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鞠ちゃん

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ハローグッバイ

  鞠ちゃん

日々は何気なく滅びて
連絡が途絶えた友は笑っているか
私を忘れたか
あなたが私を忘れたら
私は死んだみたい
忘れないでよ私を

無一物の明るい旅人よ
おまえは人生を愛して
記憶こそ命だろう

使いなじんだペンケースに幾本のペンと消しゴム
修正が必要なのは
失言を許すのは
皆いつかは孤独な赤ちゃんだったからさ
男気を磨いてメメントモリ愛を思えよ

飼っている猫が老いてきた
丸い背を見せてさ
その背にきっと安心が宿る
両手を広げて君への楽園を作った私の腕の中で
君の背には信頼が灯る

人も猫もベイビーだから
世界は踊る水玉だ
恋するように踊れよ

喪失を木霊させているとき
雨が君を癒そうと和音を束ねてその底力は愛だ
つつましやかに最高に洒脱にそんなだ

私はジャジーに落下しながら君に話しかけた
古い黒電話を持ち上げて
たまたまに混線した
あなたの心につながった
偶然を祝福するみたいに
見知らぬ人よ

ほら、あそこの新聞配達をする幸子さんは
白い息を妖精、吐いて
その名前通り存在が存在だけで誇らしい
そしてそれは君も僕もわたしもそうだね

わたしはあなたに即興で歌を歌い
めちゃくちゃにピアノの鍵盤を叩くおかしなやつさ
花製造工場みたいに手紙を出したいんだ

川上で君に笹舟を流したんだ
イメージの本流を気持ちよく泳ぐといいよ
金髪の少女が甘い飴に寄せて
嘘をついていいと笑ったよ

私たちの眺めるあの虹の陰に
憂いの亡霊がいるせいだよ

映画のエンドロールは砂漠が映っていた
でも耳を澄ましてごらんよ
笑い声がかぶさって低く高く木霊し続けているよ

欲しい言葉を乾いた空気に穿ち
入れ墨しなよ
見たいものを見るんだ
きみをたぶらかすよ


吾輩は猫である

  鞠ちゃん


吾輩は猫である
生まれたときもらったのはある星の名前だった
唯一無二の存在として吾輩は存在しているのだから
あのアイドルに似てるねなどというのは
言語道断の侮辱であるが
吾輩の名前を特別にそなたに教えてあげよう
特別であるというのは
秘密だよと耳にささやく少女たちの約束に似て
そなたの耳をとろりとするだろう
愛を知れと願いながら名づけるならば
すべての名前は祈りだという
愛という祈りが空に咲く花になるとき
泥を食らって蓮がその首をもたげ空を目指すとき
涙が頬を洗ってそれは吾輩が生きるときである
吾輩は雨上がりの花となり
吾輩は夏の夜にそなたの記憶に残る弾ける花火となり
吾輩は尽きるまで燃える星となり生きる
吾輩の生まれた土地には
幸福を希求する権利が万人にあるそうだ
それは幸福になる権利ではないのだろうか?
すべての名前が祈りであり
祈りの花が思い思いにその首をもたげて
無数に咲き誇る野原がある
それが地球である
祈りが神輿を担いで草木、空へ伸びている
神輿に担がれるのは愛であった
愛の女神よ
人の化身よ
それはほんとうは人だ、人だ、人だ
吾輩はずっとこの神輿を担いでいたい
愛は無尽蔵を、万能を夢想する
子供を守る母の顔をして
何度も何度も立ち上がる
風に吹かれていこう
闇に灯る星に焦がれて蛍になるのだ
そんなのもいい
灯りたい灯りたいと願え
飛びたいと願った恐竜は始祖鳥になり
今はあの梅の梢に留まる
ふくふくと丸く優美なメジロだから
さて、野良猫諸君
君の名前を聞かせてくれたまえ


GWの午後に。

  鞠ちゃん

笹の葉がささめいている
シャリシャリと耳を洗う
洗いなさい、洗いなさい記憶を
そうたおやかに告げる若竹よ
風にもんどりうつおまえはしなり
いつかの若い女よ
根無し草に必要なのはガッツだ
欲を燃やせよ
笑顔の仮面が転がるよ
砂利石に紛れて砂利石の
みすぼらしい慟哭がよじれ
焦燥がおまえを焼き
餓えて走るのら公に白襟はナイフの光だ
滝の逆流する闇に血はぬるり漂い
毒のくすぶる緑のなかに立った戦士よ
戦場は家ではなかったか
敵は父であった
透けるモノトーンの城は形骸が木霊し
女中は愚鈍に聡明に無口ではなかったか
焼け野原に雨が降って
丘の上には時計の止まった家がある
駆け上がる風が待ちかねていた今をオルゴールする
時の無い家よ
耳を切った男の絶唱を悼んで恋人よ
あなたの無念と砕けた夢は
みなぎる光の中で
夏のソーダ水だ
生きることは恋に似ている
そんな風に独りごちてグラスにキスして
あなたの片耳を庭に埋めた
愛という名前のかわいいお墓よ
丘の上の胸襟のカーテンが
風に舞い上がって
ああ青い物影が見える
ここは囁く亡霊たちが漂い
モノトーンと色彩のはざまに回転木馬がまわる
それもいいだろう
ここはひたひたとひたひたと
いつかのさよならが木霊する丘なのだ


孤独を固めたらゼリー

  鞠ちゃん

孤独を固めたらメロンゼリーであれ
ふるふると揺れて小首を傾げ
透けて甘い古い映画のモノトーンになれ
シックで控えめに光って抱きしめたい影よ
古いグランドピアノの温かい音がゆるゆると湧く
ふたつのグレープフルーツの乳房の奥に
黒鍵と白鍵が交差してあばら骨は彼女の楽器だ
歌うことが宿命だと信じれば
真珠はぽろぽろと
無口だったアコヤ貝の口からこぼれていく
石を抱くならば私はそれを磨く貝だ
頭の中には太い梁が堂々と渡り
天蓋となり風雪おいでなされ
精神ってカクテルのなかの妖精だよ
青い稲の揺れる姿だよ
死んだ父はよくソリティアというゲームを黙々とやっていた
石を投げる人たちに背を向けていたのか
しばらくして友達が得意そうに高速で
カードを飛び交わせてソリティアをやってみせたとき
私は目を丸くしてなんだか寂しかった
ゲームで心の壁を作っていたんだね
ゲームをやっていると真空の部屋が、開かずの間ができて
そこに誰かがいる
春雨で作った似非ふかひれスープは買えるのです
ああそんなことをいうな私よ
サンダルつっかけて豆腐屋に走れよ


契り

  鞠ちゃん

三白眼の太陽がその青白い白目を光らせ
昔気質の男が時として言葉を選び語るがごとく言う

野生の王を忘れたか
我が花嫁よ
おまえが幼い者だった頃
私はおまえの愛らしい額に飾る花を作るべく野を照らした
おまえが懸命に編んだ王冠のシロツメクサの匂いは
甘く青臭くとろりとして
おまえの幼い心を酔わせ
それは私の誓った永世の愛の言葉だった
おまえはこれ以上のものを得たのか?

海辺を転げるあのもどかしく飛び跳ねるビニールボールに
歓声を上げて潮の香に揉まれる砂だらけの幼な妻を
私はじりじりと焼け焦がして
おまえの守護者となり、愛の源泉となり
おまえの背中に私の熱い唇で痕をつけた

季節は過ぎて、貧しさ、着の身着のままのおまえよ
世界は変わり、嘆きは乾いた灰に吸い取られていた
後には歯を食いしばる心とあほ踊りする心が
ちいさな河の芥、あぶくになって水面を揉み合っていた

灰の降った後の世界で生きようとも私はおまえの傍にいる
思い出せ私を
私と番いおまえの熱情にして歩いていくのだ
目を伏せて記憶の香水ボトルに私を閉じ込めるな
おまえの瞳に映る者はすべて私の伝令だ

”思い出してよ”、と
紫つゆ草が朝に濡れて歌う
赤まんまが指切りして囁く
猫じゃらしが道化者を買って出た
アザミは友情を見せて見つめている
セレナーデを歌う草花たちを婚礼の祝い客にして
微笑みをグラスに添えれば
私はおまえの時を奪い
光で隅々まで満たし
おまえは静謐という名の人知れぬ湖の
私に抱かれる魚となって
ただ水底に美しい魚影だけを残すだろう
そうして私たちは回転しながら
私たちだけを抱きしめあい、永遠を交わせるのだ
おまえはあの頃のように、私を感じ思うだけでいい
娘よ


季節は夏を王冠にして

  鞠ちゃん

銀ヤンマの複眼

虫眼鏡

太陽を透かし見るビー玉


金木犀の匂う街を

あたらしい恋に付け睫毛してゆく女の

銀ラメのスカートが風に膨らむ


虫眼鏡を手に持って

まだ生ぬるい10月の海辺に腹ばいになれば

砕けた珊瑚に残るのは

太陽が差し込むなか、海草が揺れていた海の記憶

角が丸くなった琥珀色のガラスは

鍵っ子が暑い夏に部屋で一人飲んだ

コカ・コーラの瓶


乾いたドラムが小刻みに午後6時を揺さぶり

ぽつぽつとあかりが灯りはじめたマリーナ沿いの

木目がペパーミントグリーンで塗られた丸テーブルの並ぶ

季節はずれの海の家に僅かに停められた

喧嘩して黙り込む恋人たちの車から流れる


瞳のシャッターを切る

それはどこまでも世界最高最速のカメラだ


取り留めの無い暗い冬に

分厚いコンクリート壁の内側で鉄のパイプ椅子に座っている人

遠くでは真っ白な雪の粒が思い思いの幾何文で

つつましく降っている

触れると束の間

指先で震えて

融けて消えた


記憶のなかの埃を吸った重いカーテンの垂れる山の廃校

古びたピアノの心臓に手を当てる

彼女は泣いているけれど

その、調律が外れて

メロディを乗せればとんちんかんな

こもった音に愛は満ちる


夏草枯れて

冬を迎えても

わたしは夏の気が遠くなるようなあの暑い日に

野遊びする子供の草笛になれたのだから

あなたがわたしを忘れようとも

わたしの夏は永遠だ


在ると無いのはざまで

  鞠ちゃん

お弁当におかずは何がいい?
唐揚げ!なんていう人はカワイイね
カワイイと思われたい40男の思惑はちょっとズルくて新しくて
はじまりは小鬼スタイルの雪合戦だったんだ
ホテルカリフォルニアは焼失した
美しい男の子が鬼の形相で火を放ったからだ
ホテルの女主人は焼け死んだ
もう彼女の引き摺る足は遠景に目立たない
彼女が自分を内心、円を描けないコンパスだと
思っていたことももう重要ではない
ちっぽけであることを抱いた蟻が魂の昇天を思う頃の世界で
悲しみは沈殿し上澄みは鏡となって覗き込む者の顔を映して澄んでいる
彼女の悲願が泥濘から首をもたげて
水面に咲く花になることを夢見たのだ
焼け野原の上を白く古めかしいレェスの
ネグリジェをはためかせて飛ぶ女の幽霊よ
ウルトラマンに憧れた男の子がおじさんになって
プレミアのついたソフビ人形を高値落札している
心を開く鍵はたとえ海の底に深く沈んでいるとしても
それは愛の形をしているのではなかったか
思いが熱なのだ
あまたの思いよ
すすり泣く声をヤスリにして鍵は磨かれる
嘆きがすべての波頭を打ち饒舌が一人酒になるとき
テレビのニュースは他人事だ
料理するっていうのは切り刻むってこと
違う違うよ
愛するように人を思うように食べ物を厳正に扱うことだよ
臭いニンジンを天使にする魔法だよ
牛乳とバターとたくさんのお砂糖に
シナモンとカルダモンで煮てるよ
生きるのが上手そうなお料理の先生は素敵だな
寒気団のドラゴンが舞い降りて
豊かなイメージと貧しいイメージが戦争をする寒い冬の夜だ
穴の開いたビニール袋の中で水は漏れ続けて
金魚が刻々と死の宣告を受けている
金魚の心は愛を知る人には狂おしいが
見た感じは能面なのだ


悲しいことはいくらでもある

  鞠ちゃん

クレイジーな
猫おばさんは
丸く太った背中を見せている
変人と呼ばれながら猫たちに餌をやる彼女は
小学校の頃はなかなかにお転婆の少女だった
サッカーを男の子に紛れてするのが得意だった
彼女は父親に裏切られた
彼女は初めての男に裏切られた
彼女は才媛ではなかった
彼女はパートタイマーで働き小さく稼ぎ
世界から背を向けた
彼女は子供をあきらめた
血を流すような心で
彼女の子供は猫たちだ
最後の砦として
彼女は猫たちを守る
たった一つの仲間として
言葉を超えて
獣臭のする毛皮の肌のぬくもりが
愛なのだ
おまえはこれに勝てない
彼女は言葉を捨てたのだ
その裏切りに心を冷やして
猫が病となり首をかしげて彼女を慕う

”私の猫が歳を取っておばあさんのように酷い咳をするの
苦しそうで吐いたりするの
自転車のカゴに載せて
病院に連れて行く道で悲しい気持ち
老いた猫に歌を歌ってやりたい
るるるるる、るるるるる…
一緒に生きたね
まだだよ、まだだよ”

この凍える冬に
かじかんだ世界に
無口な猫たちを
その忍耐と存在の灯火が
危なげに揺らめくのを見放せない
そして彼女は猫の爪で穴あきのほつれた洋服を着ながら
猫たちに有り金をはたいてしまう


  鞠ちゃん

雨に濡れ
五月の薔薇が赤々と
寡黙の中に情熱と
品格の襟立てながら
自我の輪郭を描いていた

全てを手に入れ語らずに
在るだけでいい
そんな甘言を聞きたくて
歯並びを矯正するのだろうか

歯のない女は殴られている
歯のない男は貧乏人だ
北の部屋に臥す病人(やまいびと)よ
あなたの灰色のベッドの上の煮え立つ嵐
海鳴りと騒擾のカモメの群れ
ベッドのシーツに落ちた孤独な陰毛よ

花は色
人は心としたためて
別れの言葉くれた友
泣かないで
朝の鏡で口紅を
そっと引いて笑いなさい
薄く煮た
切りはぐった
大根月が見ている

消え入りそうな存在が
そこはかとなく爆(は)ぜている
私ですよ、私ですよと小さな声で歌いながら
ほうじ茶の香が立ち昇る
微笑みのような諦めの怠惰よ
水溜りに映る私よ
世界一素早い雲の上に建てられた
革命の旗のはためきが着物の襟を抜いて見返り美人する
ぽっぽと沸くのを待っている

日常の波、イマージュの雨は温かい
心ささくれて
逆巻くのは私
打ち返しては
瞼(まぶた)瞬(しばた)く
私の瞼の瞬きは
鳥の羽の音を模す
模す、モス、燃す
燃すよ
そんなアイドリング

歌え
鬼のパンツは虎の皮、強いぞ
履こう、履こう鬼のパンツ
胸を叩いて腕を振り校歌を唄っていた幸せな人
私は私の輪郭を作らなきゃならない
泥濘に立ち私の両腕は私を抱く
なにものにも混じる優し気な心と
なにものにも混じらない私を望んで


(無題)

  鞠ちゃん

人面相が肩に巣食っている
私の恐ろしい愛人よ
私は衣服の下におまえの存在を隠し
隠しきれず、身を捩り
暴れるおまえに私の血も濁り滾る
私の生き血を吸い快哉し滋養を得る
赤子のような老人のようなおまえの言葉はたどたどしく
こんなに近いのに遠くて私の耳には理解できない
呪いなのか?
水底に滅びた村の子供たちよ
遊び唄に鬼ごっこ、寄せては返す波の花いちもんめ…
木霊する呼び声の輪が重なって小さくなっていく
前世を背負った烙印、重い病よ
私は冬虫夏草ではない
おまえに羽をあげたい
私は夜のさやに寝姿を作り半ば溜息を掛布団にして
炎を背負い泥から立ち上がる不動明王の眼を思った
明日の朝の湖よ
太陽を王冠にしている湖よ
天幕の若く、青い空を写し取り
その水を薬として私たちの口に運べよ

文学極道

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