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シンジロウ - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


お運び女

  シンジロウ


だいたい お運び女というものは
母性本能が肥大しすぎている
あいつらは 一番卑しい職業についている
毎日 街角の喫茶店で男を待ち構えている
腹の減った男どもを!!
自分の母性本能を膨らませ
その母性本能をさらに母性で育てながら

男どもは皆 喫茶店を目指す
腹を空かせて!
腹を空かせた無力な男どもを
お運び女が待ち構えている 喫茶店で!
気をつけろ お運び女が待ち構えているぞ!
母性本能の餌食だぞ!
男どもはただ飯を食いに行くと思っている
お運び女のいる喫茶店へ
腹を空かした男どもの顔は
お運び女の母性本能を刺激する
だめだ!!
あいつらの母性本能を
これ以上肥大させては!!

大盛なぞ頼んではならない
メニューのスミに書かれている
それは ワナだ!!
客に追加の150円を払わせておいて
巧妙に隠してはいるが
それは ワナだ!!
お運び女が
ハヤシライスのライスを大盛に盛るときに
母性本能はこれ以上ないほど刺激される
だから やめろ!!
大盛は頼んではならない
たとえ150円払ってもだ!!

お運び女の母性本能は
じっと待っている
男が腹を空かせてくるのを
イソイソと通ってくるのを
待っている
街の片隅の喫茶店で
雨の日も 風の日も!!


父親

  シンジロウ


お父さん

この街は可笑しいですね
みんな 他人なのに
つとめて他人のふりをしている

ほら 誰かが10円玉を落としても
誰も声をかけない
「落ちましたよ」 と言って拾ってあげても
他人でいられるのにね

お父さん

僕たちは可笑しいですね
他人じゃないのに
他人から始めなければならない

だから

駅での帰りがけに
背中からやっと言えました

「お父さん」


父親

  シンジロウ

お父さん
この街は可笑しいですね
みんな 他人なのに
つとめて他人のふりをしている
ほら 誰かが100円玉を落としても
誰も声をかけない
「落ちましたよ」って拾ってあげても
他人でいられるのにね

お父さん
ぎこちなく話しましたね
あなたの内の僕が僕ではないことを
僕たちは知ってしまいました
それを紛らわすように
あなたはたくさんお金をつかい
僕はお腹が痛くなるほど食べました

お父さん
僕たちは可笑しいですね
他人じゃないのに
つとめて他人じゃないふりをしている
でも あなたが何かを買ってくれても
「ありがとうございます」って
言ってしまいました

お父さん
僕はあなたのことを
想像したことさえなかったのですよ
あなたはそのことを知ってしまいましたね
それをごまかすように
あなたは僕も知らない僕たちの故郷の話をし
僕はくだらない話ばかりをしました

お父さん
あなたが住み慣れていないこの街で
僕は少しづつ僕の生活をしています
食事が終わっても
やっぱり僕たちは他人でした
たぶんこれから先も
僕たちは他人なのでしょうね

お父さん
他人が他人とすれ違うだけのように
僕たちは たぶん
親子になるのには遅すぎるのでしょうね
地下鉄の駅で
あなたはどこかフラフラと歩いていて

お父さん また会うこともあるでしょう
お父さん ぜひまた会いましょう
お父さん また食事でもしましょう
お父さん こんど旅行に行きましょう
お父さん 温泉にでも行きますか?
お父さん 電話しますよ
お父さん 手紙でも下さい
お父さん お元気でいて下さい
だから お父さん
別れ際に背中から
たった一言だけ呼びかけました

「お父さん」


おっちゃんの詩

  シンジロウ


おっちゃんの人生は
大正区のある家で終わった
警察は当初 殺人の疑いを
おばちゃんに持っていた
いや それはただの事務的な手続き
だれも おっちゃんは殺されたんやと
怒ってくれなかった
たとえ事故でも

正直俺も悲しくもなんともなかった
だけどおっちゃん
あんたは女に惚れたことがあったか?
あんたは女に惚れられたことはあったか?
女の本当の媚態を見たか?
女を本気で抱いたか?
たぶんおっちゃんはそのどれも出来なかった
だってシャイだったから
そんなことが出来るほど
おっちゃんは図々しくなかったもんね

おっちゃん
おっちゃんが買ってくれた寿司
旨かった・・・たぶん
おっちゃん
「おっちゃんこんな人間やさかい」って
俺はあのとき おっちゃんが何を言っているのか
わからなかった

なあ おっちゃん
今は俺の胸にちょっとだけ おっちゃんがいる
おっちゃんのせいで
悲しいもんがちょっとだけな


灯台に登って

  シンジロウ


俺とあんたで
灯台に登って話そう
石造りの螺旋階段を登って

きっと
空は青々 日はテラテラ  
崖は黒々 波はザンザン 
カモメが鳴くから 腹ヘッタ

あんたはポルトガル語で喋り
俺はオランダ語で喋る

お互いの国の貨物船が通れば
素っ頓狂にそのデカさを褒める
ニヤニヤしながら
異国であった異国人達みたいに

このぬっぺりとした白い壁にもたれて
俺とあんたは治外法権だから
罪悪のないこの灯台に登って話そう

文学極道

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