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岡田直樹

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


中央線

  岡田直樹

Nに

ひとりで台所でコーヒーを飲んでるとね
希望が呼ぶ声はもうぼくのところまで
とどかないって気がするんだ
水がながれてる音を
しじゅう立てる冷蔵庫と
研磨剤でみがいた流しのあいだに
何か捨ててやしないか
まぎれこんだ希望がときどき
苦情を言ってるんじゃないか
そのくせ希望なんか
ひとつも書かれていない請求書が
ちゃんと月ごとに届くんだ
Nよ、かわいい子供にことばを贈る
言葉だけだとお腹いっぱいに
ならないから
ピカピカのカバンを贈るんだろ?
早く片付けさせてやれ
額縁にいれたことばが
手垢だらけの祝辞だと
察知されないうちに
こっちはいろいろあるぞ
後生大事にしていた財産を
ひとつのこらず掃除していった跡も
三件のやさぐれ者の殺し合いが
放っておかれる夜の都会の路上も
あんたの大事な仕事の詳細を
逐一把握してる国の中継基地も
この拝金奴隷


N・Nに

あんたは最悪だよ
最悪中のベストワン
到底信じられない法だが
あんたにだって生きる権利はあるそうだ
昼は偽善と月面旅行と
ヒステリーのあいだをいきつもどりつ
週に一回セックスフレンドと
お花畑でお医者様ごっこ
もう待っていなくていいと
だんなにいわれるのを
鼻をひくつかせながら
かぎつけようとしてる
ふみはずすのはどの場所からって
熟知しながら
真ん中といわれる場所を
すまして歩いてんだろ?
おとなになれ、あんた


明日に

するよ、できるよ
ごきげんよう、また会いましょう
お会いする日が待ち遠しいです
声を張り背筋のばして顔をまっすぐ
クビ向けて
次はうまくきっとうまく挨拶するさ
もうきっとそうするから
だが
また明日会える、と、もうさよなら、
の中間のどっちつかずのところで
恐ろしいほど膨れあがっていく中心に
われわれの日常があるんじゃないのか?
わかったよ
挨拶するさ、だがこっちを
あんまり見ないでくれ、
あんたをまんまとだませなくなる
見るなって
いい?この糞面白くない常識家、堅物


A・Nに

お前がまだ生きてるんだと
いまだに信じてるぼくは本当の馬鹿だな
それとも飲んでるのか?
血糖値が高い可能性なんかよりはるかに
お前がどこに帰るかたしかめたいから
こっちまで呑まれちゃいられないんだ
いつまでもお前の様子を
見てやるわけにはいかないんだ
好きにやるのはいい加減にしろ、
自意識過剰の気取り屋


プレイヤーたちに
体のいい嘘をついてうがったことを
言うのはもう飽きちゃった
夜中に街路から毎日四、五時間も
ぼくを裸にしたつもりで
傷をつくりに来る
三、四人ほどの男女
何かの嫌がらせに集まっているのは
まったく確からしくて
脅しひやかし暴言凌辱
オン・パレードはどこまでも
うす汚く散らかしちゃう
たとえば彼らがぼくを相手にする
くだらなさを
自覚する時が来たら
ぼくはその時何を自覚するだろう?


 Zへ

描いたすべてを後追いしながら
ひとつ残らず打ち消していく
存在を知ってる?
そんな存在が何も言わなくなる
詩を書いたんだ
まったくグウの音も出なくなる
意地悪な文体でね
ぼくにはカタルシスが必要だから
作品がどんな題名だとか、
テーマは何だとか、
文体は結構は、なんてどうでもいい、
最終でカタルシスが訪れてくれたら
全部瓦解して記憶の中だけのものに
なってしまって構わないんだ
きみは壁に向かって座りつづける?
自分を始末すべき時が来ても
誰も片づけてくれなかったらどうする
歩けるうちに表を歩いて
美しいものを探せ
そうしていい空気を思い切り吸うがいい
ここは娑婆なんだ、覚えておけ


Aに

ずい分長い独り言なんだね
きみが愛想をつかす気持ちは
よくわかるよ
何しろわたしは
相手かまわず毒づいて
知り合うひとごと
暴言暴挙のオンパレード
そんなわたしと
友人でいてくれと言うんだから
詩はまだつづいてるよ
わたしをいい詩人だと
言わされたらきみもうんざりするだろ?
その日は一日、酒も浴びるんだろうね?
きみの奥さんがこういう
やっかいなところを見せたら
きみは殴るかい?


 中央線
列車はガクガクガクガク
線路をたたきながら
東へむけ運行中
ぼくはなぜだかセールスかばんを
抱きながら小旅行
どうしてこんな人間に
なっちゃったんだろう
同じように
もう阿佐ヶ谷もすぎたし、中野もすぎた
駅弁はないけれどラーメン屋は
何軒もある
麺屋のチャーシューたまご入りちぢれ麺
総理大臣の代役はなんぼもいるが
麺屋の兄ちゃんにかわりはいない
拝金奴隷拝金奴隷と言いながら
部屋から出た
Nにわびが言いたくて
ぼくも拝金奴隷じゃなかったか
車両は中野を通過し
東中野で入ってきた総武線とならぶ
中学生も総理も兄ちゃんもじいちゃんも
ガクガクガクガクゆれる
ぼくのかばんも心臓も駅弁も
ラーメンもガクガクガクガクゆれる
そう、N・Nは大阪やったな、
昔のぼくはそんな感じの
ぎこちない関西弁
N・Nが躾けて関西弁になってもうた
ガクガクガクガク、ガクガクガクガク
中央線は新宿駅で総武線といっしょに
ホームへすべりこむ
関西弁でボケたが、ぼくは
ツッコミでけへんやった、
そんな感じ…
すると中学生すっくと立ち上がり、
じいちゃんよっこら立ち上がって
停まったばかりの車両を出ていく
もういいやぼくもかばんを抱いて
車内からホームへ
しかしそれは終わりではなかった
終わりではなく、
つながってつながる
選択のなかのひとつのプロセス
この中央線の線路の先になにかある
それだけが知りたくて、
ぼくは今日もこの座席に
腰を占めているのだ


朝に

  岡田直樹

朝がくるたびに
朝焼けを美しいと
きみは思う
けれど
ほんとうは
世界にだれひとり
存在しなかった
としても
美しいものは
とわに美しい

春めいた花咲く木陰で
くる日もくる日も
きみは
あたらしい朝と出会う
黄色い朝
緑の朝
鈍色の朝と
銀の朝
真実の
黄金の朝

目覚ましを止め
時間を確認し
ため息をつき
服を着替え、
靴を履いて
『行って来ます』
までの
数分間

いまという瞬間が
失った昨日より大切
ということは
決してない
のに
月収100万ドルの大富豪も
祖国を預かる最前線の兵士も
おなじ真剣さで
おなじ一秒を追う

もう一秒早ければ
この一秒がカウント
されなかったら
そうするうちに
たちまち
埋めにくる
つぎの一秒

(ホラ、七時半だ
(バスは行ったぞ
(間に合った、そら、門まで走れ

かくて
太陽はあがって
のんびりした
気持ちのいい
早春の
午前七時
きらく庵の
プランターの
目覚めたての
クロッカスが
幸せそうに
風に揺れています


宿題

  岡田直樹

ええ、大好きなあの子たちは
ひとりのこらず卒業していきました
あの子たちとの出会いは
わたしが大学を卒業したばかりのころ
たずねていったのは駅前の大きな病院
一時間もまえから
ベッドで待っていたかれらと
さっそくはじめの授業でした

えんぴつでおおまかな輪郭をとり
うすい色から順に彩色していくときは
『先生、やるじゃない、』
とはげますようだったのですが
『やすむ暇をあたえないで、
ぼくらには時間がないんだ、』
そんな風に言っているように思えたのです

そこでわたしは、授業ごとに
宿題を課すようにしました
それも意地がわるかったけれど
なるべく時間のかかる宿題を
休みが終わるでしょう
するとひとりのこらず
誇らしげに宿題を提出するのです
『すべてがおじゃんになるかもしれない、けれど
ぼくらはあしたのために宿題をするんだ、』
そんな声が聞こえるのを感じたのです

ええ、あの子たちは卒業し
やがてひとり残らず亡くなりました
すべてがおじゃんになったかもしれない
けれどあの子たちがみていた
あしたはたしかにあって
はるか先へつづいている
わたしたちを追い越して
ずっとずっと先へ進んでいるのだと
わたしは思うのです

もうすぐ桜の咲く季節
大好きなあの子たちがあつまるころです


ある朝にぼくは

  岡田直樹

それはただ
なんのへんてつもない
いつもの朝で

鳥なんか
さえずっていない
都会のマンション
いつものように
マサルとともに
きらく庵
202号で
目を覚ます

あまり眠れなかったけれど
歯を磨いて
ズボンを履いて
作業所に出かけてゆく前のひととき

ぼくにとって残念なのは
ニューヨーク摩天楼の朝でも
浅く長いシエスタのあとの
目覚めでもなく
恋人ととなりあわせの美しい朝でもなく
ガンジスのほとりの
瞑想のあとの時間でもない
なんて
ことではなく

マサルを起こし
1杯15円たらずの
そう濃くはない
コーヒーを入れてやり
ゆうべの悪夢を聞いてやり
自分のコーヒーを入れ
二人分の卵を溶き
ご飯をよそい
みそ汁を注がせ
ときどきマサルの失敗を
笑って叱る
そんな腕のいい家政婦のような朝

なんのことはない
いつもの朝
けれど
もしかあす
ほんとうに

とれない詩の賞の話が
降って沸いて
月給20万の仕事を手にして
躁も鬱もやってこず
呪文のようなお薬に頼る
必要もなく
マサルやぼくの病の再発と
きらく庵の
だれかとの
残酷な死別などを
恐れる必要もなく
障害者の寄り合いのような
きらく庵を
晴れて
出ることができる
ほんとうに
幸せな
明日が来たら

ぼくは今日の日を
忘れてしまうだろう
花ちゃんののんびりした足音も
アッくんの愚痴と
壁ごしに聞こえる
障害者の限定された苦労話に
そうだそうだと
一緒に腹を立てることも

たとえさまざまな
偶然で与えられたにせよ
用意したご飯を前に
マサルはおごそかなこどもの目になる
ぼくは穏やかな目をした
父親になる
テーブルのあいだに
訪れる
ぼくらの朝の食事の前の
静かな静かな
時間

それがこの世で
二度とない
得がたいときであるように

蛇口からしたたる雫も
ふるえる冷蔵庫のタービンも
笑いとともに
減ってゆくコーヒーや
部屋ぜんたいに広がってゆく
卵の焦げた香りさえもが
特別にかしこまって
神聖な時間であるように思える
いつもの朝のこと

文学極道

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