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熊尾英治

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夢機械

  熊尾英治

どこか隠れたところで
話をしているようだった
ずっと

機械仕掛けの小さな箱に
積まれた言葉は
なかなか話してくれません

僕は知り合いの
機械検定士1級の女の人に
ゼラニュウムのその箱を手渡すと
その人は
オルゴールをかけるように螺旋を回した

すると
機械仕掛けの小さな箱は
キュルルと音をたてて
夢のような光を発したのです


工場

  熊尾英治


君も この熱気の中にいてくれれば…

僕はドーナツ工場で働いている
砂糖の匂いと小麦粉と化学物質を吸う
そのことが無言の話題となっている
卵を÷と黄身が二つある
よくあることだ
だぶ付いた牛乳で溶かしてしまう

強くて甘い臭気
華氏のドーナツは膨れ
危険な夢を暗ますように
あなたの目蓋も閉じるのだろう
そして
もしかしたら?

もし 君もこの熱気の中にいてくれたら…

今日も工場長は素成メーターをチェックするのだった
血色の良い赤ら顔の
家では濃い牛乳を飲んでいる男だ

とある
曇り空の朝のこと
僕が
眠たい目をこすって工場に行くと
もう
機械はじぃじぃと呻っていて
そんな疎んじられた頃合に
咳かされる様な
君をよく想うのだ


散歩道 〜green days〜

  熊尾英治

朝、道を自転車で走りながら何事かを考える。曇天の空と鼠色の在り来りな取り合せをいつものことだと、何度も何度も塗り潰すようにするうちにいつか黒い夜になるだろう。夜はいつも湿っていた。道のことをそれ以外に形容する人が誰もいなかったからかもしれない。それでも皆夜を知っていた。テレビで外のことは語られていたから、夜とは覚束無い電灯の点滅であり車の黒い唸りであり、そして何よりも朝、自転車で走ったはずの道のことだった。夜、道は湿っていたから夜とは湿る物だと誰もが言っていた。それでも湿っているのはなぜか自分一人のように思えるのは、食事の後皆で寝たとしても眠りはそれぞれの人に別々に訪れるからだろうか。湿った顔目唇、朝起きてパジャマのように丸一日かけ乾かす。何を乾かすのだ一体道に訪れる湿りを乾かすのか?体を乾かすに決まっている。だが夜に体がべっとり湿っているのはなぜだろう。夜、きっと道に出て眠りの外を彷徨っている私がいる。


出現する海

  熊尾英治

ずっとそのまま そのままに
遠ざかる
坂道のような木陰は
長く みんなはいつも
碧く眠る 空と

交信士たちの瞬きに
ざりがにの鋏は星の燭光を宿すだろうか
宿すだろう
いつか 恋に戻って行く

知合いなき海岸は
十一月の木枯しの中
乱雑な焼芋のような腕に守られて
空を飛べなくて雲を食んでいる

ピー ピー…
「潮騒に金平糖のような爪を落としたんだ」

曇天は躊躇いがちに指し示していた
モザイクのような模型が時空走行して
いま
鈍い音を立てながら
輝く

文学極道

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