしを見つめている。

楽器を打ちながら眺めると、
骨は残らず箱に納まり、
端に添えられたランチメニューにはビーフカレー。

そういえば、
ネパール人の春は事後報告で、
残った液体を野良猫が舐めてましたよ。

今宵は月が綺麗ですねと言って、
鯖を焼いたような匂いが、
濾過器の故障で自然に拡がっていく。

毛髪が減って色素は抜けて、
子宮から遠く離れて入れ歯を洗えば、
振り出しに戻れ。

おみくじ引いたら大体小吉だから、
二つの記号が付かず離れず、
右手で愛でたら公園で妄想して遊ぶ。

睾丸のように寄り添い歩けば、
四角く四角く四角くブルーバックで演奏会、
Untitled 1984。

文学極道

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