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ペスト - 2015年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


人間もどき

  ペスト

朝、柔らかな羽毛に口付けを
水槽の底で散り散りになった網膜が水を吸う
肺の海が広がる あなたは本の16ページ
錆びた釘が山から降りてくる
窒素はムカデの尾を裂いた
噴水が溶け出す
陽射しは四当分され村々へ運ばれる
勤勉なオウムはこう言った
人間になりたい
背負った鮫を道路の上に寝かせて
ゆっくりと少女は飲み込まれていった
雪が逃げ去っていく
もう中身のない呼吸は閉じられた
汚い手に包まれた手を踏み潰しながら
牛の黒い模様の上だけを歩く蝿がこう言った
僕の血は人間よりも赤い
釣竿の先に吊るされた
太い骨組みの汽車が夜を吐き出す
黒い色素が沈殿し
流電した鶏のトサカが赤く灯る
醜い男の背中に貼り紙を貼ろう
全てお見通しさ
贅肉を皿の上で
煮沸消毒した眼を丁寧に磨きながら
息を潜めて
草の中
辞書の羽が破れてしまった
もう彼は飛べないだろう
石鹸水の中からペニスをもった花が這い出てくる
こんな姿にしてくれて
墓の中
土が口に詰まった哀れな下着
卵の殻が泡を吹いて
風よりも重い視線を
それでもなお病む湖は
蒸発して吸われるだろう
蝶の鎖骨のあたりだとか
クラゲのレントゲン写真から抽出された雌しべのように
頬の溝の上を沈黙が渡っていく
森林を纏う赤血球の振動
瞼の裏に漂う静電気の糸
培養された鉱物の遺伝子
赤と白の間に働く磁力
気管支の不規則な変形
アルカリ性の北極熊が凍ってしまったので
人工の汽車は未だに緑色の涙を流す


引き裂かれる石

  ペスト

煌めく貝は死んだ風景の縞瑪瑙を
その古い葉模様とともに集めた
すると雷雨の大きな粒が落ち
夜の洞窟に響き渡る

しかし変質した石の震えは
明るい荒野の凍った銀を自らに引き寄せる
一つ一つの石は雷雨を含み
その力は潜在的であり変換されている

緩やかに引き裂かれる石の表皮に
水晶を委ねる音の深淵はこの表皮を剥ぎ取り
琺瑯の髪のごとく引き伸ばされたざわめきとともに
大地に帰っていく


  ペスト

腐敗した光の海を何千羽もの鳥が渡っていく
森はやがて溶け出して、染み込んだ地下に深く眠る
吼えるような風が耳の奥で膨らんで、弾力のある青い音色を吐き出してゆく
真っ白な樹液は私の腿をつたって流れ、湖の上には丸い月が広がってゆく
電気は暗い溝の内をのたうちまわって進みながら、蒼白い閃光を宙に浮かべる

墓の下で夜を呼ぶ声

眠りと眠りの間に挟まれた右手を抱きかかえながら街路を駆ける母親の影を、銀塩に浸された呼吸の中へ焼き付けた
赤く光る鳥の眼が下水道の奥で氾濫している
花の匂いを嗅ぎにきた少女はふくらはぎに噛み付いた野犬を引きずっている
雲に隠れる隙を見計らって月は静寂と熱い口付けを交わしている

古本屋の店先に積み上げられた絵本の山の底で、赤い人形の表紙が涙を流したので、黒いインクで書かれた文字を洗い流し、蒸発したおとぎ話が街ゆく人の健康を悪くさせた

感染症で熱にうなされる少女の脇に冷やした魚を挟みながら
彼女の汗を飲みに来る鼠たちをその尾を引っ張って剥がしながら
窓の外で笑いながらこちらを見つめる包丁を持った男の目を手で隠しながら
鳥かごの中で歌をうたう幼い妹の瞳を鳥がつつきながら

星の割れ目に新鮮な血液を流し込んだ
煙の中に散った花弁を拳の中で色が濃くなるまで握りしめた
黒色のうさぎに包帯を巻いて白く染め上げた
聞こえない音の中にかよわく解ける根をゆっくりと張った

自身の重みで震える空を泳ぎながら
沈殿する白血球の死骸の山に
寄生して朝を迎える
錆びついた氷のように
深遠な記憶を飲み込んで膨らんだ
傷のある左眼をもつ
羽のない鯨


夜と星

  ペスト

水の上を渡る星々の
 一生の間に産んだ後悔の数
 口から吐き出された白い指紋
やがて空は明けゆき一人の影が姿を現す

土の中で音が舞う
AとGから映画館の割れる音がする
ガラスの尾をもつクジャクを見た
草の鋭い葉の先で幼い蝶はその一生を振り返る

工業地帯の涙、つまりは赤銅色の雨の正体は
 哺乳瓶の底に沈澱した溶け出した母親の微かな残り
 口から零した白く流れる甘い息
やがて雲は流れゆき一人の心臓が差し出される

森の中では月の見せる幻だけが僕の手の中で震えていた
純粋で汚れを知らない悪魔の子
地中に流れる熱い血潮は
 次第に黒く錆びていった

氷と話した
 今から15分で水の中へ戻ることにしよう
人の話す言葉は僕にはわからないから
 この温度だけを伝えておくれ

闇を掘り返した
 そこでは白骨化した遺伝子が幼い乳房の上を這いずりまわっていた
夜だというのになんと明るいことか
 白い花の中には蝶の羽が浮かんでいる

遠くの星から声が聞こえる
 ひとつの季節の中に発火した電流の叫び声を注ぐのだ
犬の前足から国際司法裁判所を経由して
 私の耳に長い舌が差し込まれた

排水溝に唇をあてがって大きく息を吸うこと
 次にその細い歯の裏に棲みついた蛙を大きな息で膨らませること
 決して空の色は確認しないこと
生まれて間もない鳥の眼に生えた鱗のように柔らかな朝を迎え入れよう

それでもまだ足りないのだ
手のひらにできた湿疹の数が警察官の仕事の数を増やしていく
拳銃よりも重い視線に貫かれて
 道ゆく風船の群れは地上に倒れた

赤い窓ガラスの上を白い鳥は平行に渡っていく
 その途中で卵を産むが
  そちらの方は重力に従って宇宙の組織の中へと分解されていく
冷たい空気が凍らない理由は舌を抜かれた星々だけが知っていた

僕の手が公転軌道上をかき回しているころ
 すっかり血の抜けた脳が弾みよく僕の横を転がっていった
追いかける足をもたない鳥もいたが
 追いかける足をもつ鳥もいた

ガラス片は星をさまよう
 永久に忘れられることのない静寂の中で
一人の人間は豊かな祈りに対して
 その節くれだった手を捧げるのだった

グラスには黒い心臓が注がれた
 それには誰も手を付けない
 それは飲むためにはないのだから
 ではいったい何のために

鳥の羽ばたく理由は
 蝋燭の火の中に記されていた
しかし教会の鐘の音は
 海の底で眠る鳥たちを呼び覚ましはしなかった

石と水が互いに呼び合い、葉の上で交尾をすると
 それを見届けた蟻が慌てて春の訪れを告げた
黄色い血液の中で未だに太陽を思う人間はいまい
 とはいえ森は燃え上がるのだ

吐き出された夜を飲み込め
 真実が風の吹く方へと流れたならば
  透明な眼をした星々のことを思い出すのだ
砂が息づく水たちのように沈黙は虫たちの羽の裏で眠っている

夜明けは未だに噴水の中を循環して回っていた
湾曲した風の上を蛇の吐き出した鱗粉が渡っていく
海との絶交を果たした魚たちはようやく空のもとへと帰るのだ
めいめいが嵐を呼んだ
鋭く尖った星々が最後の歌をうたっている

木の中は安全か?
コウモリの笑い声が聞こえるか?
地を這う女たちの悲鳴は今日と明日の間に一瞬の温もりを見出せるのか?
羽のない空は彼らの声を伝ってどこまで逃げていこうというのか?

若い葉の上で仰向けに寝転がる蝶を見て
 この空は涙を流すのか?

鋭く尖った星々が
 教会の鐘の音のように獰猛な眼をして走っていく
逃げ遅れた水たちは氷のように葉を広げ
 その口元に赤い果実を実らせた

闇だけが僕のちいさな手のひらで震えている
 深い森の奥で誰のためともなく存在する赤い噴水の正体を
  透明な眼をした星々はその風にのせて
   溶け出した蝋燭の根元へと慎重に運ぶのだ


  ペスト

淀んだ眠りは武器を取った
蜜蜂の運ぶ神聖な吐き気の正体を
 皮手袋に包まれた冷たい心臓へ差し出すために
黒い蟻たちの行列が森の外周を覆い囲む
痺れた右腕が戸棚の奥で笑っている

宇宙が寂しがって僕を呼んだ
 広い無菌空間の真ん中で
  破れた人形の脇腹を溶け出した沈黙が塞いでいるというのに
肺炎を患ったドアが小刻みに震えている
母親の乳を吸う小鳥がどうしたのかと尋ねるが
 奥歯のない星は手のひらの上の老人を見つめたまま話そうとしない

まばたきをした回数だけ古い文字は消えていった
 死んだはずの助産師はベルトのないズボンの中で凍っていた
上昇気流の中から白い血液だけを抽出するように
 送電を絶たれた換気扇がコップの底に沈んでいた

もうしばらくで朝が来るだろう
 そう言って引き抜かれた釘はザリガニとコオロギの間で今も挟まっている
牛に引きずられていくオルガンも
 毛虫の涙から作られた消毒液も
  みんなドアのない部屋の中で一人ずつ減る悲鳴の声を聞いている
最後に残った囚人は鶏の夢の中で朝を迎えるのだった

これだけはよく覚えておくようにと言われ、聴かされた鼓動の音も
 今ではもう、ノックの音とさえ聴き分けることができない
花瓶に挿され飾られた空が雨滴の首を絞め殺していった
 開かれた眼を蝋燭の火で炙る無邪気な鳥
ついに吐き出された青色の瞳が
 気泡の群れを掻き分けて海の中へと沈んでいく


  ペスト

人形の燃えた跡に残ったのは白い花
人肌に溶けた窓ガラス越しに
 手を伸ばして灰を掴んだ

拘束された酸素は留置場の底で眠る
 水面とドア
 船からあがった煙
顔のない馬車を鶏は追いかけていく
牛の中では水銀の上に瞳が浮かぶ

四角い炎の中心で果実は剥がれ落ちる海洋を思い出していた
 指紋の泣き叫ぶ声は透明な鏡の上を往復する
羊から溢れ出た小さな視界の粒子
木の葉のように空を舞う冷たい砂の膜の中へ
 クラゲの触手は人差し指の形をした孤独な振動を置き去りにした

僕の心電図が北の夜空へ映し出された頃
 飛べなくなったばかりの星を君の眼はなんと呼ぶだろうか

霧の茂みに隠れ
 血の塊がその汚れた翼を火で洗っていると
  その匂いを嗅ぎつけた鳥たちが地面の中から這い出てくる
解体された木の構造は水道管の奥に詰まっている
地図のもつ甘さに蟻たちは所狭しと群がった

指の上を魚の骨格が泳ぐ
 干からびた溶解炉の心拍数は次々とピアノの鍵盤を飲み込んでいった

赤い線の上だけを渡る蒸気機関車の群れであり
羽の欠けた蝶の体を循環する鳥の胃液の推進力であり
閉ざされた貝殻の内で死を待ちわびる温度でもある
 森林に咲き乱れた唇の間からは
  細菌たちの産声が静かに零れ続けていた

遺伝子工学の上に一匹の蛾が止まる
 黒く酸化した月に産み付けられた卵が割れ
  この星には初めての雨が降った
青い暗闇の中にいて、記憶は私たちの眼差しを歌う


ねずみの尾に口付けを

  ペスト

誰もいない教会の中で
 息を吐く一匹のねずみがいる
蜘蛛の足音に耳を澄ますと
 空には鳥が浮かんでいた

腐乱死体は缶詰めにされて
 森の奥へと出荷される
  全部で96個
   数え間違いがなければの話だが

嵐の中に卵を産み付け
 蝶は涼しげな顔をして去っていった

椅子の背もたれには女の二の腕の皮が使用される
氾濫した鳥のくちばしをひとつずつ摘み上げ
 それを夢遊病患者の長い舌の上へと陳列していくと
  私は決まってこう言うのだった
  「ありがとう。」

重りを吊るしておいたおかげで
 時計の針は常に6時半を刺すように躾けられていた
血の流れに沿って
 魚の背びれは裁断されるだろう
丘の上に放牧される果実の産毛を刈り取りながら
 結露した明かりは徒刑場の中をさまようだろう
溶け出した瞳孔の流れを遮る二本の足の前で
 長い尾の途中に鳥の足跡が芽生えるだろう

犬の胃袋に包まれて街の夜は増殖を始める
磨かれた雲の表面に映し出された傷口は
 黒い蟻たちの行列に縫い合わされて消えた

針金の中心を真っ二つに裂きながら
 僕の指は青い唇を探すだろう
港に一隻の客船が沈んでいるように
 葉の裏側に刺された注射器からは赤ん坊の鳴く声が止まない

雫よりも硬い季節が降り始める
穴のあいた手紙の中を痩せた心臓が駆けていった
白い毛皮の上で眠る蚤たちの甲皮の隙間に
 君は新鮮な唾液を供給し続けている

夕闇の存在は蔦を纏っただけの骸骨に過ぎない
橙色の肺が壁に張り付いているのを見て
 大気は震えあがることだろう
それに耳を澄ますと
 空には欠けた左胸が浮かんでいた


揺れる影──2048=1のための照明

  ペスト

種子は口をひらいた──星を枯れた舌の上に埋め
無防備な砂金の腹の上で──熱線は加速していく
鳥のくちばしの空洞内部から──揮発した鏡に向けて
汚れた足先を見つめていた──花束は白く噛み砕かれる
海水の降り積もった空のように新鮮な──根に繋がれた痙攣を
苦痛を光は味わうだろう──叫びは揺りかごの中へと注いでいる
息を固めた氷の上を──細い溶岩の糸は静かに大気圏に触れ
赤い赤の風が吹く──鼓膜を失った魚は気泡のように弾けていく
鮫の卵巣に閉じ込められた朝日の匂いを耳にする──時計に染みつく錆びた花粉を
炭化した白鳥の涙の茂るその奥で──塗られた視線の伸びた先の
不意に呼ばれたような気がしたので──葉の上に鐘の音の抜け殻が止まる

文学極道

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