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安部孝作

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


幕切れ、予感

  安部孝作

横になる太陽は、    都市の襞に刺さる蝋燭へ、
際限なく転がり続けた、  葦を掲げた手の彼方に、
なにも焼かず、 なにも踏みつぶさず、
痛む大きなリンゴの腹へと、  終わりない夕景の
訪れが描いた道化の歪んだ顔が、 銀に輝く水牛の
群れに彩られた  掌を見て笑う

ペンギンの群れが   石油で汚れた海にうじゃうじゃ
羽ばたけないがために   隕石に潰されたために
泳ぎ出すイルカがきっともう   いない
だからと言って、        セイウチは笑えない
赤い氷山は愈々大海に流れ出した海面の上で跳ねていく、
釣りあげられるように、真っ新な手に
救われるかのように、       そして見下ろした

  大陸を見渡して地図を引き裂けばいい
  躊躇う指先から引きちぎれていく、
  痛まずに血ばかり出る

星はたなびく木々に絡め取られた、
その鉤爪に連れられて  油断ならない影が飛び交う、
嘴でつつかれて 眼の玉をひん抜かれても 翼を
折り畳んだまま 刃物を隠している
もう遅い、余りに遅い 街灯の守護が声に出さないで
言った    ここをどこだと思っている

夜は訪れなかった、    だから雲が一つもなくなって、
朝が訪れることもなかった、けれど誰も悲しまなかった、
誰も眠らなかった、  
雨が降らないことについて、   誰もが無関心だった、
誰も目覚めることもなかった、   枯れていくことに、   
                   躊躇いなかった
だからといって、    決 して明るい正午でなかった

  罪過は過ぎては行かない
  対するものは消してはならない、消し去る指先は、
  皮膚の厚さで、握手をすればすぐわかる。

振れる指先が啓示の証  呼び出すよ、今呼び出されるよ
大地の精は応じてくれる  けれどもなにもしてくれない    
私は私でするしかないとはいえ大地の精は何もかも言って
くれた、
  途中で投げられたクロスワードパズルの答えが、ない
わけではないから  見つけることを理解していてほしい、
と、病室の壁に書かれていた

月、泉、風、音、声、あなたにしたこと
単語が並んでいるだけでそれがどれほど悪いことだったか、
浮かぶ景色が同じで     感じても、遅い、
              感じるのが遅い、
物がぐにゃりとぶら下がる、悲しむためのものすべて、
あなたにあって、私にないもの  それで全てが伝われば、

  なにも理解しようとせず
  耳ばかり大きくして、
  反響させていた、あなたの滴る音を。

けれども川の流れの傍では    橋の袂に掻き抱かれた
砂金を採る男と      彩り鮮やかなペンキの精霊が       
何もかもせせらぎのように脳天気で     反射された
光は船に従って動き      青赤黄色に染まったコン
クリートの    石の前で硬直し、上で踊りを披露して、
柔らかな葉の上で崩れた   

私はなぐりつけたかった     私の痛んだ胸を 
磨かれない石英の顔を見つめ   まったく言葉は
生まれない    吐き出した、血の混じった声は、
           あなたの痛みに
どうにか思いを馳せながら、     赤黒い鑢で 
磨き上げてくれる人を探しているからかもしれない

  殴っても、殴っても
  はみ出るのは中指の骨か
  せいぜい歯に挟まれた舌だろう

助からない手を握り締める 積み木を倒す霧吹き
の形をした崖の松の枝      横にまかれて、
               散り散りとなり、
伸び続けて虹に交差する濡れ髪の光が流れ
紙一枚にさえぎられる 
淀みは指先でねじを回して    油、乾ききった、
思想の中から 二回転、三回転、軋み続けるだけで

終われない、なにもかも  それでも終わり続ける生
終わり続ける時空    消し去るべきでない
                終わり続ける言葉
覚えていてもいられない       展開する沈黙
引き留めるべきでない    その糸は張られたまま、
いつまでも、 
    そして終わり続けるわたし、一人だけの喝采


車窓の詩

  安部孝作


車窓はいまだ固まらず
七三キロにえぐられる
ぐにゃりぐにゃりと 鐘がなり 
平たく 延び縮みした思いが
頭をぶちつけ 眼より飛ぶ
まどろみからはみ出す黒枝の
茂みの青い光をかきむしる

車窓は細かく毛羽立って
黄色い鉄路のひまつは
綿毛となって風塵と舞い
過ぎゆく景色に垂らされて
朱色の長手が放していく
黙読の、カラリとした声
カラリ カラカラ、懶惰な響き 

強引に 運ばれる絵筆が、こすれ、
繊維の粉末が薄く積もった
透き通る耳が砕け落ち
燦爛とした――
電車の揺れに合わせ
翻る、陽光がつり革を潜り
空いた座席に影を踏む

隣で幼子が視線を流し
純白のゴムが伸びきって切れ
頭の環が気だるげに揺れた
烏のたかる家屋の瓦が
てかてか融けかけ、
蛹が黒々と腫れ上がると
ソーラー発電は頂点を迎える

車窓は私のせいで皹だらけで
小さな色彩環の瞳を浮かべ
赤、視界は占められ、
そこに青、落とされて広がり
一番星が鈴の音立てて消え
次の一番星も殻砕き
泡沫立てて消えさった、

そうして一番星はみな消える
もう現れるものはない
待つ人を裏切る流星は
稜線の架橋を横切って
ぐしゃり一挙に崩落させる
つま先から踏み出した 月影の足元で
地につく私の 膝のはるか彼方で

文学極道

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