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軽谷佑子 - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


SPRINGTIME

  軽谷佑子

わたしの胸は平らにならされ
転がっていく気などないと言った
そしてなにもわからなくなった
柳がさらさら揺れた

井の頭の夏はとてもきれい
友だちも皆きれい
わたしは黙って自転車をひく
天国はここまで

暗い部屋で
化粧の崩れをなおしている
服を脱いで
腕や脚を確かめている

電車はすばらしい速さですすみ
わたしの足下を揺らし
窓の向こうの景色は
すべて覚えていなくてはいけない

除草剤の野原がひろがり
枯れ落ちた草の茎を
ひたすら噛みしめている
夢をみた

そしてわたしはかれと
バスキンロビンスを食べにいく
わたしは素直に制服を着ている
風ですこしだけ襟がもちあがる


人を送る

  軽谷佑子

口をきかずとも
人は知ることをまなべ
うつくしい目のひとよ
どこにあっても
救いのあるように

したたるみどり
穏やかなひざし五月の
最もうつくしいとき
心はずむままでいけよ
戻る必要のないように

机のうえの紙いちまいにも
たましいのやどる昨今だ
気をつけていけよたましいに
心を痛めすぎないように

なにも残すものなどなく
きみはどこにもいなかったといえ
できることなら
きみひとり安らかであるように
うつくしい目のひとよ


ウィンターランド

  軽谷佑子

まどの向こうに降る雨をみている
だけならとても好きなんだけど実
際に外へ出て雨に濡れるのはいや
なのだとあのひとは言って皿に残
るソースの染みをみつめていたの
でした

夏の木の緑をずっとおぼえていた
ので力だけはうしなわずにここま
で来ることができたのだと思いま
すわたしは引き返せないたくさん
の時間をずっととてもちいさなこ
とに使いつづけていてそれはとっ
ても楽しかった

明けがたにセミが鳴きだすのはい
つもきまって午前四時十七分あの
ときはいつも目が覚めていたので
鳴きごえはすべて理解できて手あ
たりしだいにつめこんでいました

ビルとビルのあいだにみえるちい
さな夜空が好きでたばこを吸うあ
のひとに言ったらそれはめずらし
いみかたをするね空はいつでも広
いものだといわれてそうかしらん
と首をかしげたあのひとは海王星
に行って死ぬ

綿の木をそだてていたときに裏の
日あたりがわるいところで植木鉢
のプラスチックの白さがいつも湿
気ていたのをおぼえていますあの
ときはとても暖かかったけれど綿
の木はそだたなかった

いまは冬の国に住んでいてここは
庭なんの心配もなくスカートをひ
ろげて座っていると空からたくさ
んの冬が降ってきて髪の毛や腕を
おおいわたしは地面とかわらなく
なります


ジャンプ イントウ アクアリウム

  軽谷佑子

ジャーンプ、イントウ アクアリウム、
かれはいつもあかるい、
熱はわたしの目をさます。
ジャーンプ、
走っていく向こうの船は、
大きな魚だけでできている、
手をふるといっせいにこちらを向く、
ぎょろりとした目、目、目。

抱きしめてほしくてしかたがない、
わたしの熱はとびあがる。
ジャーンプ、
向こうの船はスクリューをまわす、
したからうえへ、はてないたかみへ、
ジャーンプ、
雨は目のまえ、水槽の底、
アクアリウム、アクアリウム。

ジャーンプ、
じゃけんにあつかうことを知ってる、
かれは邪悪でいつもあかるい、
水槽のエアはきっと切れてる。
ジャーンプ、
船のスクリューはまわりつづける、
ぐしゃぐしゃに濡れてほおにはりつく、
わたしの下の毛、毛、毛。

やがてばたばた落下していく、
小さな魚は一列に並ぶ、
ジャーンプ、イントウ アクアリウム、
もういちどいちどもう一度、
かれはあかるいあとをのこす、
甘くておもたい。
こちらを向いてそのままでいる、
邪悪なかれはいつもあかるい。


眷族

  軽谷佑子

陽ざしは強く、ながくのばした髪を浜に引きずり、わたしたちは力をこめて綱を引く。うすい殻を破っては肉をくらい、波打ち際に寄る海草を拾う。塩を噛んで、わたしたちの寄る辺はせまい潟、帯のあいだにはそれぞれの生きものが挟まれて、暮らしはまじないをつくることから始まる。

あのね、昔々わたしたちがここへ来たときには、本当に白かったの。つめもまだ桜色で、着るものも飾りだらけだった。わたしたちは試練のこどもだったから、日がたつにつれて飾りはうしなわれていったけど、けして全部いっぺんにではなかった。ひとつひとつ、うしなわれていったの。わたしたちはそのことを忘れてはいけないのよ、

この岸辺には多くの人がいる。岸辺は土地のものをよく知っていて、陸はここまで、陸はここまでと言っているのに渡っていってしまうから、仕方なくいちいち印をつけている。舟がゆっくりと潟を横切り、眷族のうちの誰もお互いを知ることはない。足を這いのぼるフナムシをはたき落とす、その指はどれもこわばっている、

花嫁は舟にのって、塩の海をすべっていくのよ、飾りを落としたぶんだけ花冠が増えていくの。連れ合いは花嫁をみるたびにかわいそうなくらい勃起して、隠す余地もないんだけど、でも誰だって花嫁をみたらそうなるものだから、とがめるひとはいない、静まりかえったなか花嫁だけがたいそう賑やかなの。

ひとりでに車軸が外れて油がこぼれる、車輪だけが移動を開始する。陸地は姿が恐ろしいので、離れていけ、離れていけと必死に櫂をつかう。流れが速いから遠ざかることはたやすいけれど、みえなくなった途端恋しさがつのって、結局また戻っていってしまう。いつまでも繰り返すからいつまでも変わらない、

ほら、大きく口を開けてないと乾かないわよ。わたしたちのまじないはとても強いけれど、わたしたち自体は強くないのだから。忘れてはだめ、砂地に水がしみこむように、起こったことを記憶するの。どんなに一日がながくても、血はながれないし、だいいちわたしたちは無血なんだから。

いましめがほどけ、車輪が土地に到る。つっかいのかわりに大きな骨をかませている。水だけがとめどなく溢れ、またすぐに乾いていく。塩を噛み、フナムシの群れがばさばさと音を立て、支配だけが積み重なる、眷族を殺し、その腕で舟をこぐ、わたしたちは砂の一粒となって陸をけずり、このままずっと。


八月

  軽谷佑子

ともだちにくびを傾げて
這いずるゆかはつめたくしける
焼けていく脚をみつめながら
ひとのことばかり考える

おしつぶされた
部屋のすみで話をきく
長いあいだほうっていたの
これからもきっと

離れた場所から
すぐに戻ってくる
コンクリートの壁は
声をとおさない

ともだちを犠牲にして
雨のなか帰宅する途中の
まっしろに水をはねあげる
舗装道路

道の向こうに
近づいて遠ざかる
影になごり惜しく
腕をさしのべる


晩秋

  軽谷佑子

階段をかけおりていく楽しさを
思いだして日は暮れる
いつまでもあかるい気のまま
立ちどまっている

食卓のうえに
ながいあいだ置かれて
すこしも動かなかった
声もあまりださなかった

乗りものの中で
たくさんの家の窓辺に立つ
風景は割れてとんで
皆うまれた町の
幻をみる

降り注ぐ落葉の下
誰も彼も起こしてまわり
ひとの名残を
みつけてはないた

立ちあがる夕暮れに
両腕をさしのべる
迎えようとするつもり
建物のかげで
鳩が垂直に降りて

文学極道

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