#目次

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蛾兆ボルカ

選出作品 (投稿日時順 / 全13作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜景/テイク2

  蛾兆ボルカ

やけいに綺麗だなって
夜景を見ていて
思った

あの灯りのなかに、
平均すればきっと一個ぐらいづつ
おまんこがある
って
最近僕はやっと
夜景を見てもそんなふうには
思わなくなった

ただ
やけに綺麗だなって
思うだけだ

こんなふうに丘の上の公園の柵に
ひじをついて
窓の灯がきらきら光る街を見下ろしていると
風が少し吹いて
僕を撫でていく

この先、僕にどんなことがあっても
僕はきっと、放火魔にだけはならないと思う


おまんこが
僕は好きだ

たとえ(最近は長いことそんなふうに思わないけど)
あの灯りの一つ一つのもとに
おまんこがあるんだって
ひしひしと考え込む夜が
もういちど僕に
あるとしても
それはつらいことじゃないって
きっとそんな風に
僕は思うんじゃないかな

そう思えるようになって
よかったなって
僕は思う


充分風にも吹かれたし

星を見上げて
おまんこ座を
作りながら

家に帰ろうと思う


はだかバスに乗って

  蛾兆ボルカ

がたごととほこりを立てて、砂利道を
はだかバスが入ってくる。

はだかバスに乗るときは服を脱がなきゃならないが、
この辺りにははだかバスしか走ってはいない。

女子高生も、隣の奥さんも、はだかバスに乗ったら
みんな裸にならなきゃいけない。
脱いだ服は網棚に上げるし、靴は椅子の下に入れる。
急停車する場合があるので、たってる人は皮につかまる。
男性の勃起は、マナーとして、禁止。
法律じゃないけど。

一週間働いてだいぶ疲れたから、
僕は今夜、はだかバスに乗るのさ。
ときどき見かける少女も乗ってて、
いつもどおり、乳首がピンクなのがちょっと嬉しい。

はだかバスはがたごとと進む。
霧が深くて、月が見えない。
はだかバスに乗って、僕は君に、会いに行くよ。
セックスをしようよ。


昨日、僕は、オナニ−をするかしら

  蛾兆ボルカ

昨日、僕は、オナニ−を
するのかしら。
もしするのなら
きっと今日もするのね。
と、
ズボンを穿いていない美少年が
女言葉でつぶやくような夕刻、

震えるほど疲れた
中年の僕は、
下を向いている。


連作・『星の王子さま』のために

  蛾兆ボルカ

・客席消灯

・ブザー

・開幕



【タイトル/薔薇と蛇】

【クレジット】

原作『花と蛇/団鬼六』

主演女優『薔薇』

主演男優『王子さま』


(出演・配役)

・へび『エデンの蛇』

・うわばみ『ヤマタノオロチ』

・飛行士『飛行鬼(ひこおに)』

・呑兵衛『高倉健』

・地理学者『ミラ狂美』

・星の点灯夫『O嬢』

・地上の点灯夫『沖縄戦姫百合部隊の皆様』

・王様『白鵬』

・実業家『ゴジラ』

・バオバブ『にょろにょろ』

・坂本龍馬『Mr.T.』


撮影協力

『エデン@天界』

『幻想四次元銀河鉄道』

『表千家』

『さそり座』

『目黒エンペラー』

『チェルノブイリ原子力発電所』

『古代エジプト』


・エキストラ『タイタニック乗客の皆様』

・主題歌演奏『星』

・友情出演『北きつね』




【シーンズ】

(1)

次に王子さまが訪れた星では
ゴジラが星を数えていました

丘の上に座って
その小さな目で
夕陽に照らされながら

空を見上げて




(2)

次に王子さまが訪れた星では
薔薇がお酒を呑んでいました

「なぜお酒なんか呑むの?」
と、王子さまは訊きました。

「恥ずかしいからよ。」
と、薔薇は答えました。

薔薇の頬が、少し赤くなりました。



【主題歌/『少年』】

少年はいつも、
どこかへと去る
そんな習性だし
それが宿命

少年はうっかり、
四次元世界を旅行する
時間ってやつを
まだ知らないからさ

命を燃やして
戦えたらいいね
命を賭けて
愛せたらいいね

逆さになって
星に落ちていくとき
僕たち笑えたら
いいよね




【シーンズ】

(3)

「チャーリー、お前はガッツがある。俺はそういうお前が好きだ。もし辛いことがあったら俺に言え。俺たちは友達だ。」

と、砂漠のパン屋さんの仕事場で
飛行士は言った
一緒にパンをこねながら

でも飛行士には、チャーリーを星まで乗せていく船はないから、

「そんなに遠くから来たわけじゃないんだね。」

と、チャーリーに言われても、
返事はできない

それでも飛行士には飛行士の仕事があるのだ

砂漠に墜ちた飛行機を直すという
大事な仕事が


マーニー先生はヘビみたいだ
アルジャーノンに知恵の実を食べさせたけど
だからって偉いわけじゃないから

チャーリーは自分で町を出ていく
福祉作業所で、勉強しながら、
仕事をするために

みんなを悲しませないために

そこで友達をつくるために

「チャーリーお前は、勇気があるなあ!」

と、飛行士は泣いた

そして裏庭の
アルジャーノンのお墓に
薔薇の花束を捧げた




【第2主題歌/『ヘビの言葉』】

ヘビが与えるのは、知恵
知恵に耐えるのは、勇気
勇気を産み出すのは、愛

砂漠のヘビは金色の指輪
指輪の比喩は約束の証し
証しの言葉は死神の呟き

ヤマタを殺した英雄は
酒を呑ませて騙し討ち
猿田と咲耶は愛し合い
楽を奏でてダンスする

言葉は

砂漠の砂

その下に隠す

涙の星を見ぬ者よ

汝はただ、ヘビの餌食



砂漠が私に風を送る
熱風が私に真実を見せる
砂漠のヘビが足を登り
私の喉に巻き付いて締める

ヘビよ、ヘビよ、懐かしきヘビよ
君の言葉を聞かせておくれ
私が愛を見失わないように
私がエロスに見放されないように

たかだか神に
見放されることを畏れて

たかだか命を
喪うことを恐れて



【シーンズ】

(4)

その次に王子さまが訪れたのは北海道でした。

カラン、カラン・・・、と小さな音を立てて入ってきた王子さまは、
カウンターで一人で呑んでいた健さんの横に座りました。

ずいぶん寒いね。

と、王子さまは言いました。

北海道だからね。

と、マスターが暗い声で答えました。

王子さまは横を向きました。
健さんも王子さまを見ました。
二人の目が合いました。

ねえ、薔薇のトゲってどう思う?
ひつじには効かないかなあ。

と、王子さまは訊きました。

健さんは何も答えませんでした。

二人はカウンターに向き直りました。

僕、わかってなかったんだ。薔薇のこと。薔薇の気持ちも。
僕は薔薇の言葉なんか聞いちゃいけなかったんだよ。
薔薇が何をするかをちゃんと見なきゃいけなかったんだ。

だって僕は薔薇がいてくれて、嬉しかったんだもの。

と、王子さまは言いました。


薔薇ってのは弱いもんだ。綺麗だけどな。だから守ってやらなきゃいけないんだ。

と、健さんは言いました。


王子さまはにっこり笑って言いました。

そうだね。僕、あんまり小さかったから、よくわからなかったんだ。


大事なのは言葉じゃない。

と、健さんは言いました。

そうだね。

と、王子さまは言いました。


吹雪が止んで、外は満天の星空でした。


帰れるのか?

と、健さんが訊きました。

帰るよ。薔薇が待ってるから。
・・君はいかないの?

と、王子さまは訊きました。


俺はいかなくていいんだよ。

と、健さんは言いました。




【挿入歌『プレゼント』】

君に、宇宙を

一個、あげる

僕が、在ることの事実と

僕の、知ることのすべてを

僕の、ささやかなポエムってゆう

紙と、リボンで

僕の、やり方でラッピングして



【シーンズ】

(5)

最後に王子さまが訪れたのはSMバーでした。

その地下室の鉄の扉を押しあけて入ってきた王子さまを見て、薔薇は、

やっと来たわね。

と、言いました。

王子さまは何も返事をしないで、
カウンターの高椅子に座る薔薇の足許にきて、床に正座しました。

カウンターの向こう側(王子さまから見ると壁の向こう側ですね)からマダムは、

何よ。あんたたち知り合いだったの?(((笑)))
で、お前、何か呑むの?

と、王子さまに訊きました。


王子さまは、

オーガズム、をお願いします。

と、注文しました。


薔薇は、

私とママにはドライ・マティーニをお願いね。

と、言いました。

そして二人は黙りました。


やがてマダムが、

はい。どうぞ。

といって、自分と薔薇のマティーニをテーブルに置きました。

またしばらくしてマダムは、細長いグラスに注がれた、白濁したカクテルを薔薇に渡しました。


薔薇は細い指でグラスを握るように受け取って、その泡を真っ赤な口紅で飾った口でひとくち啜りました。

次に、自分のドライ・マティーニをひとくち含んで、王子さまのカクテルに注ぎ加えました。


はい。あなたのオーガズムよ。
あなた向きに、ドライ・オーガズムにしてあげたけど。

といって、足許に正座した王子さまに差し下ろしました。

王子さまは頭上に両手を挙げて、それを受け取りました。


乾杯ね。

と、マダムは言いました。

薔薇とマダムはグラスをうち合わせてひとくち飲みました。


薔薇は、カウンター席に座って、マダムのほうを向いたまま、

お飲みなさい。

と、王子さまに言いました。


このひと変なお客様でね。
常連さんなんだけど、女性とお話しないでいつも一人で呑んで帰るの。
きっとあなたを待ってたんだわ。

と、マダムは言いました。


三人とも黙りました。


マダムはマティーニを飲み干すと、別の女性客と話をし始めました。

その女性客の足許には、坂本龍馬が端正に背筋を伸ばして正座して、女性の足を嬉しそうに見上げながら、何か冗談を言っていました。


わたしのところに来るまでこんなにかかるなんて、
あなたってほんとに、なんてノロマなの。
・・・聴かせて。どこに寄り道してたのよ。

と、カウンターを向いたまま、薔薇は王子さまに言いました。


薔薇の足を見ながら、王子さまは長い物語りを語り始めました。


王子さまには足しか見えませんでしたから、カウンターに肘をついた薔薇の涙は見えませんでした。

涙の国って不思議ですね。



FIN



・・・・・・・・・・
【エンドロール】

【タイトル】
・本作品は架空の映画についての詩作品であり、小説として実在する『花と蛇』とは関係ありません。

・本作品には、実在する『花と蛇』からの引用は一切ありません。


【主題歌、挿入歌】
・本作品に引用された楽曲は、実在しません。


【シーンズ】
(脚註/引用元)

(2)

『星の王子さま/サン・テグジュベリ』より

「どうしてお酒なんか呑むの?」
と、王子さまはききました。
「恥ずかしいからさ。」


(3)

ダニエル・キース『アルジャーノンに花束を』より

「チャーリー、お前は勇気があるなあ。もし何か辛いことがあったら、お前には友達がいるんだってことを覚えといてくれ。」

「ついしん。どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンの おはかに花束をそなえてやてください。」


(4)

「星の王子さま」より

「ぼくはばらの言葉なんか聞いちゃいけなかったんだよ。
ばらがすることを見なきゃいけなかったんだ。」

「ぼく、あんまり小さかったから、よくわからなかったんだ。」

「かんじんなことは、目に見えないんだよ。」

「涙の国って不思議なところですね」



高倉健主演『幸福の黄色いハンカチ』より

「おなごちゅうのは弱いもんなんじゃ
咲いた花のごと、弱いもんなんじゃ
男が守ってやらないけん
大事にしちゃらんといけん」



※本作品は実在しないフィクションについての詩作品です。


墓石論

  蛾兆ボルカ

引用(昨日の日記より)・・・・・

僕は才能という語を、『成長や努力によって乗り越えられる可能性の限界より高い壁』という意味で使ってます。
街を歩けば、いろんなところに現実に壁が存在してるじゃないですか。
それと同じ感じのことで、ひとはみな壁だらけの世界で生きてますが、豊かな才能をもつひとは巨大な壁をもっているし、独創的な才能をもつひとは、不思議な場所に壁をもっている、というイメージです。

引用終わり・・・・・


ひとつ前の日記に、『才能とは壁である』、ということを書きました。
石川淳の安部公房批評なんかの材料をトントン積み木して書いたのではありますが、自分がこれまで考えてきたことにはよくフィットする表現だったような気がします。
カフカの『門』と漱石の『門』に言及して、開かない門ってことは、壁に門の絵を描いたってことだよね、と述べたのも、『してやったり』と思いました。
壁論、自分ではかなり気に入ってます。


そこでこの壁論を、都市論に展開してみているのですが、やりはじめて暫く想像の都市を探索散歩してたら、墓地の風景が想像の視界に入りました。
今日はそれについて書きます。


才能が壁なら、壁はひとつじゃないはずですよね。ですよね、と言われても、その前提条件の『才能とは壁である』に、誰も賛成しないかもしれないけど。

それでも良いので話を進めると、一人の人間につき、数十個から数万個ぐらいの壁があるはずであり、それはそのひとひとりが居住する主観世界、僕の造語で言い換えて、【絶対都市】を構成すると思います。
壁でできた、住民1名の架空都市が、人間1人につき一個あるわけです。


だけど人間の世界観ってやつはやはり、他人がいないとつまんないというか、なんかシックリこないものなので、この絶対都市は、他のひとの絶対都市と共通の宇宙内に存在し、みんなでひとつの【相対都市】を構成していると想像したほうがピンときます。

そこで一段階戻って、絶対都市と呼んだものは、よく見たらやっぱり、一個の建築物だったと考えます。
それらの形は様々で、ビルもタワーも方舟もピラミッドもあれば、病院みたいなのもツェッペリン号みたいなのもあるでしょう。だけど、どれもみんな何らかの仕組みで内側と外側が混在する、開いた形態をしていると考えます。
で、それらが複雑に内外で混ざりあいながら、世界すなわち【相対都市】が形成されていると想像します。

例えば、僕の絶対都市の一隅に、僕の『詩の才能』が一枚の壁として存在してるのですね。
でも空間的にそれにくっついて、誰か他のひとの『詩の才能』が一枚の別の壁として存在してる。建築物としては空間的に混在してても、そこは別の絶対都市だから、その『他者の詩の才能』たる壁には、僕は触れません。でも見える。蜃気楼みたいなものです。

概略そんなメトロポリスを散歩します。

すると、ある角を曲がったところに、広大な墓地があるんですね。
そこには大小の壁が整然と整理されて並んでるんですが、それは死者が生前持っていた才能(イコール壁)が、コンパクト
な長方形の石に変形したものなのです。

例えばですね。

今、我々の目の前にある、この黒い墓石が宮澤賢治の才能です。

ああ、これが彼の才能かあ、と思いますよね。
そんなに巨大なわけじゃないです。むしろたいへんコンパクト。なぜかというと、なにせ彼は死者だから、可能性という要素の大半を失ってるからですね。
でもやはり美しい。

そんな墓石が何兆個のオーダーを遥かに超える数で、だーっと、静かに並んでいるのです。

結構、いい感じの墓地だと思います。

賢治の才能の墓石を過ぎて、暫く小路を歩いていくと、生前、童話作家だった僕の母の墓石があるのですね。
彼女は200篇の童話を書いて、最後まで創作に悩みながら亡くなりましたが、たぶん無名のまま、だんだん忘れられていくのではないかと思います。

そんな彼女の才能のお墓に、僕はお花を供えるのですけど、これがですね。なかなか素敵なお墓なんですよ。明るい灰色の大理石のね。
彼女が敬愛した賢治のお墓と、素敵さではそんなに違うわけじゃない。訪れるひとの数とか、供えられた花の数は、さすがに違いますけどね。

彼女の墓から立ち上がって、周囲を見渡すと、穏やかな風が少し吹くんだな。
ここは比喩の都市だから、この風もなんかの比喩なんだろう。だけど、なんの比喩なのか、僕にはわからないのです。


8月の空のした

  蛾兆ボルカ

僕の職場から少し離れたあたりに
バス基地があり
わりとよく、その横を通る

バスを各地に出荷する運搬基地らしいのだ
ひとつの湖ぐらいの
だだっ広い土地に
バスが無数に並んでいる

ところで
普通の自家用車をどうやって運搬するか
っていうと
大型トレーラーに引かせた運搬車に
斜めに、かつ二段にして組み合わせて
8台ほどぎっしり詰みあげて運ぶのだ

大型バスはどうやるか、というと
考え方は同じで、ただし
縦にしたのを8台並べて
トレーラーで運ぶのだ

大型バスだから縦に積むと電柱より高い
ぎっしり8台積んで、横からみたら
城壁みたいだ

そんなふうにバスを積んだトレーラーが
何十台も隊列になって
8月の空のした、高速道路を突っ走るのは、
壮観だ
嘘だけど



(バス基地はほんとうにある)

いっこの湖ぐらいの、だだっ広い土地に
一月ほど前は、白いバスが無数に並んでたけど
今日は青いバスが無数に並んでいた


絶対納豆

  蛾兆ボルカ

吉野屋でチープなツマミを食べながら
僕は黒のホッピーを呑む

もともと隣にオンナノコが座る店は嫌いだし
無口なママの店は金がかかるものだから
立ち飲み屋が好きなんだけど

立ち飲み屋にすら
鬱陶しい常連客がいるもので
関東のやつらは酒の飲み方がわかっていない

僕は本当は、ロシアの立ち飲み屋でウォッカを呑みたい

僕の想像では、(だが)
ロシアではカウンター越しに
鱒缶詰の空き缶に入れたグラスが
タン!
と、置かれる

そして間髪入れず
角刈り金髪の粋なお姐さんが、
空き缶からカウンターに溢れるまで
アルコール80度のウォッカを
注いでくれる
注いでくれる
注いでくれる

もちろん色白でオッパイはデカイが
たぶん処女だ

僕は、彼女が
人生の始めから終わりまでのいつかに
『ウラー!』
と、叫ぶ声を聴かない
彼女が声もなく泣く悔し涙を見ない
その権利は僕にはない

僕はただ
彼女が注いだウォッカを一息に飲み干して
(もちろん鱒缶の中を先に干してからだが)
カウンターに
タン!
と、置いて
無関心な彼女の白い頬の微細な動きと
僕をチラリと見る眼差しとを見る
(そのときの彼女の青い目の青/いや、
よく見れば灰色なのか)

関東のやつらは
酒の飲み方が何もわかっていない


吉野屋の納豆はパックのまま80円で出てくるし
海苔は60円でパックのまま出てくるから
悪くない

カウンターの内側のお兄さんは
ロシアの労働者みたいに無口であり
無駄なことは言わないから
僕は『絶対納豆』について思考する
(非言語的に)

絶対納豆は
日常的な相対納豆ではないし
酒場における納豆のイメージでもない
納豆そのものであり
他のツマミや牛丼から独立して
単品でその存在を示す納豆だ
一粒が他の一粒から自由だから
期待通りの糸なんか引かない
(意図?なんちゃって)

美味しいかどうかとか
関係なく
吉野屋のカウンター上で
白くて四角い発泡スチロールのパックのまま
それは僕の前にあったのだ
(しかしながらもう食べてしまった)

僕は本当は
ロシアの立ち飲み屋に行って
男の二三人もナイフでぶっ殺してそうな
/に見えてウブで可愛い
角刈り金髪のお姐さんが注いだ
ウォッカを呑みたいのだが
(その白い首筋の細い蛇の刺青)

とりあえず絶対納豆は食べたことだし、
今日は悪くない夜だな、と思いながら
1020円払い

店を出て叫ぶ
8月下旬の雨のなかで
非言語的に/音もなく
密かに



ウラー!


水色のやつと、パールホワイトのやつ

  蛾兆ボルカ

風邪をひいて数日間寝ていた。まだ熱はひかない。
寝込んでいた間に二つの事(物かもしれない)について重大な発見をしてしまい、発見したことを書きたいと思った。

ひとつは丸い感じの事で、水色だ。私がまったく独自に思い付いたことであり、非常に面白かった。
そこから派生する認識として、
『青いグラデーションが主体となる絵は、人間の肌の色のグラデーションと交錯させると美しい』
ということなどがあった。美学的な面に限らず他にも色々な真理に届いており、「なるほどなあ」と思うことしきりだった。

携帯のメモ帳機能に打ち込んで置こうとしたところ、「大雨乾燥注意報がでています。」という警告が出た。
そうか、と思って諦めた。そんな警告はたぶん無いのだろうから、これは現実ではないのだ。だからメモはとれない。

§ 夢と色に関する註釈
{私はフルカラーの夢しか見ないし、これまでに私が集めた事例では、『自分はカラーの夢を見たことがない』と私に証言した人間は数人しかいない。誰にでも聞くわけではないが、ごくわずかしかいないと思われる。
にも関わらず、『人間はカラーの夢を見ることが有り得ない』、と主張して、私が夢について書くたび色に関する部分をしつこく否定しつづける馬鹿が一人いる。}

ところで、眼が覚めてもその水色で丸い感じのアイデアはまだあったのだった。しかも非常に興味深いアイデアであった。
私はそれについて考えながらトイレに行き、軽い食事をし、さらに外出もして、本屋で数冊の本を買った。
喫茶店でそれを読んでいたら、速回しで時間が過ぎて夜になった。五分間ばかりの体感時間にに2、3時間が流れたようで、外は真っ暗である。
私はゆっくり歩きながら家に帰り、再び寝込んだ。歩きながら、あるとても素敵な真理を思い付いた。それは立方体でスベスベしており、少し柔らかく、パールホワイトだった。

そのパールホワイトの真理から、私は二つの事を導いてみた。
ひとつは、戦争に反対する根元的かつ論理的な理由である。
もうひとつは、性愛についての事実で、性愛を肯定する根元的かつ論理的な理由である。
この二つは、別々になら、様々な原理から導けるが同時にはなかなか難しい。だが、私が見つけた真理からは容易にそれができたのだった。
なんとか帰りついた私は、身体的にはかなり苦しく、時々は数十秒ほど呼吸ができない状態だったが、気持ち的にはリラックスした愉しい気分で眠りについた。

翌朝は少し楽になっていた。眼に見える変化として、鼻水が透明ではなくコバルトグリーンになったし、わかりやすい頭痛がして、わかりやすい悪寒がする。風邪ごときで大袈裟だが、ここまで回復すれば死ぬことはないだろうというところへ来たとも言えなくはない。峠を越えたのだ。

眼を覚ました私は、布団の中でひとつ悟った。
あの丸くて水色のものの大発見は、真理の発見ではなく幻覚だったのだ、と。
それはもはや言語化できないだけではなく、丸くて水色の真理としても明瞭には思い出すことが出来なかった。
しかし、立方体でパールホワイトの真理は、まだ私の中にハッキリと存在していた。
それを使えば、戦争に反対しなければならない理由と、性愛を愚弄してはならない理由を同時に、しかも明快に説明できることに、私はまだ確信をもっていた。

§言語と思考についての註釈
{私は基本的に言語では思考していない。思考の結果の一部を言語で表現するだけだ。}

不思議な感じだった。
私はそのパールホワイトの立方体を、今は未だ言語化に成功していない概念だと思っていた。
もうすぐ、たぶん数時間でできるだろう、と思っていた。
丸くて水色のとは違い、幻覚ではない、と確信していたが、しかし同時に丸くて水色のほうが幻覚であったことは認めていた。そうであればこそ、パールホワイトの立方体が幻覚ではないことは奇蹟的なことに思えた。
そして、しかしながらそのパールホワイトの立方体は、言語化されずに消えていくのだろう、と、心のどこかで認めつつあった。
私は充たされていた。
私の思考の正しさが、あの四角くてパールホワイトな真理により証明されたことに。
しかし同時に、それを間もなく失うであろうことも私は理解していた。

食事をして、少し外出したが、やはりほとんど歩けないのですぐ帰宅して、それから14時間ほど眠った。

眼が覚めたとき、つまりは先程なのだが、私は四角くてパールホワイトの概念も、幻覚であったことを悟った。

それでも私は微笑んでいる。
良い夢を見た、と思うのだ。

ここは夢の世界ではない。だが、夢の世界で何かが証明されたということは、ボンクラ共が思うほど無意味ではないのだ。

私は謳おう。
夢を見ないものどもよ、永遠に呪われよ。
と。

お前たちの手に未来が握られることは永劫に有り得ない。
そんなことは許さない。
お前たちはただ時間の砂浜で
繰り返し滅びるがよい。

と。


パールホワイトの立方体に基づいて、私はそう謳う。


  蛾兆ボルカ

庭の隅で年若いお母さんが
しゃがみこんで、おもちゃのシャベルで
一心に穴を掘っている
ときどき (自分は何をしているのだろう) と
首をかしげながら

後ろに張り付いた子どもが
背中越しに それを見ている
「お母さん、なにしてるの?」と、子どもが訊くと
「穴を掘っているのよ。」と、お母さんは答える

そうして30年が過ぎたのでした

―――― かつてそこは、穴でした
と、役人は私に言ったのでした

あなたの前のそのあたりは、かつてはひとつの穴だったのです。
わかりますか?すでに穴であることはやめてしまいましたが、
かつては穴だったのです。それは巨大な会議室の真ん中にある日
突然出現したような穴でしたし、学校の廊下の中央にあいたよう
な穴でもありました。
もはや全ては忘れられました。ごらんなさい、一見するとまるで
穴など無かったかのようではありませんか。
ここには久しく訪ねる人もなかったのですが、こうしてあなたに
見つめられて、穴は静かに眠るのだと思います。こうしてあなた
に触られて、穴は初めて眠るのだと思います。

「埋められたのは私でしょうか?それとも、あなたでしょうか?」と、
まだ年若くて少女みたいな、私のお母さんに
小さな子どもの私が、遠く叫ぶ

不意に私は
<私の判断は間違っていたのだろうか>
と、誰かにすがりついて訊きたい

しかしそこに既に穴はなく
平らな野原が続いていて
私は一人 野原に立っているのでした

庭の隅で
柄が緑で本体か赤い、プラスチックのおもちゃのシャベルで
穴を掘っている私の妻が
待っている家へと帰るために
私は振り返って歩き始める

帰ったら
「埋めるの?それとも掘り出すの?」
と、訊いてみようと思いながら


サクリファイス

  蛾兆ボルカ

人類の滅亡を
回避するために(だ(と(/思い込んで
/(幻聴に)指示されて)))
そのひとは
裸になり

駅前通りの池(噴水のある)に入って
小石を拾い
(そして)飲み込む
また飲み込む
飲み込む

ひとつ/またひとつ
拾っては/またひとつ拾っては
飲む

「わたしは死ななければならない!」
と、小さな(/とても小さな)声で
そのひとは叫んでいる

苦しくて
口がいっぱいになっても
まだぎゅうぎゅうと
(口に)詰め込んで
モゴモゴと
(とても)小さな声で
そのひとは
(その声はもう誰にも
聞こえない/聞かれない)のに)
叫んでいる

頬が(破れそうに)ふくれて
もう
ひとつの小石も入らないのに
そのひとは
まだ
(小石を)拾う
(((真冬の)駅前の)通りで)

ひとびとは/ひとびとが
それを見ている

誰かが呼んだ救急車が
そのひとを連れ去り
あとには/そのあとには/その日のあとには

ただ
(駅前の(公園の))噴水が
水を噴き上げている
その日から
毎日/毎昼と毎夜

彼女は(街を/駅前を/池を/ )
去ったから

もう
この街の誰も/誰一人
彼女の供犠を/供犠の彼女を
記憶しては
いない(の(だ/だけど))
事実として
人類は
今日も/今日の、昼と夜も
滅びなかった(のだ)

だから
夜の/駅前の/池の
噴水の前に立ち

滅びなかったよ

と、
僕は(今日も)
彼女に報告する




§A.タルコフスキー監督作品『サクリファイス』に寄せて


暗くなるまで待って

  蛾兆ボルカ

今日は出張先の博物館で、ふと、オードリー・ヘップバーンが主演した古い映画、『暗くなるまで待って』を思い出したのだった。
池袋から電車に乗って、終点近くまでいく。そこからバスでまた遠くまでいく。その博物館に着いたときは、僕はすっかり疲れていた。

小さな市立の博物館だが、小綺麗で、大事にされている感じだった。
周辺は工業団地だが、最近は工場というのはどこへ行ってもあまり人の気配がない。オートメーションが進んだからだろう。静かな町に、ぽつんとある博物館だ。
その館内で、なぜか唐突に、僕は『暗くなるまで待って』を思い出していた。

あの映画では、サムという男が見知らぬひとからぬいぐるみを預かる。サムはそれを自宅に置いて仕事に出掛けるが、盲目の妻・スージーが家に残される。スージーは交通事故の後遺症で目が見えないのだ。
実はぬいぐるみの中には、ヤバイあれが入っていて、ギャング団が必死でそれを探しているのだ。
ギャングたちはついにスージーの家を突き止め、あの手この手で色んな職人に化けて、家に入って探そうとする。
目は見えないけど勘のいいスージーは、やがて異変に気づき、目的も人数もわからない敵から、未知の何かを守って戦おうとする。
と、いうところが始まりで、そこからの映画なのだが、このオードリー演じるスージーが、滅茶苦茶に可愛いのだ。
何がそんなに可愛いのかなあ、と自分でも思う。役者がオードリーだからなのだろうか。

そう言えば僕は、なぜかときどきオードリーを思い出すのだ。
たんにオードリーが好きなのかもしれないが、僕にとってスージーは何かの象徴なのかもしれない。

あとは夢で考えよう。

・・・・・・・・

昨日、『暗くなるまで待って』を夢で見た。
ご都合主義のように思われるかもしれないが、僕にはそういう能力がある。つまり、夢をリクエストするという能力がある。
夢の中で映画を観ながら、僕は詩について考えていた。
僕の回りには象徴があり、それを僕は詩に留めようとして詩を書く。いつもそうだというわけではないが、ときどきはそうだ。
例えば僕が散歩をするときは、僕の目に映る森羅万象が象徴である。例えばガードレールが、横断歩道のしましまが、信号機が、すべて僕には象徴に見える。
そして象徴はすべて意味を語る、あるいは秘める。
だから森羅万象が意味を語る、または秘める。
それがたぶん、僕が自分の日常と考え、言葉としてはたんに日常と呼ぶものだ。

昨日、夢の中で、僕は盲目のスージーが何をしていたのか、わかったのだった。
彼女は、ギャングから生活を守るために一生懸命に戦う。そうすることにより、彼女が守ろうとする生活が、僕の意味での【日常】にとても近いのだ。
オードリーの演じるスージーの指先に何かが触れる。それが何なのか、盲目のスージーは見えない。しかし瞬時に覚る。
そのとき花瓶であれ、皿であれ、彼女が指先で理解する器物は、おそらくすべて、象徴として認識にとらえられ、示された/または隠された意味として彼女の回りに存在するのだ。
それがきっと、彼女の毎日の暮らしであり、僕が詩にとどめようとすることがらでもあるのだ。
暴漢がスージーの大事にしてる皿を一枚割る。
そのことが何を意味するか、僕にはわかる。スージーが指先で知覚したその皿は、象徴としてのその皿だ。そこにどんな色でどんな絵が描いてあるか、スージーは夫に訊いただろう。その皿がどんな値打ちの皿で、どんな料理に似合うか、スージーは友人に訊いただろう。そしてスージーはその皿を記憶し、使用し、好きになる。
スージーの家の皿は、一枚たりともただの皿ではあり得ない。スージーの世界を構成する、もろもろの伝説の中の、ひとつの伝説としての皿なのだ。
だから暴漢がそれを無造作に割るとき、世界は悲鳴をあげる。
しかしスージーは怯まない。なぜか?それも僕にはよくわかる。世界とは、そうしたものだからなのだ。幾度スージーの世界は引き裂かれただろう。それでもまた繕い、スージーは生活する。だから皿が何枚割れようと、スージーはけして怯まない。
そして、それが僕が日常と呼ぶものなのだ。

こうして昨夜、女優オードリー・ヘップバーンから、彼女が脚本のスージーをどう解釈して演じたかについての手紙が、オードリーからのダイレクトメールのように僕に届いたのだった。
それは、完全無欠のプライベートフィルムだった。

僕は、一切が象徴である世界を今夜も歩いている。
すべての闇に魔が潜んでいるし、すべての事物が伝説を秘めて立ち上がるが、すべての挫折やすべての悲しみが、この世界を破壊していくし、すべての暴力が刻一刻とこの世界を引き裂いている。
しかし、盲目のスージーのように手を伸ばせば、そこに必ず何かが触れるのだ。
例えばそれは今、道の端に続く石の壁であり、外気より少し冷たい。

目をつぶってみると、川の水音と、車の走る音が耳に響き、指が触れる石は深く深く地球に繋がっている。
僕はまた世界を繕い、目をあけて歩いていく。


純粋おっぱい

  蛾兆ボルカ

純粋おっぱいについて
僕は考えている

純粋おっぱいなんて
何なのかわからない
でも純粋おっぱいについて
考えている

またまた
何いってんのあんたって
僕の妻が僕に言う
昨日の寝床の中で

今日は結婚記念日だから
はやく帰ってきなよって、
今夜メールをよこす


純粋おっぱいを、僕は飲む
一日を生き抜くために

純粋おっぱいが、僕を充たすから
僕は夜の街の路地で叫ぶ

純粋おっぱいが、
僕を世界に繋ぎ止める

純粋おっぱいが、
夜の世界を乳白色に染めて
空中に、雪の花の群れが咲く

それを透かして
白く明るい夜の空に
宇宙が拡がる


またまた
と、妻が僕の耳をかじりながらささやくだろう
今夜、帰宅したら

僕はまだ
純粋おっぱいの満ちる夜の空の下にいて
歩いていく


態度の悪い少女

  蛾兆ボルカ

朝、電車に乗って降りると
ギッシリ混んでるホームで、
態度の悪い高校生の少女が、
ドン。とぶつかってきた

白のブラウスにチェックのミニスカの制服を着て
栗色の髪にイヤホンをして
決然と
スマホからは目を放さずに

不快そうな顔をして
右に左に大きく揺れながら

そうやって少女は
ぶーたれて歩く

混みすぎて、みんなで一匹のアメーバになったみたいに
全員が同じ歩速で階段をノロノロあがっていくのだから
私も少女も他のひとも
どうにもよけようもなく
少女が一足歩くたびに、肩がドン
とぶつかってくる

実をいうと
ぶつかっても
少女だから柔らかくて
ドンというより、ポヨン、という感じだ

しかも体重が軽いので
体重二倍程度の私には、ほんとは全然、衝撃はなくて
トンとかチョンとかいう感じだ

でも少女にしたら、ドン!のつもりなのだから
私もドンなんかされて、ムッとする
それが現役ってことなのだ
(もし私が少女を睨み付け、その胸ぐらを片手で掴んで彼女の足が浮かぶまで高くねじりあげて怒鳴り付けたら、なお良いのだが。仕事に遅刻するけど。)

階段を上りきって少女は改札に向かい
私は乗り換えホームへと降りていく

あの娘はああやって
ゴムまりみたいにポヨンと
ぶーたれて生きていくのだろう

もし叱ったら(現実にはもちろん優しく)、
または激怒したら(しないけど)、
あの娘は私に謝るだろうか

謝らないで欲しいな
ほんとうに謝らないで欲しい
ぜったいに

君でポエムしてごめんね
などと
思ってみたりする頃、
(何一つ私のせいじゃないが)
私が毎朝参加するアメーバは
ずるずると在来線に乗り換えて
満員電車の扉が背後で閉まる

いつもの小さな駅についたら
バスに乗り換えて
朝日の照らす山道を
ゴトゴト職場に向かうのだ


謝るな、俺
と、私は思う
どうせ私は
今日も五回は謝るだろう
今年千回は謝るのだろう

それでも



(初稿初出:メビウスリング:2014/09/26)

文学極道

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