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芦野 夕狩 - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


サイテーだって知ってる

  ユーカリ

スーパーにお魚を買いに行く途中に
買い物袋を忘れたことに気づいて
アパートまで取りに戻り
ついでに履歴書に貼る写真も撮ってしまおうって
クリアファイルも持って出かけたら
空が嫌な感じで
さっきまで世界の果てまで快晴です
みたいな感じだったのに
雨が降るのはさよならのせいだね

急遽傘も持たないといけなくなって
窮屈になった身体が
少しだけ雨に濡れたりして
汗と一緒になって
すごく嫌な感じで
それとヒールなんか引っ掛けてきちゃったから
足元も気をつけないといけなくて
下ばかり向いて歩いていたら
排水溝のところで
タバコの吸殻がくるくる回っていて
すごく不健康そうにみえるあぶくが浮かんでもいて
そういう退廃にまた身を委ねてしまうのは
全部あなたのせいにしたくて

買い物も済ませて
履歴書に貼る写真をみると
こんな顔だっけとか
なかなかにありきたりな感想を抱いて
でも急に老けたりしなくてよかったな、とか
不摂生による甚大な被害を免れたことで
まだ自分は誰でもいい誰かに女として
必要とされる未来もあるのかなって思えて
誰でもいいというのはとても気楽だから
雨が止んだのはとてもいいことだと思う

家で一人になるとどうしようもなく空っぽになるから
テレビをつけてどうでもいい言葉を聞く
どうでもよくない言葉から逃げてきたから
そういうの、とても心地よく感じる
すごく無意味で、おやつみたいに栄養がない
誰かを傷つけるよりも
自分を傷つける方が100倍マシだね

3日前に連絡無しでやめたバイトから
しつこく電話がかかってきて
すごくいらいらしてしまうのは
それ以外の電話を待っているからじゃないんだ、って
あなたのこと着信拒否にして
自分が不幸になることに完全なアリバイをつくる

知り合いの男とホテルにいって
セックスもしたし
もう大丈夫
ちゃんと堕ちていけるよ

インターホンがなったからびっくりして
レンズ越しに覗いたら宅配便だった
ダンボールをめちゃくちゃに開いて
そういえば壁掛け時計を買ってたなって思い出した
同じ時間で生きていくんだもんね、とかそういう
正しさに裏付けられた言葉は強いね

そういうの
優しさとか、誠実とか
なんでそんなに簡単に透き通ってしまうかな
もっと人間らしく淀めばいいのに


夏が終わらないこと

  ユーカリ

近くの小学校で行われる夏祭りは
屋台から漏れる橙色の灯りや
人々の喧騒や和太鼓の響きを伴って
私にその存在を示していた
でも私はずっとそれとは反対の
日の沈んだ方の空を見ていた

翌朝、件の小学校に足を向けると
お祭りの残骸がまるっと
セミの死骸のように
グラウンドに転がっていて
それに群がるように
熱気から覚めた人たちが
懸命にその痕跡を消そうとしていた

子供達も若干数いたけど
屋台をたたんだり
櫓を解体するのは男の仕事らしくて
捨てられたゴミを拾い終わると
子供達は日陰で涼んで
最近はやりのゲームとか
そんな他愛のない話をして
みんなまだまだ夏休みが終わらないことを
信じているみたいだった

予想通りあまり若い女性はいなかった
鄙びた土地ではあるけど
私がここにいた頃から、若い女の人が
町内会で頑張っているなんて話
聞いたことなかったし
私のことを知ってる人には絶対に
会いたくなかったから

男の人たちは年齢もまちまちで
みんな汗を流しながら重たいものを持っていて
若い衆、とか呼ばれていそうな人も数人おり
その一人がなんとなく
嵐の櫻井くんに似ている気がして
でもすぐに遠くに行ってしまったから
残念だな、とか
そういう軽薄さが私にとって
今はすごく大事なことのように思えた

夏が終わらないこと
サマーイズエンドレスであるということ
私の浴衣には魔法がかかっていて
たいして可愛くもないのに
おばあちゃんはいつも
べっぴんさんだね、って
言ってくれていたこと

櫓の最後の木材がトラックに載せられ
男の人たちは特に感慨深げでもなく
淡々と帰るべき家に帰って行ったのだろう
先ほどまでグラウンドに転がっていた
お祭りの残骸は跡形もなくなっていて
グラウンドの真ん中に立ってみても
人々の喧騒や和太鼓の響きも
当たり前だけど
何も聞こえなかった


すべてのものに終わりがある、サーカスであろうと夏であろうと

  ユーカリ

 ねえ
ギターのFコードの抑え方知ってるかな
人差し指で全部の弦を抑えないといけないやつ
わたし手がすごくちっこいから
すっごく難しくてさ
すっごく苦労したんだよね、
なんて関係ない話は置いといてさ
たとえば
ギターのFを抑えて
そのまま1フレットずつ
音を高くしていくの
決められたコード進行じゃない
別にマイナーでも
セブンスでもサスフォーでもなんでもいい
そうやって1フレットずつ音を高くしていく
そうやってでたらめに
時に不安げな音の響きも混じって
でもなんとなく前向きな感じで
音を昇り続けたら
空から垂れ下がったほころびの
猫のしっぽのような感触が
頬に触れるような




サイト名:ある日常の。
エントリー名:編み物のほころび
日付:2009.8.29


編む、という言葉は適切ではないのかもしれないね
歴史学者をこじらせてしまったおかけで
サマーセーターのほころびに留まる視線は
よろよろと浮浪者めいた足どりを辿り
あらゆる忘却の境界線をなぞりながら
滑り落ち
床に転がるのだろう
もはや視線とも呼べない
宛先不明の
ちょうど瓶に詰められた
手紙のもつ
哀しみに似ている
編む、というよりもむしろ、ほどくような
そんなこと言っていたらせっかくのカレーが冷めてしまうのに
でもそれも違うような…わからない
問題はせっかくとろとろになるまで煮込んだ
歴史の天使の話、前にもしたかもしれないけど
にんじんを台無しにするような
ベンヤミンという哲学者が「歴史の概念について」という遺稿に記した
あなたのそうやってすぐ考え込んで周りのことまでわからなくなる
あの天使のことをいつも考えてしまう
悪いくせなんだけど、もう諦めた
天使が過去を見ていて
手つかずのお皿にラップをかけたら、まだ冷め切っていなかった
天使は過去を見ているというよりも、過去に敗れ去ったものたちの
白く曇ったお皿をふたつとも冷蔵庫に入れてしまうと
破局、とベンヤミンが表現する
椅子に座り、彼のこと見ているふりをして
瓦礫のように崩れ去ったありさまに目を見開かされている
私は壁に掛けられたサマーセーターを見ていた
天使は進歩という嵐にいまにも吹き飛ばされそうになっている
セーターは最初はもっと爽やかな色だった
僕は今まで国家や権力が綺麗に編んできた歴史が
初めて会った時これを着ていたことなんてもう覚えていないだろうから
ほころんでいるところから全てを始めたいと思っているだけなんだよ
ほころんでも色褪せても捨てられなかったことの無意味さに少し奥歯が痛んだ




サイト名:2ちゃんねる
スレッド名:【☆祝☆】今日から忍術修行始めます【水走り習得】
レス番号:357
日付:2013.9.1


救済ですね
聖書を鞄にしまいながら、女は言った。女はちょうど聖書を仕舞い終えると、祈るかのように両手をテーブルの上で組み、僕を見つめた。僕はその瞬間の出来事をとても上手に思い出すことができる。例えば彼女の頼んだメロンソーダはまるで和式便所みたいな奇妙な形をした容器の中でぶくぶくと泡をたてていたし、僕のアイスコーヒーはその時入れられたガムシロが火砕流のように緩やかに、けれどもアイスコーヒー本人からしてみたら緊急なのかもしれないけど、黒い液体を侵食していく最中だった。窓の外ではスカートを履いた女が通り過ぎていくところだった。或いはスカートから伸びた生白い太腿が通り過ぎただけなのかもしれない。とにかくその薄青いスカートから伸びる生白い太腿の肌理はそれぞれとても丁寧に収まっていて、理科の教科書の細胞の章の最初ページに載っている写真みたいに適切だった。一部分その一つ一つ肌理が崩れているわけではないのだが、およそ120から130あたりの肌理がそれぞれほんのり赤く染まっていて、或いはその脚がさっきまでどこかのベンチに押し付けられていたことが想像できた。ほんのり赤くなった地帯は喫茶店の窓枠を通り過ぎる間にだいたい90くらいまでの肌理に収まっていき、もう少し経てば綺麗に痕も残らないだろう、とそう思った。ただその脚が窓枠から消える瞬間、その肌理の適切な収まりの所々から覗く毛穴が無数の目のような在り方で僕を見ていた。千円札を財布から取り出しテーブルに置き、すみません、とだけ言い残してその脚の行方を追おうとした。救済は、という女の探るような細い声が後ろの方から聞こえてきたのを覚えているが、僕は振り返らずに脚を追って外に出ると、そこには多くの人たちがいて、多くのスカートから伸びた生白い脚があって、さっき僕をまじまじと見つめた太腿を見つけることは叶わなかった。その場で失望の縁に腰掛けるように蹲ると、背後でカラランと音がなり、救済が追いついたことを知った。僕は救済を見つめると、その首元の肌理は所々で適切ではなくなってしまっており、大部分で黒ずんでいたし、いま切った木の切断面みたいにカサカサとしていた。肌理の乾いた大きな黒目は全体として僕を見ていたともいえるが、それは背景の一つとして、まるで肌理の一つ一つを見つめることなく脚そのものを見ているみたいに、阿呆のやり方で眺めていた。ただ補ってあげたいという思いのままに、救済の首元に手を伸ばした。僕の掌の肌理の所々から余分な皮脂が分泌されていたし、救済には明らかに水分が足りなかったから、僕はただ補ってあげたい、という思いだけだった。女はきつく睨みつけたまま、その視線を動かそうとはしなかった。救済は徐々に強く腹あたりを蹴りつけ、僕は鳩尾にはいった一撃に呼吸がうまくできなくなり、地面に崩れ落ち、意識が剥がれていくさなかに、誰かに、何かに救われたかった男の物語を思い出していた。




サイト名:エンジェル日和
エントリー名:さよならを反対から読むとらなよさだよ
日付:2008.8.22


最悪色した あなたのさよなら

わたしは泣き虫色 あなたは玉虫色

What あなたの心の色



夏という季節に 身を横たえる白雪姫

王子様はいつだって 気まぐれなキッスをする

When 優しさに包まれる日



いつまでも待っている oh my summer

波があなたを届けてくれる oh your surfin



だからメイビー届かない思い

ずっと胸に抱いて眠り続ける endless

天使が甘いキッスをしても

あなたじゃなければ目を覚まさない



たくさんの女に許している唇も

わたしにキッスをする時だけは

I believe

月光に濡れて本当の色になる I believe...




サイト名:ひめるのブログ
エントリー名:サマーソフト
日付:2013.9.29


夏の終わりにはサマーソフトを聞くんだ
そう彼女は得意げに言った
英語わかるの
そう聞いたら
なんとなくね
そうしたり顔をする
だったら今ここで同時翻訳してよ
そう困らせてみても
いいよ
そう答えてにこにこしている
じゃあ、と言って携帯でサマーソフトを再生しようとした
彼女は少しだけ待ってといって
心の準備をしたのか
わからないけど
かかってこいよと言わんばかりの笑顔で
いいよ、と言った
再生ボタンを押す
さぁまそー
スティヴィーワンダーを意識した繊細ふうな声で歌いだした
え、翻訳は?
今からするつもりだったの! やり直し!
怒られたからもとに戻してもう一度再生ボタンを押す

さぁまそー
不思議な金魚がー
いつか
バナナになってもー
適当に
やり過ごしてください
朝でーす
みんな起きてください
朝でーす
不思議な金魚をー
迎えに行きます
めっちゃサンシャインですよねー

ちょっと待って今サンシャインってそのまま言ったよね
そう聞くと
だってそうとしか訳せないんだもん
そう嘯いた

僕たちは終わりかけの夏に腰掛けて
意味のない言葉のやり取りで
色んなことをやり過ごそうとしていた
コンビニで買ったアイスが
ベンチの脇に置いたビニール袋の中で溶けていった
そもそもサマーソフトってなに?
そう聞くと
わかんないけど多分なんかもふもふしたものだよ
そう答えた


キッチン

  ユーカリ

親子丼ですね、はい、分かりましたよ。そう言ってしばらくの間なにもできないでいるのは、あなたの帰りが果てしなく遠い出来事のように思われるから、ではなく、わたしの立つキッチンがとてつもない怪物のように、わたしを捕らえしまうことだということを、あなたにはわかっていただこうと、むかし、足掻いたこともありましたね。

言葉足らずで、とてもじゃないけど伝えられることなどできなかった、あのキッチンの孤独というのものを、と思いかけたところで、ふと、親子丼を作るための、あの折れ曲がったスプーンのような鍋の名前を知りたくなり、そうこうしているうちに、鶏肉は解凍されてしまいましたね。

一口大に切り分けたあなたを醤油とみりんで味付けしただけの汁の中に浸すと、そういえば、玉ねぎを忘れていたことを思い出し、あわてて切って入れたものですから、少し指先を切ってしまい、傷口から赤い血が流れていて、けれど痛みはなく、というよりも痛いと思うわたしがいなかったのかもしれない、と思いかけたところで、立ちくらみがして、少しの間リビングのソファーで横になっていることも、また許されるのでしょうか。

いかほどの時間を眠り続けたのでしょうか、多分、ロッキーがエイドリアーン、と叫んで、エイドリアンが応えるまでの時間を1エイドリアンとしたら、249エイドリアンくらいの間ずっと、わたしは、と思いかけたところで、火を消し忘れてはいないか、と、大急ぎでキッチンまで戻る、と、夕暮れ中で抱き合う恋人みたいに、火は消されていて、潮汐に浸された約束の洞窟のように、火は消されていて、遠浅の海に滲む夕日のように、わたしは、消されていて、

コツコツとあなたを半分に割って、白濁した液体が、気狂いじみた黄色を呑み込んでいる、それを、あぶくが飛ぶまでかき混ぜてしまう、と、あとは底の浅い鍋に流し込んでしまうだけであろう、と、思いかけたところで、わたしが、突然泣き出していて、それはどういうことなのか、申し上げます、と、結局、何をやっても長宗我部だし、いつまでたっても蘇我入鹿ですから、そういえば、あなた、むかし、わたしが精液というのは、卵膜を破ろうとするから、同じように、眼球にかけたら、大変なことになりますよ、と警句をお伝えしたことがありましたよね、そうして、わたしの眼球から生まれてきたのが足利尊氏で、いつまでたっても鎌倉幕府が訪れないから、死体、をタカウジと埋めに行きました、もちろんそれは後醍醐天皇の死体にございますよ(もちろんそれは後醍醐天皇の死体にございますよ)

タカウジを幼稚園まで迎えに行き、先ほど作り上げておいた親子丼を食します。海苔はかけます、紅生姜はいりません、タカウジは年のわりに、肢体が大きいので、対面しておりますと少し変な気持ちになることがございます。タカウジがご飯粒を噛みますと、ご飯粒は、0.01エイドリアンのうちにひしゃげ、ぐちゃぐちゃになりますね(cha-cha-chaぐちゃぐちゃと口を開けながらなにかを召し上がることは、たいへんに不躾なことでございますので、およしになってくださいね、と、思いかけたところで、タカウジが、ぐちゃぐちゃとご飯粒を次から次へと潰していくのを見ておりますと少し変な気持ちになることがございます、と、思いかけたところで

サランラップをしておりますと、あなたの睾丸が、あかあかと、はち切れんばかりになっておりますから、握り潰しますと、あとはただ、落ち零れていくだけの夕日でした


2011

  芦野 夕狩(ユーカリ)

教室にはわたしたちの他にだれもおらず、あたしたちもうぺちゃんこだね、というナナエの言葉に、ふかくため息をついたアヤコは、うつむいたまま自分の胸を見続けていて、差し染める西陽が、アヤコの輪郭だけを特別な彫刻のように、かたちづくる限り、わたしたちは誰ひとりとして、その滑稽な誤解を解くことも叶わずに、非行少年が、ふとした瞬間に海を見たくなり、海に誘われるままに、そのかいなに抱かれる、あの、言葉を失った瞬間、みたいな顔で、いつまでも終わらないこの日常の果ての果ての果てを、見届けることなどできないと知っているから、うすく、ひきのばされた薄紅色のゆううつを、滑るように息をしている。

黒板に書かれたたくさんの正しいが、どれ一つとして正しくないのは、わたしたちが、水に歪められたかなしみを、どこまでも掬えずに、とりとめもないふしあわせを、いきつぐ、ように 、酸素の濃度でいきついでいるだけのことだ、と、知った、あの春の、春の、水に浸された結末の、さいごの音がいつまでも鳴り止まない、そんな日常の、yesでもnoでもない、問いかけの解法を見つけ出すことができないから、アヤコのうつくしい輪郭線をたどるようにおちていく西陽のゆくえに、いかなる意味もみいだせないこともまた、

アメリカにも雨は降るんだよ、と、ナナエは黒板の正しいを向きながら言い、わたしたちはアメリカなんか一度も行ったことがなくて、それはナナエも一緒なんだけれども、アメリカにもまた、あの陰惨な時間が流れうることに、どうしようもない驚きを隠しきれずに、アメリカにも雨は降るんだね、と繰り返し囁くことしかできずにいる、アヤコのからだは、もうすっかり痩せてしまっていて、黒板消しを置くところに降り積もった、チョークの粉をずっと見続けているのは、近所にあった、リタリンを違法に処方してくれていた病院が、摘発されたことと、おそらく無関係ではないのだろう。

あたりは夕闇に包まれ、アヤコは暗闇に怯え出し、ナナエはそれを見ないふりをして、そろそろ出勤だから、と言い残すと、かんたんな呪文を唱えて、校舎の鍵を作り出し、それをアヤコに放り、それを受け取り損ねたために、教室に転がる鍵を、アヤコはいつまでも拾おうとしなくて、暫くのあいだ沈黙だけが教室にあふれ、そして、おしころされた嗚咽が沈黙を破り、暗闇のなかで、アヤコの鋭い視線が、戦場で狙撃兵のスコープが光るみたいに、わたしのこと、見ている。


2016

  芦野 夕狩

虹岡さんは昨晩夢の中
ソープランドで若い女性二人を相手に
大立ち回りをしたらしく
別にわたしに言ったわけじゃないんだけど
なんか若いって言葉を
妙に強調したような気がしてならない

そんなことが頭をめぐる車中
尾瀬さんの原稿を取りに行くために
ありえないような細い路地を通らないといけないから
カーブミラーが当たらないように
犬を踏み潰してしまわないように
ありえないくらい慎重に運転したんだけど、さ

尾瀬さんはとりあえずお茶いれましょうか
とか言って
これは烏龍茶なんですけど、白桃烏龍茶と言ってとても香りがいいのよ
とか言いながらいっこうに原稿を渡してくれるそぶりを見せない
まあ、いつものことなんだけど
このババア、ぶっ殺してやろうか
とか
臼井さんは言いそうだな
特にパチンコで負けた次の日の臼井さんは言いそう

その臼井さんに、まあ原稿はいただけませんでしたよ、と
報告したら、笑っていたのでパチンコで勝ったのかもしれない
そもそも尾瀬さんは本当の締め切り知らないから
と言われて、まあそうだよな、と
あの人締め切り過ぎないと書かないからな

仕事が煮詰まって
なんか、まあ
駐輪所の傍にある喫煙スペースに顔を出したら
いつも通り森井くんが思案深げにタバコ吸ってて
ヤッホー
とか言っても
どうも、って言ったきり会話続かないし
まじあのコミュ力でどうやって仕事してんだろ、あいつ
って真里ちゃんが言ってたの思い出した

まあ、でも一応クリエイティブな能力とか
よくわかんないんだけど必要なとこもあるんじゃない?
ってお茶を濁しても
はいはいクリエイティブクリエイティブ
みたいな共通認識芽生えちゃってるから
まあ、なんだ
わたしは君のこと
ちょっと羨ましいとか思うんだよ
みたいな感じ出して喫煙所から退散した

今日も元気にクリエイティブに課長の命令に従いますし
クリエイティブに残業しますよ、そりゃあね
毎日ヤフーのトップページ見て
思いつきで企画丸投げするなんてさすがですよね
とか、金井さんが言ってきて、笑えねえなあ

夕方に窓から眩しいくらいの西日が差し込んでくる
わりと高いビルだから、他の建物でいびつになった地平線も見えるんだけど
それ見て、
うちの業務部に出入りしてる業者にホライゾンってあるじゃん?
製本の機械納めてるところ、あれ、ホライゾンじゃなくてホリゾンらしいよw
とかラインきてたの思い出して
まだ返事書いてないしそもそもどうでもいいなあ
とか思った

今日も帰宅時間10時過ぎるし
この前冗談のつもりでバカ買いした
冷凍食品の在庫が確実に減っていく、なあ
とか思いながら車を運転していると
右も左も目の前さえも紅葉で覆われた道に差し掛かる
まだ点々とついているオフィスの光の中で
もう、あれだ
11月も終わるなあ、とか
思いましたとさ

カーステレオで甲本ヒロトが
僕の右手を知りませんか、って
歌ってんの
知らねえよ、てか、ついてるじゃん
とか思った


ある朝冬の車道にて

  芦野 夕狩

きみは風のみちを歩きながら、あまたの黄昏に出会い、錆びついた鉄骨が剥き出しになった橋のしたで綺麗に身体を折りたたんできた、そう、なんども。緩やかにカーブを続ける国道沿いの小高い丘の上で、新しくなったキンポウゲの匂いをかぎ、雲の流れる先のひかりに目を細くしながら、そう、こうやってカーブを続けることにとてつもない意味を発見したのかもしれない。

今日ではない、いつかの夢の中の予感が草のみちを走るきみの背中にはりついているよ。寄り添っているよ。けれども枯れ枝を踏み潰すことなく、そのしなやかでなくなった曲線をも愛するがごとく、きみは、羽のように吹き遊ぶだろうね。それはきみが生前描けなかった軌道なのかもしれないし、いなくなってしまうときの冷たい硬直に対する柔らかな抗いなのかもしれない。

きみは、今や、かつてそう呼ばれていた名前からの逸脱をさだめられた回転体のようにだだっ広い世界に自らを企投し、雲のみちを跳躍するだろう。そのとききみは、あまねく降り注ぐ慈雨のようには、どうか、成り果ててくれるな。その鋭かった歯で、憎悪や後悔や呪詛や妬みをいつまでも噛みしめていてくれ。

きみの、その、旅路の果てに、幸福な夕食は用意されていない
きみの往く道に神なきことを、祈る
ある朝冬の車道に、その祈りを置き去りにさせてくれ

そしてきみは、いくつもの冷たいアスファルトの道を歩き、冬を歩き続け、季節外れの雪に、冷たさに、包み込まるとき、辿り着いたオレンジに染まる民家の、庭先に植えられたアネモネの、弱い毒に、爽やかに、摘み取られるだろう、その魂をも

文学極道

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