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広田修

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

  • [佳]    (2005-01)
  • [佳]  来迎  (2005-03)
  • [佳]  滅び  (2005-03)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  広田修

開かれた朝の冷淡な舌の上に 
夜闇が傾く
燐を見たカササギの子は 
深く苦い光の中に 痙攣する
audivisti?
無を語るものたちの 産声を
audivisti?
腑を落とされ 抱擁を強いられた 
言葉たちの ため息を
虚構の砂絵の目の下に 欲望が浮く
古のorganは 
残滓である非存在を 釣る
その通り、世界には何も存在していない

開かれた朝に 楡の木が 
葉裏に輝きを滑らせる
見られるのではなく 
反射するのでもなく
audiebam
つまはじかれた蜥蜴の 
皮膚に走る 生成の歌を
audiebam
深海魚と月光との間に 
無時間な和声を
旅人の触れた塔は空を象ったもので 
現象を超えて照る
あまねく知性は宿る 
みなぎった悪意への威嚇
その通り、世界は自ら輝いている

開かれた朝の川床を浚って 
屍に息を吹き込む
片足を失ったまま蘇った猿は
宮殿の内奥で 
鮮やかに破裂していく
audivistis?
緩やかな規律の下で 
流体時計のたてる 針の音を
audivistis?
専属negotiatorの 
積み木細工の 衝突音を
海や波や小魚を 鑿と槌で 崩していく
崩していく間だけ 空白が占める
その通り、現象はすべて不連続である


来迎

  広田修

水平線から屹立する歪んだ石棺の中で、僕は世界を描いている。つねに覚醒する神々の息吹に合わせて、僕は一日を造形する。鳥たちは朝と昨日とを見つけ、太陽は残酷に衣装を剥ぎ取る。選ばれているのだ。だが、奪われてもいる。暗い内水の高まりゆく刹那、「彼方」は諧調の狭間へと四気を滑り込ませる。校庭の音楽、沈黙の味わい、闇の手触り、海の匂いを。僕には「描く」ことしか許されていないのだ。

光を失った珠璧から雫が落ちる。幸福でさえ僕を正しくは満たさない。

かつて世界は繊細だった。運命の質量に星々は静かに耐えていた。かつて僕は「彼方」に在ったのだ。小さな家や大気や蝶番を奇蹟とも思わずに。森の中で意志なく木肌に触れるとき、今でも呼び声が聞こえる。僅かな冷気とざわめきとが手のひらに集まると、「彼方」は僕をとらえ、その磁力で僕の内皮に烙印を押す。郷愁の調べがさざ波のように揮発する。そして僕は反転する風景の中で、やさしさの意味と出自を思う。

描くことは無に開かれた義務であり、僕を熱する。そうやって、薄片の地球を保つ。

事務員の子宮に胎児を描いていると、光が潜行した。僕は、精神病棟へと向かう僕を、描く。流動する建材は冷え冷えと影を射止め、階梯はおもむろに高度を呑み込む。かたくなな距離を得て、遠近のない闇へと浮かぶ。浮かばせる。顔のない精神科医は幻覚を見る少女を招いた。少女は闇を背負い、奇異な仕草のしるしを残像に刻んだ。だが僕は描かなかった!精神科医を活け花に転生させる。彼女の描く情感のうねりにより、彼女が「彼方」からの来迎者であることを知った。僕は植物のように、大地から温かいものを吸い上げ、四方に放射した。

雪の蔵する光たち。「彼方」は薄光に照らされて。そして、光は血となり滾りゆく。

喜びが溢出し、浮力が僕を支える。衣服から転がり落ちる幻滅を丹念に拾い集める。けれど少女は泣いていた。安息の地は奪われて。流れる風は棘を持ち、みなぎる水鏡を傷つける。少女を冷徹に見やると、僕は唐突に、夜の王冠を失ったことに気づいた。

* 末尾コメント省略


滅び

  広田修

細かにえぐられた容積を抱え込む椎の木立が潜熱としての意味を失う地点であてど
なくさざ波は広がる。枝間からこぼれ落ちる木の葉ははじまりを告げる単音を虚空
に受精させ大気がむららと熟するのを苔のように待つ。

日暮れに飛び立つ堕天使がしぐさの内側にやさしさを隠しているように、まばたき
をするたび密度を増す画された光風はあさっての電線に暗闇を隠している。ただ縞
蛇だけがそれを紐状に抜き盗り腹の底にはわせる。

秩序は始まった。真珠のまとう光彩のように。

チェルノーゼムに穿たれた井戸を音楽家がのぞき込むとき雑音は掃き出される。原
石が夕日を越えてすべり落ちるので夕涼みの宝珠を磨き出す。だがなめらかな接触
は意図せずして絶たれてその間だけ彼は滅びの歌を聞く。

朝のゆたかさが霧をのこす頃合に大気は熟して木の葉は土をまねる。こころよい波
をかえす活字たちに囲まれて啓蒙家はゆるやかな盆地にひそむ。だが時おり章句は
雨のように壁立するので彼女は滅びの剣のつかを握る。

栄光や功名は秩序への反逆。切り込んでくるやいばを防ぎきれずに。

あかるい熱量のつまった半球形をかすみゆく風景に開いてきた音楽家はつめたい昼
にうなだれる。質量を充填していた真っ赤な泉は夜月のように源へと回帰して色を
うしなった彼のもとには線的な外郭しか残らない。

ボーガンのように固形化した革命家の理念はあたりにむれる白色の嬰児たちによっ
て引き絞られて一斉に矢をはなつ。なみいる衛獣たちの命脈が音なく瓦解してゆく
中、彼女は支配者の脳髄に黒剣を突き立てて狂い笑う。

木の葉は土に還った。秩序はとまどう粒子たちに受肉し、首をもたげる。

幼子の、顔だった。

* 原註「チェルノーゼム:ロシア平原からウクライナに分布する肥沃な黒色土」

文学極道

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