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Migikata (右肩) - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夏至の水

  右肩

 夏至の日、仕事帰りに辿り着いた
 夜の下腹
 陰毛の密生するあたりへ
 ずるずる
 落ち込む重い河
 その河を河原から見る
 今日、鱗を生やした初老の女性を馘首した
 水に
 滞留する、我ら生ける者の恐怖が
 すぐそこで暗く反射する
 無音のにおいと
 燃え尽きた記憶の小枝から
 言葉の亀裂をなぞり
 石灰色の樹形図がひた走る
 ひたひた走る

 健祐君と
 28人のクラスメート
 古い友だちが一人残らず
 俯せに浮いている
 29枚の
 錆びたネームプレートを夜風が洗う
 
 人の背に紫色の目玉
 瞼の裏に爛れる甘い潰瘍
 皺くちゃな皮膚を指で広げると
 皺の谷間で虫が卵を産んでいる
 夥しく排出される卵
 燦然と密集する卵
 半透明の粘液にくるまれ
 生まれない幼虫に生えない牙がある

 舟が数艘
 河口の緩い悦楽をさまよっている
 股を開いて棚板に坐し
 眠い白目で呼びかける
 (何はともあれおめでとう
  よろしければ寿ぎなさい
  歌いなさい
  寿ぎなさい歌いなさい)

 もしここに歌が流れてくるのなら
 舟歌の、その旋律で
 櫂も回るというものを



* * *  変更以前 * * *

 夏至の日、仕事帰りに辿り着いた
 夜の下腹
 陰毛の密生するあたりへ
 ずるずると落ち込む重い河
 その河を河原から見る
 今日、鱗を生やした初老の女性を馘首した
 水に
 滞留する、我ら生ける者の恐怖が
 すぐそこで暗く反射し
 無音のにおいと
 燃え尽きた記憶の小枝から
 言葉の亀裂をなぞり
 石灰色の樹形図がひた走る

 健祐君と三千子さん
 耕太くんも由岐さんも
 それから、それから
 古い友だちが俯せに浮いている
 挙げた名前を夜風が洗う
 
 人の背に紫色の目玉
 瞼の裏に爛れる甘い潰瘍
 皺くちゃな時間を広げると
 皺の谷間で虫が卵を産んでいる
 夥しく排出される卵
 燦然と密集する卵
 半透明の粘液にくるまれ
 生まれない幼虫に生えない牙がある

 舟が数艘
 河口の緩い悦楽をさまよっている
 股を開いて棚板に坐し
 自慰する者が呼びかける
 (皆さんおめでとう
  よろしければ歌いなさい)
 もしここに歌が流れてくるのなら
 舟歌の、その旋律で
 櫂も回るというものを


鳩が咥えてきた指

  右肩

 死体の山の中ほどからくさった死体が降りてきて、ぬかるんだ地表の泥水の溜りに腰を下ろした。爆風でボタンの引きちぎれた上着、そのポケットから、まずレンズが割れたメガネを取り出して、つるの歪みを指で整えてから耳に掛け、ザックの底にあった本を読むことにした。
 空気も水も、光も、何もかもが腐っている。遠くでものを焼く煙がふた筋み筋と立ち上がり、少しも動かないようでいながら実はわずかずつ形を崩している。やがて青黒い雲が混沌と停滞する空へ、姿を消してしまうのだろう。
 しかし、今、砲火は止み、傾斜面の窪地に堆積している死体はどれも静かである。くさった死体は一番最初に目覚めたが、すでに着衣の半ばは失われ、赤く爛れて剥けるままの皮膚をさらしている。右頬の肉は、歯列が覗くまでそげて、口の端から液汁が糸を引いて垂れていた。大きな蝿が羽音が唸らせ、意外なすばっしこさで頭部の内外を出入りしている。
 そのことを、くさった死体は知ることができない。死んでいるからだ。僕は転生した未来から、彼の傍らに迷い込んだ魂であるので、起こっていることのおおよそは描写することができる。幸いなことだ。くさった死体は自分が何者であるか、何をしているかを理解していない。つまり、当然手にした本の文字はひとつも読めない。後はただ、座ったままバラバラになって崩れ落ちていく。それだけのことだ。
 かわりに僕がその本の題名を読むことにした。

『鳩が咥えてきた指』

作者名は書かれていない。


象の かわいそう(或いは「未来記」)

  Migikata

 冬の 河は
 銀の墨ひと筆 で書き記されている

 書き記されるものである

 ここから見えない 場所 を起点として
 人間の物語 が 吹いてくる
 立ち枯れた 芒 がそのたび
 音を放ち 重ねて放ち
 冬至の日の 太陽が徐ろに
 傾く そういう匂い
 が
 する
  
 確かに匂いがする
 
 十数頭の象が かわいそう を背に乗せ
 酷寒の夕焼空に 浮かぶ のは
  この先のこと。
 赤黒い雲を 踏み 鳴らし
 暗い鼻を ぶらぶら 揺するのは
  この先のこと。

 河も河原もまだ十分には暗くない
  かわいそう はアカガネ色
  かわいそう は鏡面仕上げ
  かわいそう は無味・無臭

 零下二百七十度の夕焼が焼く
 ところの
 象たちの苦いシルエットが
 この先
 明瞭な意味を形成するなら
 それもよいそれに身を任せるべきであるが

 そうはならない

文学極道

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