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熊谷 - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  熊谷

 終極。風が吹いたら、いろんなことが終わった。とりあえずあなたから連絡がなくなって、びっくりするぐらい晴れた青空に、太陽がやたら暑くって、だらだらと汗が出て、一緒に涙があふれて、デートの時に着ようと思ってた新品のスカートはハンガーにかかったままくしゃくしゃになってて、片付けしようにも何も整理ができなくて、あなたが連絡できない100の理由をひたすら考えた。それって、夏はどうして暑いのかって考えるのと同じくらい無駄だったけど、どうしても止められなかった。

 花柄。いつも買わないようなスカート、わたしに着てもらえないことでだんだんかわいそうになってきたから、どうでもいいふつうの日に着てお出かけをすることにした。スカートの模様には見たこともない花と草が描かれてて、その一つ一つが夏の暑さにやられてうなだれていたから、原宿の露店でチョコチップのアイスを買って食べて、食べ終わったところで今日あんまりチョコの気分じゃなかったなって、太陽もうなずく。

 青蒼。失恋した瞬間、わたしには青い色が塗られた。そしてペンキ塗りたてに触れるみたいに、わたしとごく近くですれ違った人々にも目に見えないくらいの小ささで青く染まって行く、それって何だか小さい青空みたい。幸せそうなカップルにもその小さな青空は少し移って、彼らはそれさえも気がつかないで太陽の方をまっすぐ歩いていくんだから、その影はどんどんわたしに落ちていく。

 追伸。元気が無くなったらわたしのことを思い出してよ、そうしたら、おいしいアイスクリーム屋さんに連れて行く。たくさんの青空をまとったわたしに、花柄のスカートは故郷を思い出してさんさんと咲いて、涙は風を誘って吹きすさむ。暑さで溶け始めるのはアイスだけじゃないって、男はあなただけじゃないって、夏はえいえんに続くわけじゃないって、太陽もうなずく。


  熊谷


一斉に咲く花のように
わたしたちは
お互いしかわからない合図を使って
その手綱を引く
できたての雲が
くすぐったくて肌寒い
春の雨を降らせて
会えそうで会えない日々を
重ねて折って
鶴にさえなれなかった
似てるようで似てない日々を
重ねて祈って
この時期はまだ
カーディガンが必要で
傘じゃ守れない
未熟なからだはどんどん冷えていく
遠くから聴こえるちいさな声は
いくつかの川を越え
ようやく鼓膜に響いて
だから切ないくらい伸びた運命線は
複雑に絡み合った首都高に乗って
東京を出ようとするけれど
あなたと出会えたこの街を
簡単に捨てることは
どうしてもできなかった
雨ではがれ落ちる花びらは
無意識のうちに沸いた感情と
ともに足の裏にこびりつく
まだつぼみだった頃の
この季節がくる前の
わたしたちが出会うまでの
あなたのこころを
この雨が止んだら
標本にしてしまいたい
翻る駆け引きと
気持ちと裏腹に散っていく花
蘇る冬の寒さに
悪びれもせず変わっていく天気
あいまいに微笑むあなたは
いつだってわたしを
とくべつに不安にさせる
ただ好きということで
握りしめた手綱が
ほどけないように
標本にするはずのあなたが
ちゃんと死んでいるのか
確認をした
ゆっくりと拍を止めて
今日のことを忘れないように
願を懸ける
そしてもうすぐ
雨は止む


  熊谷


電話が鳴っている
誰からの連絡なのかは
わかっているのだけれど
どうにも体が動かない
呼び出し音は途切れず
そのまま肌寒い朝を迎える
そしてもう眠れる夜は来ない
なぜなら
一日中あなたのことを
考えているからだ



あなたは約束を守れず
必ず遅れてやってくる
蝶々結びを結んだ先は
怪我ばかりしている小指で
季節は相変わらず
暑さと寒さを繰り返すばかりだった
待っているのではなく
ここから動けないだけで
指切りはほとんどあって
ないようなものになっていた
ねえ、ここから早く
どこか遠くに行こう
そう思った瞬間
蝶々結びはほどける



わたしとあなたは
とても歌が上手だった
ドからドまで正確な高さで
いつまでも平行線を
辿ることができたし
お互いの音色は
手が届かない場所まで
絡むことができた
あなたの喉を少しなでたとき
太陽がようやく
雲間から顔を出して
夏が来たことを知る
ねえ、ここからどこにも行かないで
そしてもう一度
蝶々結びを結び直す



あなたが走っている音がする
どこを走っているかは
わからないけれど
音がするということは
もうすぐここに
到着するに違いなかった
怪我をした小指に
新しい皺が刻まれたとき
満月がようやく
雲間から顔を出して
運命が動いたことを知る
その間にわたしは
まばたきを繰り返しながら
愛してるに満たない
子供じみたメロディーを
生ぬるいベッドに浮かべて
訪れたばかりの夏を見上げた



ずっと鳴っていた呼び出し音は
手に持っていた受話器からだった
電話をかけていたのはわたし
あなたがとなりにいるのに
気がつかずに呼び続けて
そのまま暑苦しい夜を迎えた
そしてもう目覚める朝は来ない
なぜなら
このまま一晩中あなたと一緒に
夢を見続けるからだ


とも君のこと

  熊谷

とも君、とも君がこのLINEを読むかどうかはわからないけど、ちゃんとお別れを言っておきたくて、とりあえず送ってみることにします。
しばらく連絡がなくなって、きっとそれは誰のせいでもないことだと思うのだけれど、わたしはそれがとても辛く感じて不安でしかたありませんでした。
とも君のことはぜんぶぜんぶ許したかったし、今でも丸ごと許せるけれど、でもこれ以上、何にも信じることはできませんでした。それはわたしの心が狭いせいだし、疑心暗鬼にかられたせいだから、とも君のせいではありません。
きょうを分岐点として、とも君のとなりにもっと素敵な女の子がいることになるだろうし、きっと別れてよかったって思う日がすぐ来ます。
とも君のこと、大好きだったなあ。一回ぐらい、立ったままぎゅっとして欲しかった。笑
ばいばい、今までありがとう。ずっとずっと、さようなら。



とも君は、わたしより背の小さな恋人だった。ちゃんと背比べしたことがなかったから、どれくらい差があったかわからないけれど、手をつなぐときわたしのほうがグッと下に引っ張られていたから、その引っ張られた分だけ小さかったのだと思う。そのグッと下がるときの感触は今まで感じたことのない気持ちを呼び起こしたし、近い言葉だと愛おしいが似ているんだと思う。たぶんとも君はそのことを気にしていて、ぜったいに立ったままハグしてくれなくて、わたしが横になるのをちゃんと待っていた。横になったらすぐにゴロンとこちら側にやってきて、そしてぎゅっとしてくれて、それでそれで、この先の出来事は思い出すと辛いから、もうこれ以上は書けません、ごめんなさい。



とも君は素直な男の子だった。コーヒーが飲みたいってなったらコーヒー以外のことは考えられないし、熟成肉が食べたいってなったら熟成肉を今すぐ食べなきゃいけなかった。付き合う前の時期に、いきなり温泉に行きたいってなって、温泉旅行に誘ってきたときも正直びっくりしたし、その小さな体によくもそんなたくさんの欲望が詰まっているんだろうと感動さえした。そして、その欲望ひとつひとつに付き合ってあげることがわたしにとっての幸せだったし、どこまでも甘やかしてあげたかった。とも君が気持ちいい、と思うことはわたしがたとえ気持ちよくなくても何度だってしたかったし、いつだってわたしのなかにその素直な欲望を吐き出して欲しかった。だから今、あなたの欲望がなくなってしまって、わたしのなかは空っぽになりました。



とも君は純粋な男の子だった。歌を歌うのがとても好きで、カラオケに連れて行ってもらうとミスチルやコブクロを、この曲良い曲だよねって言いながら熱唱していた。クリープハイプやジェイムスブレイクを聴いているわたしと違って、流行りのJPOPを良い曲だと思って聴くところがとてもかわいく思えたし、難しいことを難しく考えないところも素敵だった。とも君はわたしが聴いているような曲はたぶん知らなかったけど、わたしが腹に抱えている薄暗いアレコレには気がついていたのかもしれないね。知られたくなかったから秘密にしていたけれど、今となってはもう少し、わたしのことを話してみても良かったのかな、なんて思う。そうしたら、こんな風に連絡がどんどん無くなることもなかったのかな。そしてそんなこと今さら言っても遅くて、空っぽだったはずのわたしの中が急にいっぱいになって、わーって泣きたくなる。



とも君がいない日々は、お気に入りの絵の具を使わないで絵を描くことに似ていて、何かいつもとちょっと違くて、調子が狂うというか、ずいぶんと寂しくなる。それでも、あした、あさって、しあさって、すぐそこに迫っているだろう遠い未来になれば、とも君の色は忘れてしまって、あっという間にまたわたしは鮮やかな虹色を知ってしまうんだろう。それがとても悲しいし、こんなに大好きだったのにどうして、という気持ちにもなる。だから、とも君に握られた手の感触を忘れてない今のうちに、この文章を残しておきたい。すぐに色んなことを忘れてしまうわたしに、こんな大好きで素敵な恋人がいたよっていう、証拠を残すために。


コクーン

  熊谷


昨日の耳鳴りが
日付変更線をまたいで
かすかに聴こえている

繭は破られる
それは生まれる前から
すでに決まっていたのかもしれない

予感が
左胸から右胸へ
すっと通って
跡が残る

殻が割れて
あなたの手が伸びてくる
拒む理由を探しているうちに
いつの間にか夜が来る

脚先から始まる契りは
飲み込まれる喉の奥
あなたの口元に
集まるあらゆる敏感な神経

発光しかけて
恥ずかしさで
またすぐ暗くなる
こんな激しく明滅する夜に
溶けていく心臓の影

破りたかったあなたと
破られたかったわたしは
ちぎってはちぎり
ちぎってはちぎり
それを暗闇に捨て放った

テレビのなかの人達に
私たちの行為は
ずっと見られていて
秘密にすらできなかった

そして真夏から浮いたまま
ふたりだけそこに
永遠に取り残されて
どれだけ待っても
日付は変わらず
耳鳴りだけがこうして
いつまでも響いている






とも君のことhttp://bungoku.jp/ebbs/pastlog/482.html#20160720_289_8976p
改稿ver.


GOLD

  熊谷


目をつむっても真っ暗になんかならない。この世界はどこかしら明かりが漏れ出していて、真っ暗かと思ってもそれは完璧な暗闇なんかじゃない。目を閉じると、まぶたの外に光があるのを感じる。まぶたに通う毛細血管の赤味と、何とも言えない柔らかい黄色いまだら模様。それは、いつか見たクリムトの黄金色に似ていた。愛情とか、安心とか、生命とか、そういうものを想起させるその色を感じながら、私たちはみな夜を迎え、眠りにつく。そのことは私たちにとって素晴らしいことだったし、とても大切なことのうちのひとつだった。



写真に映ったわたしは真っ白だった。いつからこんなに肌が白くなったんだろうっていうくらい白くて、あらゆるものを反射する勢いだった。夫がカメラの絞りを調節しながら、「背景が白いから、君がどこにいるかわかんなくなっちゃうね」とつぶやく。カメラマンの夫が結婚十周年を記念して写真を撮ろうと言い出したときは少しびっくりした。仕事で写真を撮ることはあっても、私生活で写真を撮ろうとすることは滅多になかったからだ。「表情が硬いなあ」と笑いながら夫は腰を屈めた。ものすごいスピードでシャッターを切る夫を見ながら、カメラマンはこんな速くシャッターを切るのか、とその速度にすこしドキドキした。生まれてからこのかた自分の顔に自信がなくて、写真を撮られることが苦手だったわたしがカメラマンの男と結婚したのも変な話だけど、現像された写真を見れば、わたしが彼のことをちゃんと愛しているというのは見てわかるほどだった。



今年、夫は体調を崩した。前から頭痛持ちだったのは知っていたけれど、頻度が一ヶ月に一回から一週間に一回、そうしてだんだん頭痛がない日のほうが少なくなっていった。ときどきトイレで吐く日もあって、ただの頭痛で片付けられないほど日常生活に支障が出ていた。病院に行くと「脳過敏症」という診断が出された。光や音などの刺激に対して脳が過敏になっていて、そのせいで体にさまざまな不調が起きているとのことだった。フリーランスで仕事を引き受けていた夫はほとんどの仕事を断り、家で寝込むことが多くなっていった。体重も減っていって、何だか鬱っぽくもなっていた。カメラマンという光とともに仕事する人間が、光に敏感になってしまうなんて、一体どんな気持ちで寝込んでいるのかと考えたら、とても悲しい気持ちになった。そんなある日、急に夫の右手が赤く腫れ出して、そこから全身に赤いポツポツが広がっていった。じんましんだ。すると夫は重くて大きい黒いカメラをこちらに渡してきて、「あのさ、俺の写真、撮ってくれないかな」と言うのだった。



ファインダーを覗いても、夫が何を考えて、何を感じて、どんな気持ちでいるのかさっぱりわからなかった。子どもがいないまま春夏秋冬を十回繰り返して、それなりにわたしたちは会話を重ねたし、どうでもいいことでケンカもしたし、それでもこうして見飽きた顔をお互い突き合わせながら、衣食住を共にしてきた。写真を撮り終えると、夫はまたベッドに戻っていく。顔にはまだ赤みが残っていて、触るとその膨らみがありありとわかるのだった。赤く腫れ上がった皮膚に、白いわたしの指が表面をなでたとき、「ごめんな、」なんて夫が言うので、ぎゅっと痩せた体を抱きしめた。このとき、初めてひとつになれたらいいのに、と思った。わたしは頭が痛くなったことがないから、夫がどんな痛みを感じているのか一生かけてもきっとわからなくて、わたしたちはどうしたって別々の生き物として生きていくしかなくて、それがすごくもどかしかった。だけど、目をつむっても完全な暗闇がそこにないように、どんなに夫が弱ろうとも、ダメになってしまおうとも、あのクリムトの絵に描かれた黄金色のように、夫に忍び寄るよくわからない暗い何かから守る、明るく柔らかい小さなお守りみたいな存在として側にい続けたいと強く思う。朝が来ればカーテンをあけて、豆腐とわかめの味噌汁を作って、布団のカバーを洗濯する。夜が来ればお風呂の浴槽を掃除して、干した洗濯物を取り込んで、野菜たっぷりの夕食を用意する。そんな風に、生活の輝きを絶やさないでおきたい。この先、あなたが元気になろうとも、元気にならなくとも、まぶたの裏にあの黄金色が見えている限り。


メリークリスマス

  熊谷


 数えきれない夜に、数えきれない星が空を巡り、数えきれない大きな袋が、数えきれない煙突に、数えきれないサンタと、数えきれないトナカイが、数えきれない子どもへ、数えきれないプレゼントを、数えきれないメリークリスマスに、数えきれないろうそくと、数えきれないお父さんとお母さんと、数えてもらえなかったわたしと、欲しくもなかったプレゼントが、いま心に赤いリボンがぎゅっとかけられて、今年も切なく終わりを迎える、この世の中に分母がどんどん広がっていく限り、わたしも君も、完全に消えるわけじゃないのに、どんどん見えなくなって、ろうそくの火みたいに、ふっと消える。

 おやすみおやすみおやすみなさい、おやすみしなければいけない、おやすみしたら明日がやってくる、おやすみは子どもの義務、おやすみはすぐにやってくる、おやすみは体にとって大切、おやすみでお休みなんかできない、おやすみなんかおやすみなんかおやすみなんかサンタが来るからっておやすみするもんかってところで程よくお酒が回って目がまどろみ、わたしもわたしという意識からさよなら、時計を見るとたぶん午前二時、午前二時のおやすみなさい、午前二時のだいすき、午前二時のあいしてる、午前二時のねえ、起きてる?午前二時の、二時の、二時の、二時、本当に今は二時なのかしら、時計をもう一度確認、して、ちょう、だい。

 せめて大きな靴下に入っていればよかった、プレゼントはだいたいダンボールに入っていた、来たのはサンタじゃなくてクロネコヤマトの宅急便のお兄さんだった、希望通りの商品が希望通りの個数で希望通りの日時で希望通りに到着した、でもそんなことは望んでなんかなかった、赤いリボンはもっときつく心を締め付けた、分母はいつもひとりだった、たったひとりのわたしが、この狭い津田沼の六畳間に、世界とは、世界とはと問い続けて、津田沼のことさえ全く知りもしないのに、津田沼の端っこの六畳間で、数える気もないのに空を見上げ、数える気もないのに煙突を探し、数える気もないのにプレゼントを考え、数える気もないのに数える気もないのに数える気は全くないくせに、それでもメリークリスマスは当たり前のようにやって来るんだから、やって来るってやって来るってやって来るってんのに何の準備もしてないし、してないよしてないよどうせするつもりもないんだけど、必ずいつだって分母はひとりでひとつで、それは津田沼の六畳間にぽつんと、今、ここで、横に、なっている。

 振り向けば愛してる愛してる愛してるって、午前二時に午前二時の午前二時にはサンタクロースが愛を運んで、よく眠る良い子に愛を運んで、欲しいとも欲しくないともそれとも何が欲しいかもわからなかったあの子にも、数えきれないから不平等に、それはもうバラバラに不公平にプレゼントは配られて、それでもちゃんと見てたよ、君のことは知ってたよ、でも君のことは愛することはできないよ、津田沼の六畳間から、ちゃんと、六畳間からちゃんと、世界とは何なのか考えてた、君って一体何なのか考えた、君が思う、君が好きなわたしって何なのか考えてた、ごめん、ごめんごめんごめんって、君のことはちゃんと数えてる、君のことはちゃんと思っているんだよ、思っていたけど、でもやっぱりわたしは君を愛することはできない、わたしは君に何ひとつプレゼントはあげられない。津田沼の六畳間には、サンタはいないしサンタは来ない。まともに世界にいる子どもの数なんて数え切れないからこの世はまだらに幸せになっていて、幸せのとなりにすぐ不幸せが存在して、不幸せは不幸せなのを悟られないようにどんどん津田沼の六畳間で小さくなっていく、どんどん分母は小さくなる、最終的には分母はひとりでひとつになって、天井の明かりみたいに、ふっと消える。


  熊谷


海のうえに
巨大な女が横たわっている
白い肌は透き通っていて
その向こう岸にある
無人島もぼんやり見えている
近くを漂う漁船は
女があくびをするたびに
ゆらゆらと揺れて
けれど乗っている人達は
それを波の揺れだと思っている
裸にも関わらず
何のいやらしさも感じないのは
この界隈には一年中
霧がまばらにかかっているから
砂浜にはたくさんの穴が空いていて
そこからは動物の
寝息が聞こえている
特別大きないびきをかいている穴を
ヤドカリは覗き込み
しばらく動けずに固まっていた
反対側の浜辺で
焚き木をしている人間がいる
この世界では
人間だけが服をまとっていて
それがとても不自然だった
煙がこちらまで流れてきて
女が不機嫌そうに目を開けた
その瞬間に雲が太陽を隠して
あっという間に
ここにいる全員の身体が冷える
そして焚き木の炎は
きっと消えてしまう
なぜなら今の
季節は冬なのだから
誰もが眠り
誰もが夢を見る
今にも雪が降りそうな空に
女はまた瞼を閉じて
あくびをし
口から白い息を吐いた

文学極道

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