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漆華 - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


閉眼

  漆華

貴方は知っている、わたしと同じくらいに
それを数えるのは貴方に教えたいからだ
子どもたちが夜空を見上げるために戸口から出てきて
何時からか星の代わりに街灯を数えるように

彼女はいつも伴寝をしている
ヨオロッパの聖歌とマレフィキウムを口遊む、その閉じた唇を額に押し付けて
大切な指先に抱きしめて眠っている
わたしたちを生かすための沢山の仕事をした日の終わりにも
わたしたちがそこに抱かれるとき
それもまた寄り添って寝ているのに、貴方は涙に騙されて
見当はずれな慰めを囁いただろう

それでよかった
最早貴方には失われた術であるけれども
それは彼女を歓ばせた
閉じた瞳の裏に穏やかな面を浮かばせるほど、彼女は飛び切りチャーミングなのだ
貴方は勿論それを知っていて
残像を未だその眼に持っている
宿ってそして立ち退くときすら音もないのを
水滴の落ちる個所や、タイヤとアスファルトの間で削れる熱や、
机の角や、石の中や、時には蟷螂の臓腑に見つけ出そうとして苦しむ
そうして繰り言に問うのだ
なぜ去らねばならないかを

貴方は知っているのに、わたしと同じくらいに
わたしは数えるまでもないことを数えて
先生に出来のいいテストや作文を見せる子どもたちが
もっと小さなあかりを見て
「わかった!」というのを待っている
箱のない場所で分かち合う瞳は多い方がいい

彼女を天使とは呼ばないのがいい
応じて彼女は自ら名乗るだろう、いつも妙な音階で、どこか快く
そして瞬く間に去ってしまう
わたしたちは躍起になって紙の上にその亡骸を拓す
なにをもっても現れた時ほどの美しさを保てないというのに
懲りもせずそうせねばならないのだ
命じられたわけでもなく
そうしないと呼吸できないように作られてしまった生物みたいに

締め切られた家の鍵は取り上げられ
幼少の頃のように開かれて、出入りが自由になるときはまだ来ない
わたしは再び戸を離れて目を閉じ、星を数えることに甘んじよう
何時か我々を招く形を想いながら
その重い足取りさえ、恐らく、彼女を歓ばせる、全くの無邪気さで



__________

3/9 改訂いたしました。
第二連 二行目 「スカイブルー」→「マレフィキウム」

ご指摘いただいた箇所のみの変更を行いましたので、再投稿という措置ではなく、原文の修正にとどめました。不都合がございましたら、ご指摘くださいますと幸いに思います。


ターミナル

  漆華


終点に近いところでは
触れる体温と、繕っても解れる痛みと、
ルーティーンを保つことがすべてだ
あなたが消えて、彼女がいても、
もしくはその逆でも、何ら違いはないことを知っている
わたしも皆も知っている「ここ」の話
視覚以外のすべての点が
肺胞に収めた窒素からそれを読み取る

あのう、ね、そう、痛みのある夢ですよ

「ここ」では言葉は嚥下されても胃の中で溶けることなく、
未消化のままで便器に流されてゆく
無為ですか、そうですか
流された過去だけがあって、あなたはそれを忘れたと嘯くし
そうして濁った渦巻を網膜に焼き付けている彼女は
どの程度あなたと乖離しているか、
証明する術はゼロパーセントと言い切ることにしたのだという
だってあなたとくっついて混ざり合ったりなんてしなくていい
わたしは一人ぼっちの脳味噌を愛する、と

だからね、そう、幻を願う歪な現なんですよ

涙は灰汁の味がしているらしく
あなたはそれを不味いと言い、彼女はそれを食べている
味を忘れないようにというためらしく、
美味しいとか、そうでないとかは意味がない、としか
わたしは聞いたことがない
ただ、繰り返し、
涙は灰汁の味がする、というだけだ
剥がれたり、捨てられたり、
明日にはいないものの味がする、というだけだ

濁りを残らず掃き出すための
ぴかりと白い陶器のトイレットは新しく
冬でもひやりとはしないそれに座ると、あなたは
決まってふたりでどこかに行こう、と
とても真面目に囁く
植物園だったり、海だったり、毎度どことは違うけれど、
それは優しい誘いだった
柔らかい皮膜に包まれて、そのままやはり、流れる類の

酷い話ですよ、なにがって

と彼女はここでそっと目を閉じ、
なんで人は惜しむように出来てしまっているのかってことですよ
と睫毛をさすってごちた

あなたは別な世界の話に相槌を打っていたけれど
わたしは今日初めて、わかりますと答え、
ルーティーンに似た日々をこなしながら
誰もが恐る恐る予感しつつ
慰めるために動く身体の、数えきれない傷も
震えるこめかみのあたりで見えている、という様な事をいった

彼女は首だけでそれに頷き、
漸くしっかりしてきた親指でオレンジを剥く
痛みはじめる肉はどうしてこんなに、不道徳にも甘いのだろうか、と
あなたと同じものをわたしも食べ、
そして美味しい、と僅かばかり微笑む

文学極道

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