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case (香瀬) - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


[ピーナッツ]

  香瀬



[ピーナッツ]



目の前には ばら撒かれたかのように 柿の種 が散乱している。
一目でわかるほどピーナッツの割合の多いテーブルの上、きっと指先は少し辛いのだろう。
行儀悪く指を舐めつつ足を組む、掛け違ったままのボタンも気にせずテレビ画面に目をやりながら、汚れていないほうの手で皺にならないようにスカートを脱ぐ。
CMではビールをうまそうに飲む名前の知らない女優が ビールをうまそうに飲んでいるのを見ながら足を組み替えつつ ビールをうまそうに飲んだ。
グラスの底に溜まった泡まで飲み干そうと吸い込むけれど、咳き込みそうだし。
言い損ねた言葉が出てきそうで、あわてて むせた。
鼻から麦のにおいがしてくると、左手はケータイを弄りだし、右手は食べる気もないのにピーナッツをつまみ 向かいの席に投げている。
きっと千葉県のにおいを期待しているのだ。
((チューゴクだろうけどね。))
恋人同士が待ち合わせをしている、手にはケータイを持って楽しそうにおしゃべり、そんなCMが流れている。
ピーナッツばかりが散乱する小さな部屋で、実は誰とも繋がる機会を手にしているんだ。
機械を手にしているんだ。
千葉県のにおいのしないフォントで「おめでとう」(と、小声で)吐き出してみたけれど、汚れていないくせに親指は滑らかな文面を書けないでいた。
滑らかな液晶に悪態をつき、グラスの底の泡を飲み干して打ち直す。
「オメデトウ」(と、もっと小声で)言ってみても、やっぱりどこか辛口で、ピーナッツをひとつまみする。
鼻の奥から千葉県((本当はドコだろう?))のにおいがして、部屋が回転していくのを感じた。
酔いは さめてきたけど、アルコールが回ってきたのだろうか。
ビールなんて水だと思っていたよ、ボタンを掛け違えた人に届け、と必死に親指を動かそうとする、汚れた指は煙草を咥えさせライターを準備している。
回転する換気扇の向こう側に吐き出した二酸化炭素が真っ白く逃げて行く、もともとナカにあったものなのになあ。
置いていかれたピーナッツを 齧る(/に 齧られる)。
これ以上、指を辛くはできないよね。
渦を巻く部屋と渦の中心の圏外がどうしても届かない。
もう苦くなりそうなメールに「omedetou」(と、口だけ動かして)いつかまた千葉県のにおいをさせた返事を  ください。
おくってくれたらいいな、そう思っています。
指紋の増えたケータイをテーブルの上に投げ出し、散乱した柿の種は胃袋に収まりを覚えた。
ピーナッツは掛け違えたままのにおいを気にしている様子はなく、ビールではないアルコールがそろそろ欲しい。
もう一度足を組み替えて立ち上がろうとするけど、圏外のソトにはいったい何があるのかしらん。


[シウマツ]

  香瀬


[シウマツ]





日曜日
道を一人で歩いていた 
公園へ行こうと思った 
向こうからやってくる男性はお年寄りだ 
桜の樹の下ですれ違う

 まだ咲きませんね 
         」
と言うと

 その科白は彼女のですよ 
            」
と言われた 
おじいさんの指差す先を見るため振り返るとリクルートスーツを着た女性がツカツカと近づいてきた 
少し顔が怒っている 
桜の樹の下まで来ると

 まだ咲きませんね 
         」
と強い口調で言った 
追い越される瞬間に耳元で

 なんでその程度のこともできないの? 
                  」
と言われた 
いつもそうだ 
彼女は足早に桜の樹の下から遠ざかる 
もうすぐ公園に着くだろう 
タイトなスカートに包まれている尻が左右に動きながら小さくなっていった 
黙って様子を見ていた老人も

 けふは死ぬにはいい日だ 
            」
そんな科白を言いそうになっていた 
(そんな科白はないにもかかわらず だ) 
公園へ行こうと桜の樹の下から離れ 
桜の樹の下には誰もいない道を一人で歩いていたのにいつの間にか犬や猫がいた 
赤と黒のランドセルもいた 
それ以外の色もいた 
児童たちはお揃いの安全帽子を好きな色に塗りなおし

 わん 
   」
とか

 にゃー
    」
とか

 あいつ科白もまともにいえないんだぜ 
                  」
とか

 だっさーい 
      」
とか言っている 
きっとそれらは科白どおりなのだろう
言われたままでは肩身が狭いので笛を吹くように指示を出した 
子供たちは口々にリコーダーを咥え

 わん 
   」
とか

 にゃー 
    」
とか

 死ぬにはいい日だ 
         」
とか科白を鳴らしている 
誰かが押さえる穴を間違えて

 その程度のこともできないの? 
               」
と鳴らしたりもした
間違いさえあらかじめ与えられた科白に沿ったものだ 
犬も猫もまるで就活でイライラした女のような声で

 まだ咲きませんね(笑) 
            」
と言う 
嬉しそうに言う 
口々に語られる科白は次第に速度を増していく 
いろいろな色のランドセルや犬や猫に早口で何か言われる 
聞き取れない 
指の動きが早すぎるのでリコーダーは

 けふは死ぬにはいい日だ 
            」
と言う
聞こえない 
向こうから男性がやってくる 
スーツを着た女性かもしれない 
公園からの帰りだろう 
どちらにしてももうすぐ春だ 
いつまでたっても公園にはたどり着けそうにない桜の樹の下で科白を言わされる

 まだ咲きませんね
         」















                              「
                               もう散りましたよ?
                                        」





_


[栞の代わりに挟まれる]

  香瀬


[栞の代わりに挟まれる]



   on
    女はパソコンの前に座っている、パソコンには文字列が書かれているが意味がわか
   らない、どこにも届かない文字が配信されている、光の粒となって配信された文字列
   は女のイメージを灯すことはない、部屋はパソコンの明かりにだけ照らされて女の顔
   だけが浮かび上がっていた、左手で缶チューハイをあおる、女の影だけが少し濃く見
   える真っ暗な部屋です、クリック、
                   真っ暗な部屋で一人晩酌をしている女が主人公の
   小説を半分まで読んで、女は乗り換えのため電車を降りた、次に乗るためのホームは
   陸橋を渡らなければならず女は本をたたみ小脇に抱え人波に泥みながら流れた、光の
   流れが見えるように駅は埃が立ち込めており、ブラウン運動? そんな理科の用語も
   思い出したりしながら、この陸橋を渡る黒い頭のひとつひとつが微動しているようだ
   ろう、と階段を下る女とすれ違った、
                    女は女子高生の格好をしており、戦闘服である
   セーラー服を着こなしている女子高生であること自覚していた、最新のヒット曲はま
   ったくわからないけれど、ひとつひとつの音の流れが鼓膜に届いてくるのは感じてい
   た、「切り取ってよ一瞬の光を!」、切り取られた女は黒い粒粒した波に同化してい
   く、そんなのに似た女がいくつも束になって突き刺さってくるような気分さ、ヘッド
   フォンは汗ばんできている、
                女の鼻腔をくすぐるのはなんだろうか、駅から出られな
   い女の夢を見ていたような気がする、電車の中で目覚めるとそれだけ思い出した、鼻
   先を掠める匂いはまるで女子高生の耳から流れる汗のようで、噎せるようだよ、鼻粘
   膜の湿り気はセーラー服を着ていて、きっと耳たぶにはシルバー925のトカゲのピアス
   があるはずです、トカゲは夢の中で歩き出し女のほうに近づいてきた、女は電車に揺
   られている、女の耳飾が少し動いた、
                    食べられたい/食べさせられたい、女の唇の上
   で誰のかわからない液体が光っている、銀色に光って、銀色の小動物が漏らしたおし
   っこのように光っている、女は舌を伸ばし、舐めた、しょっぱい、舐められた女はト
   カゲに舐められたのではないかと錯覚するほど気持ち悪く感じていた、全身が鳥肌立
   つぜ、おしっこをしたあとのように身震いしている、本当は気持ちいいのかもしれな
   い、しょっぱい、って股の下から言われた気がした、
                           爬虫類に犯されている女の気分
   で夜が明けると、ベッドの横で眠っていたはずなのに誰かの上で腰を振っていた/振
   らされていた/ていたかった、壁を這うように密着した接合部が泡立つ、小ぶりな胸
   の先端をつねられる、いたい? 冷血動物の体温で愛撫されている、
                                  自ら跨って腰を
   振っています、という演技をしているビデオを見ていた、ビデオの女は大して興味も
   なさそうな顔をしてタバコに火をつけた、上の口でも何かを咥えずにはいられないの
   だろう、なんだそれ? いたいよ! 無理矢理つっこまれたことに憤慨した女はタバ
   コをもみ消しシャワーも浴びずに着替えて部屋を出て行った、女に出て行かれた部屋
   は暗く、一部だけより黒い影が壁に映っていて、一瞬だけ女だった、
                                  失敗したセック
   スの後のような顔の女が店に入った、キャラメルマキアート、出てきたコーヒーはブ
   ラックで、一気に飲み干した、今日のコーヒー、しょっぱい? 胃袋が灰色になりそ
   う、頬が湿っているのは湯気のせいだよ、、という形の煙が換気扇に吸い込まれるの
   を見届ける、灰皿には三本の吸殻があり口紅の跡が目立って見えた、赤い唇の跡は血
   のように赤い、女の首筋に同じ唇の跡があった、気がする、
                              乱暴に吸われ、吸い口に
   血がついていそうなタバコの煙の匂いがする汗、女子高生はヘッドフォンのボリュー
   ムを上げ汗の量を増した、電車の中の戦闘服はどれもこれも揺れている、パンストの
   付け根は少し湿っていて乗客は清楚です、座っている女も吊り革を掴んでいる女も何
   かを咥えているから、どこから出てきたのかわからないような液体の匂いがして、禁
   煙席のほうまで春の匂いを届けそう、
                    銀色のトカゲが揺れているのは、どの席も揺れ
   ているからです、耳を穿とうとする空気が灰にまみれていようが、どうせ消えてしま
   う、諦観した鼓膜が呟く声も聞こえてきそうさ、「写真になれば古くならん?」、新
   しいって何のことかもわからないくせに、すぐに音を拾おうとする女のような真似は
   やめる/めろ/めて下さい、その耳たぶを下さい、
                          いくつもの女が音とか匂いとか味
   とかで流れていく消えていく満員電車女子高生蜥蜴腰振珈琲煙草、そんな光景を見せ
   られている女だった、光景は消える圧縮、本を閉じる、on/offの「/」みたいな栞 は
   失くしたところだから、栞の代わりに女が挟まった、送電線笑う、パンタグラフが上
   下するのと同じ速さで視線を動かす、動かした先に何が見えるの? その「?」に追
   いついたところでまた離される女、クリック、
                        クリック、ページを下にずらしながら
   女は缶チューハイを飲みなおす、無味無臭、透明な液体を音もなく飲む、そろそろク
   ライマックスじゃないかしらん、パソコンの前でそう思った、意味のない文字列を目
   で追っていくよりも早く退屈している、書き終えて書き終わった文字を目で追う、追
   われる女の空き缶は消え持っていた左手も消えて女は主電源を強く長く押しながら消
   えた、「ここ」まで女を読んできた___((も消えそうで、)どのパソ コ  ン
   の  前  か ら   も     k i   e    t    .   、
                                        off


[開封後はお早めにお召し上がりください。]

  香瀬


[開封後はお早めにお召し上がりください。]



さて、アルマジロを一匹コートのポケットにつっこんで砂場へ行こう。公園の砂場に
は猫の糞が大量にあるから砂漠へ行こう。家から出て3つ歩いたらなんとなく砂漠で
す。持ってきたシャベルで穴を掘っては順々にアルマジロを埋めていく。風が吹いて
空が見えなくなったら砂が降ってくる。真っ白なコートに砂が吹きつけられてポケッ
トのあたりをはたくから、みるみるうちにアルマジロが増えていく。増えた分だけ穴
を掘らなければいけない。ポケットの中には赤茶色の完全な球体にも似たアルマジロ
が大量に丸まっていた。これらをすべて埋めなければいけない。さらさらした砂は海
のように波を吹き上げて、急いで穴を掘らなければならない。砂が当たって痛い。掘
り返した砂が巻き上げられ真っ白なコートに降り注ぐのでコートをはたくとアルマジ
ロがまた増えるからなかなか家に帰れない。


カメレオンに「敬礼ッ!」って娘がはじめたので真似をすると、パパの敬礼はまった
くなってないと娘は言う。ママが炊き立てのご飯の上に鰹節をふりかけている。明日
になると鰹が生えてくるわと言ってジャーのふたをする。敬礼ッ!ほんとにまったく
ぜんぜんなってないわと娘に説教されながら、今年初めてのカメレオンを夢想する。
夢の中で娘の両目がロンドンとパリを同時に見つめながら、あらゆる背景を拒絶した。
「自分の色ってものがあるんだからねッ!」長い舌を器用に操り自己主張をする娘を
見てパパとママはうれしい。続きはジャーの中で夫婦の営みを、と思ったら娘の器用
な長い舌がふたを開いた。二匹の鰹が屹立して「敬礼ッ!」とパパとママの声で叫ん
で、娘が明日になったことに娘は気づく。


別に飛べないわけではないのだよ。ペンギンが重いくちばしをやっと開いて語り始め
た。わたしはおぼろげなテープレコーダーの録音ボタンを押す。幽霊のようにペンギ
ンがため息をつく。でも、誰かが損をしなければいけなくて、それを率先して引き受
けることがそんなに馬鹿なことでしょうか。歯ぎしりした犬を想像して笑うならふふ
ふ。黒と白のタキシードを着こなし、ヘアワックスをたっぷりつけたペンギンは、普
段の愛らしさもどこへやら、めっきり老け込んだ様子。涙目であることを指摘すると、
陸上は海の中より乾燥してますからね、と強がる。着々と海水面が上昇している。干
からびるのを防ぐための嗚咽が黒く白く続々と漏れる。テープレコーダーはためらい
もせずそれらを飲み込み、私は耳をふさいで目を閉じていた。気づくと半透明にペン
ギンが飲み込まれるのを目撃したはずだった。わたしはテープレコーダーを巻き戻し
恭しく再生ボタンを押すと、幽霊のように泣き真似を始めた。

文学極道

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