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フユナ

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


春彼岸

  フユナ






あたしは幼女になって
あなたに誘拐されたい




ひらひらと
垢ずんでいく赤いスカート




あたしたちは
いつか家のあった
日本海のそばを歩いていく




みなそこにもねやがある

あなたが言い




あたしも
そうだみなそこにもねやがあるわ
と思う






あたしは幼女になって
あなたに誘拐されたい





そして水面に
垢にまみれたスカートを
のこしていきたい
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
  
 


殺伐にいたる病

  フユナ




砂浜になぜか
まるのまま打ち上げられたりんご
いつからあるのか
りんごはなかば透き通っている


食べたらひどくだめそうなのに
僕はそれを舌にのせる
のを逐一 想像する
おいしいようなひどいような
それはつまり
取り返しのつかない味だ
僕たちは
またぐことも
無視することもできない


セロファンを重ねた空の
剥落
ぱらぱらと降りそうな
血が散った
と思ったら風船だった
風船売りが
あわてて空を仰いでいる


放置されたまま
これは砂浜にかえるだろうか
さらさらと
そうだろうか
そうは思えなかった
人が通り過ぎていく
少しのりんごの死臭をまとって
僕たちは
またぐことも無視することもできない

僕は思うのに



たまに気付いた人が
苦笑して目礼していく



今りんごをたべたとして
これ以上追放されうる場所などありはしない
のを
みんな知っている
北の地 北の海 海のむこう
何も容れてないはずの
空き瓶
の中の空の剥落



間違って放った風船を
浜でこどもが受け取っていた

あげるつもりじゃなかったのだと
誰もが言い出せないでいる
 
 


庭の話

  フユナ



何年も
荒れはてていた庭に
野菜の苗が植えられ
植木鉢の
マリーゴールドが置かれた


母と父が水をまいて
コンクリのように
馬車道のように押し固まった土を
いくぶんか、柔らかくさせた


網戸越しに見ていると
それはまだ
スクリーンの薄もやの むこう
上の木々にはまだ混沌が満ちており
小さな弟はまだ
その蜃気楼に気付いてはいまい


どこも悪くなくなった
私と小さな弟は
今度は どこも悪くないことに
冒されまいとも思っている


上の木々にはまだ混沌が満ちており
下には枝豆とミニトマトとマリーゴールド
そして網戸の隙間を
通り抜けてくる 夏の臭気と水音


まだ何も網戸を越してこない
初夏を

私も小さな弟も
もてあまして
祈っている


森の祭

  フユナ



カズラが花をおとし
森に住む蝶が
深々と死にゆこうとする八月
砂地から
こころないひとが訪れる
こころないひとは
分銅の肩を持っており
踏み入ると
腐葉土からは
ムクゲの細かいしぼに似た
小さな小さな蝶たちが
その肩に連綿と留まる
祭が来たのだ。



こころないひとは
ひと呼吸おくと涼やかに
森のこいうたを歌う
分銅のよう
定められた目方どおりにうたごえは
ああ
そのうたごえは
溶解し
蝶は歓喜して微震する
小さな翅が痙攣し
あぶくのような卵をこぼす



蝶たちは
うたを手紙だと信じて
疑わない


祭が終わり
こころないひとが
きびすを返して砂地へ去ると
森の蝶は深々と死にゆく
次の祭では
己の死骸を
こころないひとが躊躇なく
踏みしめることを願って
次の祭を
願って

文学極道

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