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岡田直樹 - 2018年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


朝に

  岡田直樹

朝がくるたびに
朝焼けを美しいと
きみは思う
けれど
ほんとうは
世界にだれひとり
存在しなかった
としても
美しいものは
とわに美しい

春めいた花咲く木陰で
くる日もくる日も
きみは
あたらしい朝と出会う
黄色い朝
緑の朝
鈍色の朝と
銀の朝
真実の
黄金の朝

目覚ましを止め
時間を確認し
ため息をつき
服を着替え、
靴を履いて
『行って来ます』
までの
数分間

いまという瞬間が
失った昨日より大切
ということは
決してない
のに
月収100万ドルの大富豪も
祖国を預かる最前線の兵士も
おなじ真剣さで
おなじ一秒を追う

もう一秒早ければ
この一秒がカウント
されなかったら
そうするうちに
たちまち
埋めにくる
つぎの一秒

(ホラ、七時半だ
(バスは行ったぞ
(間に合った、そら、門まで走れ

かくて
太陽はあがって
のんびりした
気持ちのいい
早春の
午前七時
きらく庵の
プランターの
目覚めたての
クロッカスが
幸せそうに
風に揺れています


宿題

  岡田直樹

ええ、大好きなあの子たちは
ひとりのこらず卒業していきました
あの子たちとの出会いは
わたしが大学を卒業したばかりのころ
たずねていったのは駅前の大きな病院
一時間もまえから
ベッドで待っていたかれらと
さっそくはじめの授業でした

えんぴつでおおまかな輪郭をとり
うすい色から順に彩色していくときは
『先生、やるじゃない、』
とはげますようだったのですが
『やすむ暇をあたえないで、
ぼくらには時間がないんだ、』
そんな風に言っているように思えたのです

そこでわたしは、授業ごとに
宿題を課すようにしました
それも意地がわるかったけれど
なるべく時間のかかる宿題を
休みが終わるでしょう
するとひとりのこらず
誇らしげに宿題を提出するのです
『すべてがおじゃんになるかもしれない、けれど
ぼくらはあしたのために宿題をするんだ、』
そんな声が聞こえるのを感じたのです

ええ、あの子たちは卒業し
やがてひとり残らず亡くなりました
すべてがおじゃんになったかもしれない
けれどあの子たちがみていた
あしたはたしかにあって
はるか先へつづいている
わたしたちを追い越して
ずっとずっと先へ進んでいるのだと
わたしは思うのです

もうすぐ桜の咲く季節
大好きなあの子たちがあつまるころです


ある朝にぼくは

  岡田直樹

それはただ
なんのへんてつもない
いつもの朝で

鳥なんか
さえずっていない
都会のマンション
いつものように
マサルとともに
きらく庵
202号で
目を覚ます

あまり眠れなかったけれど
歯を磨いて
ズボンを履いて
作業所に出かけてゆく前のひととき

ぼくにとって残念なのは
ニューヨーク摩天楼の朝でも
浅く長いシエスタのあとの
目覚めでもなく
恋人ととなりあわせの美しい朝でもなく
ガンジスのほとりの
瞑想のあとの時間でもない
なんて
ことではなく

マサルを起こし
1杯15円たらずの
そう濃くはない
コーヒーを入れてやり
ゆうべの悪夢を聞いてやり
自分のコーヒーを入れ
二人分の卵を溶き
ご飯をよそい
みそ汁を注がせ
ときどきマサルの失敗を
笑って叱る
そんな腕のいい家政婦のような朝

なんのことはない
いつもの朝
けれど
もしかあす
ほんとうに

とれない詩の賞の話が
降って沸いて
月給20万の仕事を手にして
躁も鬱もやってこず
呪文のようなお薬に頼る
必要もなく
マサルやぼくの病の再発と
きらく庵の
だれかとの
残酷な死別などを
恐れる必要もなく
障害者の寄り合いのような
きらく庵を
晴れて
出ることができる
ほんとうに
幸せな
明日が来たら

ぼくは今日の日を
忘れてしまうだろう
花ちゃんののんびりした足音も
アッくんの愚痴と
壁ごしに聞こえる
障害者の限定された苦労話に
そうだそうだと
一緒に腹を立てることも

たとえさまざまな
偶然で与えられたにせよ
用意したご飯を前に
マサルはおごそかなこどもの目になる
ぼくは穏やかな目をした
父親になる
テーブルのあいだに
訪れる
ぼくらの朝の食事の前の
静かな静かな
時間

それがこの世で
二度とない
得がたいときであるように

蛇口からしたたる雫も
ふるえる冷蔵庫のタービンも
笑いとともに
減ってゆくコーヒーや
部屋ぜんたいに広がってゆく
卵の焦げた香りさえもが
特別にかしこまって
神聖な時間であるように思える
いつもの朝のこと

文学極道

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