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黒木みーあ

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜に死なない

  黒木みーあ


ないていた。



どこか遠くで、日を捨てる音がする。昨日と、今日と、明日と。夜にさえ、抱かれない。わたしの、帰る道。立ち並ぶ家に人は居るのに、話声ひとつきこえない。石壁に反響する歩く音は、乾いた鼓膜を少しずつ圧迫していく。二つ目の曲がり角、ないていた。夜に刺さる声、二階建ての空き家。そのてっぺんできいきいと、風見鶏がないていた。それをいつも、いつもいつもどうにかしてやりたいと、思っていた。わたし、わたしは、たぶんわたしが思うよりもおかしくなっていたのかもしれない。頭が、ひどく痛かった。その日は、男のモノをくわえているのがいつもよりも苦痛で、とにかく頭が、痛かった。

あの、吐いても、いいですか、
言葉よりも先に、モノが出た。男のモノを噛み砕く、一歩手前で。薬が欲しかった。なんでもかまわない。今日に限って忘れてしまっていた。頭が痛い。男の情けない顔、わたしはどんな、顔をしていたのか。不意に笑いそうになる。おかしかった。とにかく、とにかく。何も考えずに飛び出した。小さい頃は全力疾走とかしょっちゅうで、でもやっぱりあの頃のようにはいかない。走りはじめてすぐに、胸が痛くなった。それに同調するように頭の痛みが激しくなる、ずきずき、ずきずき、暗い、路地裏。明るすぎた場所からの影響でうまく前が見えない。生ごみの臭いがする。寒かった。一瞬、裸かと思ったらわたしは服を着ていた。おかしかった。電話が鳴る。半狂乱の店主から、半狂乱な声で、どうしたんだと。どうしたんだと、わたし。いやどうもしていない。わたし。誰にも会いたくなかった、もう、思いつく限りの罵声を浴びせて、電話を切った。
 
 
 
歩きながら、わたしは死んでいた。今までと同じように、ひとりずつ、わたしが死んでいった。
なかなか治まらない胸の動悸と頭痛で、死期が早まるように、どんどん、どんどん死んでいった。一体、後何人のわたしが残っているんだろう。急に走るものじゃない。昔誰かに言われたことがあった。親だったか、愛そうとした人か、遠い昔ほど、よく覚えていた。気付けば足も痛い。走れるような靴ではなかった。路地裏からいつもの道に出た。わたしは真っ黒になってしまったんじゃないか、そんな気がしていたが、ガラスに写るわたしはいつものわたしだった。眩しい。この街のネオンが心底嫌いなんだと、思った。
  
少ししてまた、電話が鳴った。友人。という文字が画面の中で点滅している。とらなかった。捨てた。わたしには友人はいない。吐き出す息と一緒に声に出す。いたことさえない。今すぐ、飛び降りてしまいたかった。もう、どこか高いところから、気絶しておしまい。おはよう地獄。きっと今だって、頭が割れているに違いない。でもほんとうは死にたくないと、思ってる。わたし、わたしはわがまま。わがままな子だと、小さい頃から親が言い続けたように、わたしはわがままだった。わがままじゃないといい続けたわたしは、たぶん、一番はじめに死んでいた。


 
自然と、帰路についていた。昨日と同じ帰り道には、昨日と同じように少しずつ明かりが失われていく。時間がいつもより早くても、夜に変わりはなかった。外灯はくたびれ果てて、出迎えることは決してしない。通る度、夜の温度が濃くなっていくような、そんな感覚を抱いていた。どこの家も真っ暗で、わたしも、同じように真っ暗だった。誰も居ない。居ない。帰っても、わたしはそこに居ないし、ここにも、居ない。
かなしい声がきこえる。わたしの、風見鶏の、声。ないていた。くたびれた外灯の端に建つ空き家の、漆黒の闇のてっぺんで、風の吹く度ないている。わたしは後何人、残っているんだろう。何度も思いながら、空き家の前で立ち止まった。もうきっとおかしくなっていた、頭が、痛かったし、無性に笑いたかった。何も飲んでいないから、口が酸っぱい。あんなモノ、噛み砕いてやればよかった。一瞬、そう思って、でも噛まなくてよかったんだと、思いなおした。

 
 
ないている。いつまでも、風見鶏が、誰もいない夜に向かって。ないている。今、どんな顔をしているんだろう。朝の雄々しい姿を見ないままでいた。でもそれでよかったのかもしれない。誰も居ない家のてっぺんからは、きっと、かなしい景色しか見えないでしょう?うずくまる、わたしの背中を預ける夜が寒いのは、昨日も、一昨日も、ずっと、ずっと同じ。帰りたかった。どこかに。わたしの居るどこかに。胸の動悸が少しずつ落ち着いていく。ないている。ずっと。ないている。わたし、わたし、わた、し、ばいばい。小さく叫んだ。外灯がじりじりと唸っている。その音よりもずっと小さく、けれど叫んだ。おもいきり。ないている。ずっと、ずっと。ばいばい。
 
立ち上がる。頭はどうせ割れていた。今何人目かはもう、わからなかった。ないている。わたし、もう、ないていない。またひとり、死んでいった。夜の底の、底の、底。上を見上げても、何も無い。そんなことずっと前から知っていた。星よりも多い、わたしの死体は星よりも弱く、瞬きもしないこと。一体、夜はどこまで、高くなるのか。長い間を、宛てもなくないている。目を閉じていても、開けていても、わたしが確かに、そこに、死んでいる。
 
 


日の生まれていく、日の、

  黒木みーあ

月曜、
まどろみ。
喉元に触れる夕日には
失くしてまったことを
いくつか思い出す
手を、重ね合わせると
途端に夜が落ちてきた
おやすみの
言葉だけが乾いて響く



火曜、
あなたと性を入れ替える
あなたはわたしに
男だけが持つ雄々しさを教えてくれた
わたしはあなたに
女だけがもつ妖艶を
誰にも聞こえないように耳打ちをする
向かい合って背中を合わせる
見えないところが
見えないように



水曜、
季節に生まれた言葉を
いくつかさがす
見つけるたびに
うたを歌った
とてもやさしい、うただった
そんな、あなたは
幾度も暮れる日を
大きな手でたたむと
わたしに、そっと差し出し
思い出をくれた



木曜、
抱きしめ合うと
わたしもあなたになれた
あなたもわたしになれたと言い
それから
共に性を失った
何もかもが突然で
何もかもが自然に思えた
陽はまるく
限りなく、赤い



金曜、
眠れないわたしの代わりに
あなたが眠る
今にも落ちてきそうな
金色の月
あなたの髪の手触りに
再び現れるまどろみに
明日を忘れる
息を吐くと
白く滲んだ



土曜、
なかなか止まない雨が止んだ
束の間の晴れ
くちびるを伝う
あなたはわたしで
わたしがあなた
互いに
変わらないことを笑い合う



日曜、
愛してる、
それ以外の
すべてを忘れる
それだけあれば事足りると
無言の手が
わたしを掴む
見送る日が過ぎて
見つめる日が
巡り、はじまる

文学極道

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