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左部右人

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


めざめ

  左部右人

またたきを、ひとつ

捉えがたい欲動に追われ、
日々は、擦り減った寝床のように
たるんでいる。
台所の汚物に群れる
こばえの
愛おしいこと
やがて、私の寝室に
いっぴき、またいっぴきと、
このたるみに向かって
群れている。

嗚呼、時計は
刻んで(のどが渇くと)
刻んで(水道水を飲んで)
刻んで(はらをくだす)
長針を親指で回す頃には
「わたしはこばえにうもれていました」

またたきを、ひとつ

捉えがたい欲情に溺れ、
日々を、ねちっこい唾液のように
からめていく。
散乱した服を掻き分けるように、
いつまでも溺れていた。
……。(「……」)
……。(「……」)
(こうしておともだちがまたひとりまたひとりとへるひびです)

いつかまたたいている間に、
日々はめまぐるしい速さで
変遷を遂げ、
循環し、
またいつも通りの
めざめを迎える。

寝ぼけまなこで
めをこすり
こばえがうるさいと、
またたきをする。


私たちの小さな戦争

  左部右人

一日、また一日と
忘却した記憶に登場する
キャラクタアが
私たちの行列に
続々
と 
立ちならぶ。

あの小さな戦争たち の
ことを 蒸し返すのだ。
あの小さな戦争の
銃撃戦(言葉は銃だ 引き金を 引け)
白兵戦(さあ 詩のボクシングの はじまり だ)
あの小さな戦争に
流されたたくさんの
涙 涙 泣いて 泣いて(君とは 違う 華を咲かせた)
たくさん の それ や
たくさん の これ や
たくさん の ねえ
それらのぜんぶが、
私たちの涙と
水平線の、向こう側へ
と。

※ここで、行列の内訳を 簡単に―これは詩の一部ではありません。
(1)恥ずかしくていえない それやこれ
(2)恥ずかしくていえない これやそれ
(3)恥ずかしくていえない ねえ
(4)まあ、要するに 私たちの 頭の中の古い あれやあれ ねえ
 以下、本文 へ

だからこれは、
私たちの
小さな戦争なのだ
時間をかけてゆっくりと
並べてきた行列に、
過去から押し寄せる
無数の兵ども
私たちは また、
砲台の音を聞く 心地の良い声の 砲台の、音。
引き金を引くのは もう 嫌
身体を傷つけるのも もう 嫌
だから
たくさん の それ や
たくさん の これ や
もっと
たくさん の あれ や あれ について
……。

そうして私たちはまたお互いの血液となって絶えず循環し、
この小さな戦争も、
二人の轍となって

忘れがたい名を
つけられるのだ


絶景

  左部右人

師走の風が、水面を撫ぜる
波紋は
幾重にも広がり
水中に潜む
数百もの目玉を
一斉に躍らせる
水草が、
痙攣する指先のように、
ゆらゆらと
揺蕩う。

河川敷では、赤子が泣いて
涙は
母親が拭い捨て
眼球に潜む
自らの瞳には
一筋の水跡
赤子は、
水平線をなぞるように、
だあだあと
手を伸ばす。

肌をさす風に、隣人の温もりを思う
夕陽は
郷愁を誘う絵画のように、
水面を照らす。

明々と照らされた赤子を見た隣人は
「かわいい」
と、
明々と照らされた頬をほころばせ、
指先に力を込めた。

私の背にした水面には、
幾重にも広がった波紋が、
明々と、
照らされているのだろう


水槽の底で

  左部右人

水槽の牝牛は息を吹き返すのを待ち望み、
小判鮫は牝牛が一分一秒でもはやくこと切れるのを
牝牛の皮膚のすぐそばで、待ち望む。 
何遍も、何遍も、
恒星の如く、周回している。

「お姉ちゃん、あのお牛のまわりにくっついているお魚、どうしたの、あんなにあんなにたくさんくっついていたら、お牛さん、ゆっくり眠れないよ」

水槽を取り囲む観衆は、
ざわっ、ざわっ、と
(まるで腫物にでも触れるように)
(娘の品性を凌辱する継母のように)
目を背ける。

お姉さんと呼ばれた女は、一匹の牝牛だった頃の話を
ゆっくりと、
海底にちゃぽちゃぽと沈殿した記憶の砂利を掬うように、
ゆっくりと、
ゆっくりと、引き摺り上げる。

「そうね、この町が楽園だった頃には考えられなかったでしょうね、この町が楽園だった頃には、でもね、覚えておきなさい、お姉さんも、お姉さんのお母さんも、お姉さんのお母さんのお姉さんも、そのまたお母さんも、みんなみんな、あの牝牛のように
……………………………………………………
目を覚ますのに、必死なのよ」

牝牛は手足をじたばたと
痙攣させている。
(観衆は)
(熱い吐息を吐いて)
(牝牛の目覚めを、静観する)

「だからあなたも、いつかきっと思い出すわよ、瞼をとじた時に、ほら、ご覧なさい」

とんとん、肩をさすられた娘は、
水槽の中で、
陽光を待ち侘びる牝牛の姿を、すっと
見つめる。

「そっか、お牛さん、眠りたくないんだね、そっか、そっか、はやく起きていたいのね、あっ」

 痙攣する指先に、小判鮫の鈍い歯が、
すらすら
すらすら、と
食い込んで、
「ああ、また、駄目だったのね」
「あの牝牛は私の娘だったのよ」
観衆は、どっと深いため息を吐いて、
(どうやらすっごく冷たかったらしいと)
(後日、娘が聞かせてくれた)

牝牛は骨の髄までしゃぶられて、数粒の砂利となって、小判鮫は、水槽の奥へ、散った。
(そうして空になった水槽に、)
(今度は一匹の牡牛が、投擲された)

「あなた、運が良かったのよ」
牡牛の入った水槽を前にして、お姉さんと呼ばれた女が、娘の髪を丁寧にさすっている。
水槽に映った娘は、気持ちが良さそうに、
屈託もなく、わらっていたらしい。

文学極道

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