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ネン

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


モノクローム

  ネン

目を開けたまま
恋した女の夢を見る
焦げたパンのように
ろくでもない男

飛び降りた拍子に
紐が切れなければ
夢は叶っていた
誰も傷を知らないまま

朝日が注ぐ対岸で
彼らはおいでと呼ぶ
人でない生き物が
魂だけで踊る

致死量の無関心
笑い上戸
虫食いだらけの服を着て
死神と共に行く


死んだ目で食べる

  ネン

寝ないと悪いお化けが来る
服を脱いで足を開けと言う
願いは何でも叶えてくれる
少なくとも口ではそう言う

私も遠い昔に人間だったよ
人を愛したし幸せだったよ
でもとうに死んでしまった
だから今は天使らしいのだ

私も誰かを殺そうとしては
唇を噛んで俯いているので
もういいんじゃないかって
神様が涙を溢す度に洪水さ

憎しみにまみれて見えない
翼なんて要らなかったのに
鳥は鳥だし飛びたいのだと
地の底を舐めては笑ってる


月を撃つ

  ネン

すっかり皮の分厚くなった
男みたいな手でもって
誰かが流した涙の跡を辿る
もう誰にも彼らの言葉を
理解する事は出来ない

飢えた狼の様に這い
草臥れ果てた四肢を擲つ
墓の上に座る天使達
暗喩めいた子どもの笑う
最後の一声が届けばいいが

黄昏ていく世界を
何処から眺める
誰もが分かる嘘を積み重ねて
やがて打ち倒される
この神々の小さな箱庭を

もう終わりだと何度も言った
その度に蕾が開いて
真新しい花を咲かせる
掴めない希望などいらないのに
何よりも鮮やかに


夕星

  ネン

恐怖を笠に着て暴れる村人を
女は一人、女になるまで見ていた
醜さと憎さばかりが増していき
次第に女はこう思うようになった
何者でもいいから愛していたい

捨て子に親は作ってやれない
その擬似的空間を作るのだ
もしかしたらそれは夢うつつ
両親と食べた午後のパンケーキ
故知らぬ懐かしい味に笑う

首を吊ろうとして落っこちたら
喉には細い紐で引き裂かれた傷
「ダイエットしなきゃいけない」
下らない冗談を言ったつもりが
どうも皆が俯いて後を続けない

毎日金星の位置を確かめる
金星でない天体も見ている
月の光がこんなにも眩しいとは
浅い雨に潮風を感じる様になり
赤黒くくすぶる夜空が広がる


サヨナキドリ

  ネン

死ぬ事になったから
俺は幽霊になったから
二度と死ななくていいと
神は冷たく言われたよ
人生を振り返ってみると
恥と後悔しかなかったな
この世を呪っていながら
笑っているのが辛かった
涙の絶えない日溜まり
単なる死体を乗り越えて
新たな草花が芽吹く
世界だけが余りに力強い
とても楽しいジョークを
君に言おうと思ったのに
ちょっと死んでみた所為か
どうしても思い出せない
もっと生きれば良かったか
ピクニックとか遠泳とか
出来た事は一杯あったし
誰かが笑っていてくれた
もう聞こえないその声が
幽霊にはゆかりのない筈が
とても大切だった気がして
行方を春風に尋ねている
誰を愛したかなんて
突き止めたくないのに
鼻の奥でその人から
夜の匂いがするんだ


展翅

  ネン

感じるものだけの世界で
年輪を重ねていく森
柔らかな土の匂いが
耳の聞こえない子を包む
子は初夏の日差しを
掬っては私の口に運ぶ

鈍麻した感情の為に
薬剤で全身を冒している
死体を防腐剤に浸すだけの
やぶ医者しかいない街で
雑踏を啄む片足の鳩
死んでいない、今はまだ

長いこと知らなかった平和が
ある日不意に日常に達して
無暗にチーズを齧りながら
いつから幸せだったのか
果てようとしたのか考える

うつろへといざなう声で
吠える巨躯の哺乳類
人知の及ばない所で
何かの化け物が笑っているのに
天使の羽ばたきは遠い


カーマイン

  ネン

滅ぼせという声がするので
安定剤ばかり飲んでいる
神様の小さなお庭は夜
群れを成した子どもらに
翼の生えた蜥蜴の話をする
笑えない冗談の好きな質で
駄菓子をこよなく愛し
明日も昨日もないまま
僕らの永久に可哀想な主人は
死ぬ時を夢見ている
破壊するには優し過ぎるから
伏し目がちに祝詞を紡ぐ
その消えない焔の為に
愚かなだけの人の子が作る
幾つの暗闇が照らされるのか
生きようとする者に従い
過去を音もなく焼き尽くし
正しいのはいつも自分で
良心の呵責しかない今を認める
狂っているから分かるし
目を閉じれば見えるだけの
柔いキャンドルライトの様な
僕らの独りぼっちの神様

文学極道

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