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黒澤 あや

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


橙色

  黒澤 あや

幼い頃に限らず
なりたいものがあって
人だけに限らず
きっとこの渋柿も
甘い柿になりたかったんだろう

私にもなりたい名前があった

ぽ、つん
口に出してみる
やっぱり似合ってる気がする
あの人の姓は
私のこの名に

言うのは
いくらでも出来るのに
それはだけど別人だから

夕暮れがそっと頬に触れて
帰っていくように
あの人もこの胸にきれいな色を残して
人混みに消えた

鳥がついばんだ柿が散らばり
どこもかしこも橙色
この庭の柿の木は
私が生まれた歳に種を植えたんだと言う


ねえ母さん、
うんと甘い柿が
食べたい


白い朝

  黒澤 あや

ポタージュが冷めるのを待てず
やけどする舌
冷たい朝に

湯気の向こうで
陽の光が磨りガラスにはじく
無邪気なほどきらきらと

関東地方の今朝は今年一番の冷え込み
半袖のニットを着たアナウンサーが言う
冷え込んだこの町の6℃は
北国の積もり始めた雪を溶かすというのに

飲みかけのコップを置いて
もそもそと身支度をはじめる
小さな電気ストーブの前で
猫に邪魔されながら
伝線しないよう素足のまま
あれは
初めてホワイトイルミネーションを見た年の白い朝
灯油が切れていて
ふたりで凍える思いをすることももう、ない

ゆっくりと
この町の温度とポタージュの温度が
平衡になっていく

ストッキングを履き終えて
ひといきにすすった残り
やけどした舌はひりひりとまだ
痛むけれど

時間に背中を押され
パンプスをつっかけたまま
玄関を出る

ああ、それでも
息だけは白い


ふと
髪に絡まったような気がした
雪虫
あの日 銀杏の葉音を鳴らして
そっと髪にふれた人の指先を思い出しながら
地下鉄の階段を下っていく

文学極道

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