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腰越広茂 - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


空舟は希望する(うつおぶねはきぼうする)

  腰越広茂






私はすでにいない 生まれる 前から

アフリカ黒檀製万年筆のミトコンドリアは
蜻蛉の櫓で漕いで行く。透けた羽の内部は
暗く光る言葉を発している
それは
すべてを聴く耳にも届かない。選んだのだから

六時五十七分と明記された文末を
無人の無限軌道は踏みしだき通過する
やあ こんにちは、行方不明の最後を
むかえるすべての最後は、
暗く光る言葉に金の縁取りをする
永い時が過ぎ去った今
誰独りとしていない誕生日

不在を乗せて波間を漂う
幽かに明滅する
素肌はひんやり
空の境も無く 雲が昇る
ひとすじ
しん、としていると冬の心音が聞こえて来る

その青年の腹部は硝子製で
私は最早ひびわれてしまった青年だ
私の祖母は、母の母の母の母の母の母の母の母の母の……母になった
がらん、と、したところに母の声だけがわれた
そして私は、生まれた
宙を切る声
昼下りの小道に風鈴屋は消える
そのようだ、絶望を喪失したの
終わりの始まり静けさは金魚鉢
御中の減って鳴る 千草の風
風色は兆し遠雷の

骨無しのかなしみに
鉄筋をつらぬく
空舟。
みずから発光する
光速の
源は井戸を掘りかたむき続ける
女郎蜘蛛は糸を繰り黙読する
暗雲は、ぴしゃり、と解けて散った
虚空を

名前を忘却した反射鏡の
首輪には
ネームプレートがひっついている(自分では読めないところ。
あああきらめたりしません低空の深呼吸
白黒写真を脱したシンメトリーにことづけを
たのんでおいた
沈黙の羽も透けて交叉点をわたる自動ピアノ
初めて
呼ばれた
時を
繰り返す、繰り返す最後まで

伯母の六女に鳩時計が知らせる
いちど限りの、産声は虹の
影の境界に気づく
― 君のことは忘れないよ
  かたちの無いてざわりだぴったりと

仄明り
うすまる
どころか、こくなる、影の、影つなぎ
あわされ、た だただあちら
河の岸に咲く零雨
白い微笑微笑一輪
浮かぶ
鏡は

雲の上へ円く終ぞ落ちない始点はてさて
  響き  ますのでしょうね。有り難う
御礼参りでございますあちらより
すすみすすむ すみあがる
ひとしずくも零されずにあのいのちは

そうするしかなかった
私の。つかんだ宙の水影
をてばなしたてのひらに遺った
声はいまも
絶望を喪失した高さで響いている
空ろな胸の深奥
この青ざめた年輪の

とめどないささやき
あなたへ
拝礼する、されど平らに
視線を。静寂と
透きとおって行く
暗く光る
道を真っ直ぐ 真っ直ぐに
(うれしいけれどせつないねぇ)
果して そうか
私は、

* メールアドレスは非公開


風光

  腰越広茂





ごちそうさま
長く永い みちのりでありました。
ひさしの
蜘蛛の巣ごしにみえる
青空は澄んで高く
深まってゆく秋です。
すこしすこし
冬はちかい
手をあわせる
まなざしは仄暗く
さしこむ影は
じっとうごかずしっとりしています。
だれもいない
丘の上で。
雲ひとつなく
産声がそよぎ
引かれあって在る
ひとつの観念
海がないで遠くを
みつめる。果して
みえるか。光が増せば
影の濃くなる自分は
影である。独り
回旋塔の葬列をみおくる


お墓

  腰越広茂





晴れた今日、
日没すこし後の星星の点点と見え始めた
蒼く透けた空のこちら側で
体と影の連結が解ける
風光のなか雲棚引き
さやさやさーーーふーーー……、と
ほほをなぜる
風が耳元で回って
『ふごうりゆえにわれしんず』
とささやいた。それから
なにも知らぬ指先の墓石はちからなく
宙を指さす
つめたくかわいた風の通りすぎる
家裏の
小道わきの杉林ひとつ奥の闇を見た空っぽの胸に
さっきのささやきがひびく
ひんやりとした指先の墓石の肌にも
夜気はしんめりとそうが
わたし全体も深深と耳元の渦に暮れた
沈黙する墓石である
失われたあの星の光が今に届いた
空っぽの胸の
なきがらはしんとした懐かしい光と黙礼を交わして
この青い星の夜の土に帰る

文学極道

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