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宮永 - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


雪望

  宮永

 

 この冬は寒さが厳しく雪も例年より積もるだろうと、秋口から何度も繰り返された予想に反し、今年はまだ根雪にならない。
 無数の大きな雪片が空からホトホトと落ち続ければ、一面のやわらかな毛布を頭までひき被り夢見るような心地になって、あごに触れるマフラーの温み、足先のじんじんとする疼きが私に血をかよわせる。けれども今はただ、縮こまる体を乾いた風になぶられている。
 雪降り積めば、家々や通りの雑多な凹凸を白く均らす。晴れた昼にはキラキラと陽を粒にする。夜、灯が点るとオレンジから灰のグラデーションで、柔らかな窪みに静けさを溜めこぼす。
 私は遅れている路線バスを待つように、真冬の到来を待っている。庭の裸木も家々の脇に重ねられたプラスチック製の植え木鉢も、晒され乾き続けて、今にも粉々になってしまいそうだ。


斑入り模様

  宮永



日射しの翳った庭
斑入り模様のアオキの葉っぱに
湿った土の団子をのせて
松葉を一組そえたなら
思い出して赤い実二つ
さあ、召し上がれ
とつぶやく前に
お昼だよと呼ぶ母の声
皿も団子もそのままに
台所へかけこむと
おむすびにしようと思ったけれど
ごめんね、ガス釜の調子悪くてね
ご飯うまく炊けないの
診てもらおうと思うけど
ふふ、いい加減、電気炊飯器に変えようか





一人炊き用に買った炊飯器は
講義に遅刻しそうな朝
コードに足、ひっかけて
棚の上からゴトンと落ちた
それっきり閉まらなくなった
蓋、グッと押さえてもパカン
重たいカバンのせてもパカン
まだ一年も使ってないと
すんなり往生できない私に
買ったほうが早いし安いと
冷やしサラダ中華が女子に人気の学食で
友人たちが口を揃えるから
わかったよ、で、何ゴミ?
燃えないゴミの日いつ?
電気屋さん引き取ってくれる?





お盆前、渋滞気味の高速道路をようやく降りて
人家もまばらな道を実家へと車を走らせる
後部座席では子供たちが眠っている

道路の脇には廃棄物の処理工場
金属類が集められて潰されて
それぞれのモノをとどめたままに
錆びている
ゆるく圧縮されたこの四角い集合体は
いつ、再生されるのだろう
雨ざらしの処理工場にはいつもヒトケがない

降りだした雨はフロントガラスににじみ
支流から本流へ流れ込んだり溢れたり
どこか知らないどこかを指して
ぶんめいは進歩をとげて発展し
近県の福島やチェルノブイリまでさ迷って
家に着く頃には
すっかり本降りになっていた
雨音に
耳をすませて

駐車する車の音に呼ばれた母が
傘をさして迎え出た、庭先の
アオキの葉はつやつやと濡れて
根元では小さな泥のお団子が
もうとっくにほどけて
かえっている


暖かい場所

  宮永



刻々と退色してゆく視野を割りながら走る
信号待ちで
ハンドルを抱え
陽のなごりを探して左を見やると
流れていた

二列に背を向けて並ぶ
家々の間に用水路
秋も終わりだというのに草が生い
西洋朝顔が大輪に青をひらく
水か
日差しか
そこは暖かい場所なのだ

背に小さな園(その)を従えて
家々に
住む人どもは幸せだ
そこにはたぶん薔薇の茂みもあって何よりも
緑の下草が
音もなく
萌え続けている


変成

  宮永



あまりに大きすぎるカラダは私の視界に余
りました。竜がその巨大な肉をくねらせる
たび、鱗が立ち上がります。私は狂喜しま
した。山だ!山肌だ!岩々は柔らかに連な
りながらササクレ立ち、その元には黒々と
した影が差し、私はその暗い陰に深くツメ
をさしこんで、ゆっくりともちあげるのを
想像するのでありました。庭先の石をはぐ
ればハサミやワラジ虫たちが慌てて転がり
出ます。そんな嬉しさを思い起こしはした
ものの、この暗がりの奥底に温い肌があり、
熱い血が流れていることを、やけつくよう
な痛みが生ずることを、愚かにも、我が鼻
の穴から生えた毛ほどにも思ってみなかっ
たのでありました。私はひび割れた、声を
あげました。


剥がされ、晒された痛みはまるで、焼きゴ
テをあてられたようでした。おかげで空気
がカラではないことを、私をぐりと囲い込
み、動けば擦れるということを、大気か、
私かたえず蠢いていることを思い知らされ
ることになりました。私は息を殺しました。
地上において、私はコップの中に酌まれた
ようでありました。トン トン と、滴が
私をたたくたび、何とか呑み込んできたの
です。なみなみと注がれた私は、すでにふ
るふると揺れています。でもまだまだこの
まま、丸く盛られた表面に虹をうつして、
微睡んだふりをしていられるはずでした。
いつ、どこで落ちてきた、どんな滴かはわ
かりません。たぶんそれはいつもと何ら変
わらない一滴であったのでしょう。けれど
も私は流れ去ったのです。

文学極道

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