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月見里司

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


しろ

  月見里司

ぼくが終着駅の三つ先で降りた日にはもうそこら中が真っ白で
世界の終わりなんですと言われたらそのままそうですかと納得してしまいそうな光景だった。
錆びた二色刷りの看板を眺めたが大切な部分を示すはずの赤文字は
とっくに消え去ってしまっていて何を言いたかったのか全く解らなかった。

(きっと本当にひとりぼっち)

そのまま真っ直ぐ、時に曲がりつつ歩いた。
周りを見ても白いかまたは白としか名づけられない色でぼくの経験不足を思い知り、
そこに満ちている光までどこまでもいつまでも白いような気がしてならなかったのだが
絵の具の白程度じゃ全てを塗りつぶしてしまうには到底足りっこないのが残念でならなかった。

『影がひとつずつ
 ぽつりぽつりとぬけおちて
 すっかり白い部屋に
 声が
 ただ広がって消えてゆきます』

世界の色が白いか黒いかそれ自体は非常にどうでもいいことで、
ただ重要なはずなのは黒が抜け落ちてしまったという寂寥だけなのだ。

ふと視線を上げ、耳を澄ますと
町だった光景はすっかり消え果ててあとにはただ真っ白な始まりか終わりしか残っていないようだったが
その中からなじみぶかい終わりだけをいくつか拾ってそのままぼくは歩いていったのだった。

(発信音はまだ鳴っている)


八月三十一日

  月見里司

珍しく定時に上がれる嬉しさに軽い虚脱感を感じながら冷房の効いた会社を出る
迎えるのは夕方の熱気
残暑と表現するにはまだ残酷な気温、湿度
黒ずんだ街路樹には蝉が大量に止まっている
かれらは声を上げ続け
交通量の多い国道は場違いな蝉時雨で埋め尽くされる

もう夕方と言っていい時間帯だが子供の姿はあまりない
少し考え 今日で八月が終わることに気付く
ランドセルを背負った子供が
一心不乱に塾の宿題を片付ける下り電車

駅からアパートまでは歩くことにした
日は 夏至の頃よりももう 大分短い
数本しか立っていない街燈が
ジジ、と耳障りに鳴って頼りない光を灯しはじめる
前を行く女性が避けていった蝉の亡骸を道の脇に移して

長く薄暗い
緩やかな下り坂を
ゆっくりと
取り戻すように
懐かしむように
歩む

降りてゆく

風通しの悪いアパートの中
すこしだけ濃い闇には まだ夏がまとわりついていた
電気は点けず 窓をしずかに開ける
生ぬるい夜気とともに 秋の虫の声が部屋にしみ込む

出ていない月の光に照らされ
蝉はずいぶん遠くで鳴いているのだろう


レインフォール

  月見里司

 区画整理された綺麗なニュータウンの公園には滅多に人が寄り付かない。今も当たり前のように公園は無人で、手入れだけは充分な植え込みのツツジが褪めた色の花をつけている。雨が降っていて、辺りは青い薄闇に包まれている。敷き詰められた赤レンガ風のブロックは水が滲み込むこともなくただ濡れ、曇った鏡のように周囲の風景をおぼろに映し出している。大きい雨粒が落ちるたびに風景は歪み、割れる。雨粒は傘も打ち、雨音は鼓膜を打つ。雲は厚く、鏡が割れる音が届くことはない。

 (レインコートを着た少女が踊っている。見えない相手の腰に腕を回して、三拍子のステップを踏んで踊っている。レインコートは小学生の傘のような眩しい黄色で、辺りの青い薄闇から一段浮き出ている。目深にフードをかぶっているのでその表情はわからない。背は高くない。レインコートを着た少女が笑っている。踊りはやめぬまま、時折体をふるわせ、片手で腹部を押さえて笑っている。離れているのでこちらに笑い声は届かない。傘は差していない。風が吹く。ブランコを揺らし、滑り台を降り、シーソーを傾け、運梯を渡り、ジャングルジムをすり抜け、私の傘を飛ばし、少女のフードを取り払う。長い長い髪が一瞬だけ広がり、濡れてしなやかに体にまとわりつく。黄色に絡む黒。少女は笑うのをやめる。少女は踊るのをやめる。少女が私の傘を拾う。少女がこちらを向く。私は少女の顔を)

 随分と強くなった雨はチャンネルの狭間のような音を立てている。数本だけ植えられた背の高い広葉樹がノイズ混じりの風に煽られてざざ、と震え、鏡像はうつろな目でこちらを見る。傘を差し、灰色と濃青の緞帳に背を向ける。側にあるベンチの下に段ボール箱が置かれていた。口は開いていて、汚れきった青い薄手の毛布が敷いてある。中身は、入っていない。


道が暗い

  月見里司

山には長い影が生えている
手のかたちをして無数に
あどけない美術品のような
その一つ一つを
踏みつけてあるいている

熱のない松明からは
果実に似た嫌なにおいがしている
ほのおが沸騰し
弾けた火の粉は下草を汚す前に
蒸発してしまった

地面を埋め尽くす金木犀の花弁
の柔らかく湿った感触
低い太陽と眼が合い
へたり込む

ああ、重力だ
雪がふってくるぞ

文学極道

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