#目次

最新情報


自由美学

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


変なおじさん

  自由美学

身の寄せどころもなく
みだりに浮かされてみる赤ちょうちん
冬ざれたドヤ街で
夜な夜なあおる安酒はグリス臭い
足が冷えれば立ちっぱの床を蹴り
どうにでもなれと隣の店へとなだれ込む
すがるように
感傷の追手から逃れるように

1杯、また1杯と落とし込むたび
はらわたがねじ切れるほどせぐりあげるが
ついぞ視線は定まらず
焦れたコイルは今にも発火しそうだ
すきま風があかぎれにツンと染みる

まっすぐに伸びた日差しがビニールカーテン越し
私の肩に掴みかかると朝だ
しれっと呑まれていたくとも
喧騒があぶり出すアウェー感にますますバツが悪く
横断歩道をいつも通り白線飛ばしで一気に渡る

自分がデカくなった妄想で通りを闊歩するも
すれ違いざまカラスが頭にぶち当たる
打ち下ろす翼の軽妙なラリアット
私はそれだけ影が薄いんだ
そうさ
デカくなったんじゃない
自分が誰でもよくなって
溶けかけの雪だるまと路肩に酔い崩れても
どれにすがっても
正解はないさ

液キャベを求めてコンビニへと向かうが
千鳥足の歩きスマホは
入り口のマットでつんのめったはずみで
腹ん底から機械油をぶちまける始末
時計のゼンマイを巻きながら私はきびすを返した


ぽっぺん

  自由美学

そのときの僕らときたら奔放で
メンコみたいに弾きあって
ぱちんと簡単にひっくり返されてしまったんだ
ろくに触れもしないまま

風鈴が短冊を振り切って揺らいでいた
一週間数え忘れるほど浮かれていた
僕ばかりしゃべっていた
ほおずきはケロッと舌を垂れているのに

ちぎれ雲走る夕暮れには飴を編む職人がいて
立ち現れては消えるあえかな声を
彼は幾重にも束ねていくのだった
割り箸をくるくると器用に操りながら

陽炎に君はさらわれる
ビー玉を覗く頬のうぶ毛に汗だけが光っていた
僕ばかりしゃべっていたね

竹すだれが面格子の音階を叩くと
夏は甘ったるく疼き
かき氷のスチレンカップがぱりんと割れる


レギュラータイプ

  自由美学

あのいい加減なルールを発見したら始まるんだ

俺に今必要なのは友達じゃない
テレビの世界平和じゃない
健康診断の結果じゃない
隣人は毎朝ウチの玄関扉を蹴っ飛ばして行くが
俺に今いちばん必要なのは
あれを諦めてしまうぐらいのメンタルだ

バイト先のピザ屋では万年トッピング係
雑居ビルの窓々からは粘っこい黒煙が立ちのぼり
放置自転車ひしめく路地裏で
焼けた脂の匂いに今日も打ちひしがれる
暗転したスマホ画面に映る俺の顔まで
パチンコ店に列を作る客らと同じ湿度でやりきれない

バイト帰りにいつもの立ち飲み屋で後輩がつぶやく
「落花生のさやがたまに空っぽなのは、
虫たちが寝床に困らないためですよね?」
落花生の殻をメリメリと剥く後輩の肌は幼虫みたいに青白い
「それないやろ」
メリメリメリ メリメリ
「ほら、またありましたよ! リアルカプセルホテル」

ー世界ってそんなに優しかったかよ

俺たちは少しずつ思い出している
窓の外に いつもの街に もぐり込んだ布団に
許し合うゲームをまた思い出そうとしている

確かにあるかもな
今度はそんな当たり前の奇跡を信じるよ
認めたいんだ当たり前に


ワークス

  自由美学

親父のメッシュキャップには
きまって球団のロゴ刺繍か
「漁協組合」って文字が入っている
野球も観なけりゃ漁師でもない
なんでもないただの親父なのに
あのキャップの主張がなんなのかは
いまだによくわからない

いくつもの鋏ケースを腰からぶら下げ
親父は今日も庭いじり
公道に自慢のワークスをめいっぱい広げては
日がな一日チョキチョキやっている
そんな親父の横顔が
時々JISマークに見えてしかたない

庭の片隅でひん曲がっている親父を
せむしの懸崖五葉松が笑う
サビた一斗缶から垂れ下がる枝は
バカになったマジックテープのようだ
安全靴がゆらりと転がって
苔のうえにあっさり投げ出される親父
まばゆい日差しは
ありとあらゆる主張をひっぺがしていく

野良猫はすぐにのりしろをはみ出したがる
我が家の玄関マットにどっかり乗っかって
目には縦長の切り込みを入れ
胴は山折り
しっぽは谷折り
おでこをお腹にのりづけして
やがてはマットの毛になる

テンプレートでくりぬかれた宿命
そいつを俺にしっかりと貼っつける
瓶詰めにしたそれらを
会社と役所に
そして実家に送付したら完成だ
紙パッキンできっちりホールドされながら
俺は社会になる
なんでもないただの親父になるために


塩サラダ

  自由美学

カリフラワーそっくりな白いボアブルゾンを
あなたはところ構わず脱ぎ捨てて
その上にいつも
どかっと逆さまにしたヘルメットを置くんだ
かぶり口に若草色のグローブを引っかけてさ
それがなんだか
サラダボウルからはみ出たレタスみたいだねって
二人してけらけら笑ったね

笑った/のに

アボカドのたね、
くりぬいたところにダイストマト
赤々と散りばめて嘘
かさねてしまう面影をジップロックして

わたしたちはいつだって
逆さの手にナイフを隠し持って
つま先立ちで歩いてた

すがったり投げたり
ちぎれちぎれのクルトンがもう
ばらばらとこぼれ落ちては
沈んでくサワークリームのなかに
ラディッシュの赤/赤に
忘れたふりの笑いかた
ああ情感過多の朝だ
二人乗りで混ぜあった夏のハレーション

//とおくなる

秘密基地で指切りした/のに、
ふと閉じ込めたはずの声と
抜けるような孤独が
白ワインビネガーにつんと染みて

わたしはまた
キッチンで一人泣きながらサラダ作ってる


ワゴンセール

  自由美学

ウチは漬物工場のパート従業員、勤続20年
ウチがこん会社支えてきたんや
若い社員らでそんなん回るはずないやん
段取りとかあんなもんウチやないとわからへんで
ウチがおらなこん工場潰れてまうで
見てやこれ、腰かてこない曲がってしもて
ほんまえらいんやからこん仕事わかるか

ウチん化粧は年々濃うなってく
帽子にマスクでほとんど顔も見えへんのに
そんでもピンクのアイシャドーこれベタ塗りや

せや、ほんで、
あん人おるやろほら、いっつもようしてくれる係長さん
ウチいっちゃん話しやすいねんあん人
そうそうそう、
ほいであん人いつ係長なったんやったかな
何の話やったっけ、あーそうや
あんたほら、去年定年で辞めて行かはった松ちゃんおるやろ
いっちゃんベテランさんゆうて社員らにチヤホヤされとったのに
辞めた次ん日には係長までこんなんゆうとったわ
「えっと。あのおばちゃん、名前何やったかな」て
こないだかてあいつおるやろ、せや主任、主任、
あれもうここ来て何年なる?
あいつまだ名札見やなウチん名前わからへんみたいやしな
ウチここ何年おる思てんほんま
ほんでも、さっき、
あんたもちょっと考えやな思い出されなんだやろ、松ちゃん

二課のやまもっさん、あん人な、
仕事帰りにスーパーたかやすでよう会うねん
なんや半額なった弁当、あれ目当てで行くんやてゆうてたわ
これちょっと聞いた話やけど
あん人旦那の浮気で離婚しはってんてな
そっから女手一つで息子さん育てあげたんやて
そんでもええとこ就職しはったやろあん息子さん
それも早うに結婚してな
せやせや、こないだも見てんけどな
あっこの嫁、
いっつも買いもんカゴい〜っぱいビール買って行かはんねん
あんま夫婦仲うまいこといってはらへんのちゃうか

そんなんゆうとってもウチかてほれ
身に付けてるもんはほとんど娘の着古しやし
結婚するまで恋愛ゆうもんもほとんど知らんかったわ
旦那と別れてから必死こいて働いてきたけどや
気いついたらもう60やて!

ほんで、昨日もあんた、
重たい体引きずりもって団地帰るやろ
いっつも食べたらそんまま寝てまうからウチ
先に顔洗っとこ思て、ふと洗面台の鏡をのぞいたんやわ
ほんだらまぶたんとこの、このピンクの化粧あるやろ
そうこれが溶けてな、もう、てらんてらんに光ってんねん
ひっひっひ! いつもんことやけどな
なんやウチん顔、惣菜のプラ容器に見えたわ一瞬
ほんまあれあかんなマツキヨのアイシャドー
ほんでも、ウチ、
いつまでもワゴンの隅に残ってるあれあれあれあれあれあるやん、
そうそうそうそう、
ピンク色の値引きシールがベタベタ貼られたたかやすの見切り品
なんやあれみたいやなてウチ
ごっつ悲しなったわ、ほな


スキッパー

  自由美学

ズル休みして
とっておきのシャツでスキップする
わたしだけのために
わたしだけの道を一人行く
忘れたフリが
幸せなぐらいシリアスすぎて引く

久しぶりのパンプスが
ナーバスに締めつけた恋
つんのめる先から
ケサランパサラン
ほら
バランス取って
プリズムのアーチ橋を渡って行く
セセリチョウのあのホバリングで
ふざけた朝を越えてけ

孤独の重みで
アスファルトと語っている
この靴音ばかりが
手帳のグリッド罫を抜けて
なかで泳ぐ足
パカパカするパンプスの踵は
鯉の口みたいだ

ビル陰でパンストを脱いだら
ケサランパサラン
ふざけた恋
めくるめく風が寝グセを跳ね
忘れたことに気づいた録画予約と
日焼け止め
そのどちらもつまらなくした
おひさまの匂い
今このときがドラマ

地球は正しく
すべては楽しく
ただ回る

自販機で買った炭酸水が
また胸の奥んとこ
貫いて
こんなシャツなのに
こんなシャツだってのに
遠くなる背中
もうすぐ突き抜けちゃう
爪の形まで忘れたら
キンモクセイが香りだしたこと
伝えに行くよ

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.