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吉井 - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


事切れの唄

  吉井


 ねこがいっぴき走っていった
 庭の隅に入る陽が
 すずめのえさを照らしていて
 プランターの瘠せた土には
 クモマグサの花が咲いていた
 蜜柑の葉ずれの音
 こころの真ん中にひびきます
 女郎蜘蛛は縦糸をたらして
 ときおり落ちてくる風に
 ゆられながら下りてきます
 「6時55分死亡確認、
  この家の者とおもわれます」
 ミュートな空がゆっくり
 まきだして
 這い這い人形のような
 童子が
 数珠繋ぎになって
 昇っていきます


雪の日に

  吉井


  つごもりの月が
 何事もなく通りすぎるように
 逆立ちしても感覚できない世界が
 鼓膜を隔てた外耳の向こうにあった

 あなたは降りつづける雪が見る夢のように
 わたしのそばで一途にセーターの毛玉を取っている

 朝取りの真子かれいは腹這いに並べられ
 その黒目はわたしを追い求めてなおも呼吸していた

  便器の底に沈む顔の影が
 今日より先もずっと
 見るよりも儚く想うよりも切なく
 外耳の向こうにゆれてあった


たんぽぽ

  吉井

 たて樋をつたわる雪解け水が耳に障るから
 少女はフェルト底のスリッパを履いて
 踊り場の中途半端に塗られた漆喰の壁を見上げながら
 ふゆの明け暮れの何もない三畳間へ移っていった

 日に二回
 泣くように見える笑い顔がへばりつく時間
 お気に入りのテレビ番組を見に少女は下りてくる
 だから食事は早お昼と早夕飯そう決まっていた
 食事がすむと食器を洗いそして黄色い耳栓をして
 あなたを待ちながら聴く アイズ ウイズアウト ア フェイス と口ずさみ
 CDラジカセを抱えたまま気もそぞろに引き揚げていく

   *

 モルタル造りの戦前からある病院の建物は
 海岸が迫った小高い丘の上にあって
 まだ枠につながったプラモデルの部品のように並んでいた

 綿毛がわずかに爪先たって残っている1本のたんぽぽを
 くちびるが曲がった男が見つめていた中庭で
 少女は藤棚にバスタオルをひっかけ首吊り自殺を図った
 さくさくさくさく
 落としかけた命のしぶきが足下の土くれに当たって飛び跳ね
 たんぽぽは別れのささやきを聞くように被ばくした

 少女はここでこの夏を越した
 少女の主治医は女医で
 大抵の男より背が高く遠目には貧相に見えた
 女医はうす雪の匂いがしてくる扇子を左指に絡ませ
 角ばった見出しのような字をカルテに書き込んだ

 夏が終わり
 少女はあきらめのミミックで踏み固められた散歩道にしゃがみこみ
 くり落ちる橡の実を両手で拾い集めた
 少女は退院の日
 たんぽぽを掘り起こし大事そうに持ち帰った

  *

 たたきに両膝をそろえて立っている
 少女は一人で外に出ることはできない
 どうしたのそうたずねると
 バレンタインのチョコを買いに行くのだと言う
 200メートル程の道を手をつないで歩いた

 一歩いっ歩足を運べば
 一歩いっ歩目的地に近づくはずなのに
 少女は違った
 足が止まるのが恐怖だから一歩また一歩と繰り出す足が空回りする
 だから一歩も前に進めない
 固着した想いが割れない卵となって少女の身を侵していて
 少女が見る地上は現実からとてもなく遠ざかっていった

 少女は疲れたもののかげに埋もれて眠りについた
 すっかり雲がはかれた大空に
 はやい月が浮かんでいて
 少女が植えた たんぽぽは
 降りつもった雪の中から頸を北に傾けながら伸びていた


さてと

  吉井


  さ

 三匹の猫はマグカップの絵付けのように
 まばたきもせずネメシアの花の遥かむこうを見ている
 語りつくした言葉のあとさきに長い行列ができ
 需要と供給の曲線が幾重にもよじれてしまった
 ――かじきまぐろのコトレッタ美味しゅうございました
 ――それはようございました


  さて

 むかえのベランダの柱が一本折れていて
 雨にろ過された水のにおいがする薄青緑のブラジャーが干してある
 みちのくの大物産展と春の聖火リレーをはしごして日本海に出た
 あっ当選応募はがきを忘れて来てしまった
 ――バンホーテンは粉っぽくていけない
 ――さようですか


  さてと

 電線に止まろうとした烏がこけて
 照れ笑いしながら鷹になりすまして滑空している
 突き出された言葉の穂先が160キロの硬球を刺し
 わかってるくせにと言って少年は頭を小脇にかかえて通り過ぎた
 ――豚しゃぶに使うお野菜キャベツではなくレタスにしてね
 ――はい奥様


八十八夜語り ー晩春ー

  吉井

一夜
 若いつぐみの屍が 勝手口に上がる踏み石の上に 抜け落ちた蒼い
 梅の実と一緒に 載っていて、発育不良な蟻が つぐみの脚につま
 ずきながら 五、六匹忙しげに働いている。台風4号が去って行っ
 たあと 庭の雑草の葉先は 一様に北北東に傾き、一瞬 見てはな 
 らない方角に 顔を手向けてしまった胸騒ぎが 過って、無色無臭
 の大気が 大人しく大人しく 揺らいでいる。

二夜
 夕暮れの色に春が染まり 二ヵ月前に植えたアマリリスの球根が
 花茎を伸ばしていて、やぶけた蕾から 横向きに礼をした 花たち
 が出だした。刈り過ぎて 他所よりも二週間ほど遅れて 狂い咲き
 した梅の木の 枝という枝に 実が数個かたまって纏わりつき、転
 がる雪の玉が大人になる速度で 成長して行くものだから、尻すも
 うに負けた果実が 糸を張った蜘蛛もろとも 落下し出した。

三夜
 枇杷色に化粧した下弦の月が 東方の空壁に 仕掛けられていて、
 地上の大抵の静物よりも遠くにあるはずなのに 今日はよく透き通
 る夜半の下り坂を ゆっくりと歩いて来るのだった。使い回されず
 に済んだ白いバニラアイスクリームと 使い回されようとしている
 胡瓜と小茄子とラディシュの粕漬けが、船場吉兆の冷凍庫とチルド
 室の中で起きだして、虚実皮膜論を語り合っているのだった。

四夜
 ぼんやりと色付き始めた 初雪蔓の影が 昨夜から降り続く雨の溜
 まりに 浮いていて、伸びすぎた松の新芽を 見上げながら 震え
 ていた。クロネコヤマトの兄さんが U字溝埋め立て工事の まだ
 終わっていない市道を 走り去った午後、ネットで買った5L綿た
 っぷりブラキャミソールを いつまでもうれしそうに手に取ってい
 る 妻の姿があって、父の死を知らせる電話が ずっと鳴っていた。

五夜
 須雲川の水かさが急激に増したのは ビルマにナルギスが上陸した
 二週間後のことで、西湘バイパスに 高波が押し寄せ 多くのサー
 ファー達が波に浚われたのだった。露天岩風呂に流れ込む湯はぬる
 く 肩にタオルを当てて半身浴していると、イキノコッタダケデモ
 シアワセダトオモイナサイ、テンガロンハットを被った 全裸のマ
 ダムが お洒落なメガネを陰毛で拭きながら 入って来たのだった。

六夜
 ママの広場で買った寿司茶を飲み 豊島屋の鳩サブレーを頂き メ
 ビウスの輪に中央線を書き込んでいたら、面なしメビウスが現われ
 て心情告白した。面にたよって ばかりもいられないので 矢は線
 の軌跡を足場にして やっぱり 急には方向転換できないから、ま
 してや 中央線をふみこえるなんぞ とっても とてもかなわんわ、
 そうなんだって そうかひと筆書きだもね うん納得した。

七夜
 白米と塩だけで 飯を握る あと一晩寝ると夏が来るとは とうて
 い思えないのだが、額紫陽花のつぼみが 白味を増して すでに衣
 替えを 終えている。義援金箱の傍に一円玉が なんの自己主張す
 ることもなく こぼれていて、自分の一生分の重みよりも重要であ
 るかのように 小銭にもならぬ 重さ1g足らずの塵芥を 汗ばん
 だ指でぎこちなく掴み、初老の男が ポケットに仕舞い込んでいる。


八十八夜語り

  吉井


     ー首夏ー

 八夜
  古びた民家の窓枠に鴉がしがみついていて 網戸を掻きこする嘴が 深紅に
  染まっていた 跨線橋の欄干の四隅にぶら下がっている無国籍の照る照る坊
  主が 踏切りを渡るまいと遠回りして帰る私の進路を 夜露の滲む風の脈動
  に合わせてトリミングしている

 九夜
  剪定した珊瑚樹の隙間からつくつく帽子が遊びに来だした 電源を切った液
  晶の画面に映る生成りのレースのカーテン つげの枝に絡んだビードロの風
  鈴が 踊り 無名童子の笑い声が発熱しては冷めて行く テトラパックの珈
  琲牛乳を転がし 私は昨日に向かって走った

 十夜
  白蟻に齧られた隣りの猫が くずれた後ろ脚で愛撫をしながら うちのうみ
  ゃー子に求愛している 軒下に干した木べらがカタカタ鳴って 地震と心中
  しながら今年の夏が訪れようとしている 簡易ベットに接した壁を 二匹の
  子蜘蛛が素早く平行に下りてくる


     ー梅雨ー

 十一夜
  二日前に買ってきた食パンに黴が生えている とうとう今年も山桃の実がな
  らなかった 鼻をかむと 沢山の子蜘蛛が人中に出てきてうっとうしい 首
  を斜め45度に傾げた障害者作業所の連中は 玉がところどころ抜けた数珠
  のように繋がって アルミ缶を回収している

  
  


 八十八夜語り ー夏嵐ー

  吉井

十四夜
 寝息で僅かに上気した湯呑茶碗が傾いて
 秒針が束になって落ちてきた
 石壁に焼かれた人の影が何度も寝返りを打つ
 
 日焼けした天使が羽根を休めている向こうで
 夏の闇に浮ぶ少女の輪郭が 
 首振り扇風機にあたって千切れそう
 
 差し延べた指先が少女の目に触れ
 巣立ったばかりの小鳥たちが
 溢れでる涙を啄み 寝静まった町に落としていった
 
十五夜
 半尻を出して熟睡している妻のベットに 
 八方美人の神様が下りてきて添い寝している
 その姿を夢中になって撮っている妻が一杯いて 
 望月があちこちに転がっていた


 八十八夜語り ー晩夏ー

  吉井

十八夜
 埃をかぶったオクラの
 しっぽ
 守宮

 So...good Good... Yes,use your tongue Great Yes,that’s it
 Great Don’t stop,that’s it... Great... You’re great Great
 Don’t stop,that’s it...

 そう
 やもりのような
 奴

 Great...You’re great You’re cute That’s it Yes,that’s it
 Great Great Great Great... Yes... Great... Yes... Great... Great
 Great Great... Yes... Great... Yes... Great... Yes,that’s it
 Yea... Yes... Another side,yes,lick it Yes... Yes...

 冷麦の
 ずんだ色に沈みこまされた
 紐

 Great... Think of it as a tasty thing It’s tasty! I’m so
 excited Is it hard It’s so hard What? The fluid is ouit
 It’s all wet I’m going in It’s in It’s in,isn’t it?
 
 冷麦の
 クリトリスに冷水浴びせた
 紐
 
 Spread your legs Yes,that’s it So good Can you feel it?
 Do you know it’s inside? Yes Really? I’ll go in more
 It’s so tight You’ll know as long as I’m in I’ll work
 hard

 冷麦の
 塩基に浸したコフキカラクサゴケの
 紐

 You just feel it and you’ll feel great It so tight Great You
 can feel it,can’t you? Enjoy it Enjoy being hit by a dick Do
 you know? Come on

 お祭りなんて大嫌い
 「そんなこと言ったって」「そんなこと言ったって」
 はやくあっちへ行って

 I can take an objective view of myself I’m different from you


八十八夜語り ー風舞ー

  吉井

十九夜
 火色に沈着した
 妻のクリトリスに
 藪蚊の夫婦がとまって
 交尾している
 円卓の縁の辺りには
 平皿に盛り付けられた
 鮎並の唐揚げが置かれてあって
 掛け時計の振り子に捕まって
 飛べずにいる塩辛とんぼが
 ダビンチコードを解いている
 破れ網戸のむこうでは
 日焼けした
 名代生姜焼きの親父が
 自分のいがぐり頭を掻いている
         もう秋だというのに

         L’automne de ja! ― Mais pourquoi regretter un eternal soleil,
        si nous sommes a engages a la decouverte de la clarte divine,
        ― loin des gens meurent sur les saisons.
                         (Une Saisons en Enfer;Adieu)

         もう秋だというのに!俺たちは―― 季節にうずもれ果てて行く人々
         から袂を分かって ―― 此の世にない光の源に辿り着こうとしていた
         はずなのに、相も変わらぬ陽の光を懐かしんでいるのは一体どうして
         なのだ。               (地獄の一季節 別れ)

 あなたが鳥でない理由
 わたしが人である理由
 そんな理由はどこにも無い


 八十八夜語り ー秋小寒ー

  吉井

二十三夜
 まだ生あたたかい人型の栞が、投射された光の帯の中を漂っていた。蝉の羽
 ばたきの空き間をくぐり抜ける自由中性子が運動量を失って120億年経った
 朝のことである。

   また見えてる。
   なにが?−永遠さ。
   太陽と番って
   煮え滾る海のこと。(*1)

 誰も気づかぬように

   じっと見守る魂よ、
   そっと打ち明けようか
   欠落した夜と
   炎と化した白昼のことを。(*2)

 お前らが沈み込む

   人の世の欲目から
   まわれ右の浮かれ騒ぎから
   お前はおさらばして
   揺れる炎に身をまかせるのだ。(*3)

 あの地平線から

   お前だけしかいない、
   サテンの燠火よ、
   ただ黙々と身構えて
   音をあげもせず燃え続けるのは。(*4)

 俺は生れ出るのだ

   絶望の空の裂け目から、
   二度と陽は昇るまい。
   くたびれ儲けの銭失い、
   何処も彼処も地雷は踏まれたまま。(*5)

 Nous ne sommes pas au monde.(*6)

   また見えてる。
   何が?−永遠さ。
   太陽と番って
   煮え滾る海のこと。(*7)
 
 まだ生あたたかい人型の栞が、投射された光の帯の中を漂っていた。同一の
 正六面体が無限大の空間にぎっしり詰まっていた。同一の立方体の数は無限
 数だったか。同一の立方体の数は、その辺の長さが増せば数は減り、辺の長
 さが減れば数は殖えた。無限数が増減する。無限数の絶対的安定が崩れた朝
 のことである。




☆註解☆☆☆☆☆
(*1)Arthur Rimboud(アルチュール・ランボー)の詩[L’Eternite]  (『永遠』)
の第1連。訳詩は吉井。原詩は以下の通り。
  Elle est retrouvee.
  Quoi? ― L’Eternite.
  C’est la mer allee
  Avec le soleil.
(*2)第2連
  Ame sentinelle,
  Murmurons l’aveu
  De la nuit si nulle
  Et du jour en feu.
(*3)第3連
  Des humains suffrages,
  Des communs elans
  La tu te degages
  Et voles selon.
(*4)第4連
  Puisque de vous seules,
  Braises de satin,
  Le Devoir s’exhale
  Sans qu’on dise:enfin.
(*5)第5連
  La pas d’esperance,
  Nul orietur.
  Science avec patience,
  Le supplice est sur.
(*6) [Une saison en enfer] (Delires-?) 『地獄の一季節』(「錯乱-?)からの引 用。訳すと“俺
たちはこの世にいない。”
(*7)第6連
  Elle est retrouvee.
  Quoi? ‐L’Eternite.
  C’est la mer allee
  Avec le soleil.

文学極道

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