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キリン堂

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


宙返りも出来やしない

  キリン堂

歌声に導かれプロペラが回っている

悲しいことの数だけ歌声が溢れだし
微細に振動してる唇に共鳴するのは
なぜだろう、プロペラが勢いを増し
シャツも靴もネクタイも脱ぎ捨てて
三角屋根に跨がって月を跳びこえる

月面では兎が華麗に宙返り、俺はと言えば
zigzag、zigzag、地面に刺さってdigdoug
兎たちは指差して笑ったり泣いたり忙しい

プロペラが回ってる夜は長いから
愛してると殺したいを繰り返して
掘り出した真実を磨き夢をすてる

三角屋根から滑落する戯れの夜たちが
悲しみを絞め殺してしまう前に静止した
プロペラに巻きついたネクタイを締めた


時の抱擁

  キリン堂

静寂が弾けそうに熟れた夕暮れの部屋が
幾度となく満ちて落ちる 針が落下するより
まだ密かで張り詰めた音が暮れに響き渡る

そんな忍び足の音がふいと消えてしまった

いや、それはすでに風化していて
あの数日前に活けられ枯れ始めた
落下を待つ赤い花弁のように

私の思いがその現実に追いつくのを、ただ
待っていたかのように行くべき所に消えたのだ
窓から差し込む夕陽の向こう側へと消えたのだ


遠く何処かで鳴った鐘の音がやって来る
赤い花弁がひとひら残された足跡のように
音もなく落ちて卓上で時間に抱擁されている

水を捨て、花の遺骸を紙に包み、捨てる
私もいつか行こう、あの鐘のなる場所へ
誰もが何処かへ向かって歩いている

家路を、或いは夜の街に酔う千鳥足
風の吹くままの旅路を、夢路をゆく誰か
眼を閉じても見えるのだ、そして昨日の私が
玄関の戸を開けて軋む廊下をやって来る頃合いだ

そろそろ、と

心に外套を着せてもいいだろう

そして鳥打ち帽と猟銃を肩に沈黙を背負い
有象無象の言葉を避けて今日を撃ち明日を待ち
撃ち落とした二月を抱きしめて解体する
三月という名のあなたを待ちながら


いつかまた降り注ぐイヌたちへ

  キリン堂

私の砕かれた骨がもういたみもなく
風に乗ってあの雲の巣をすり抜けて
さらさらといつか雨になり雪になり

空を鳴らしているから傘をさし
空から自分を遮っている、まいにち

あの島にいたころ

宇宙にイヌを観ない日はなかった
打ち上げられていく船に乗せられて
小窓からこちらをみているライカ

彼女は十日後に安楽な死を与えられ
今では手紙に貼られて皆がその名を
知っていてもその死は配達されはしない

私もライカの死体を観たわけではないから
島にいた頃から宇宙を泳ぐイヌを観て
無邪気にライカを羨ましく思っていた

いまでは島から遠い座標で

生きていて家にはテレビもなくて
もう、船が打ち上げられたのかも

私にはよくわからないけど
海外の珍しい野菜を炒めて
よくわからないまま生きている

居眠りをする三時ごろにはライカが
遥か頭上を流れ、ベランダに偲びいる
空にはイヌはいない、涙もないけど

いつか砕かれた私の骨が飛散して

宇宙に届き繰り返し死んでいった
ライカとイヌたちとともに宇宙塵となって
痛みもなく漂うなら私も傘を畳めるだろう


ずっとみている

  キリン堂

捧げられた声が1オクターブ高くても

乾いたシャツが鳩になり時にかえり
飛び去るのなら見送ってやればいい
サイズの大きな靴がすっかり馴染んで
靴ズレのない快適さがとてもさみしい

この街では
知らない人と椅子を分け合い
高階から落下する涙に悲鳴をあげ
不必要になった長靴達は捨てられる
すべての放物線にひかれて、また
吊りあげられていく視線のさきで

ラムネの瓶が 回転している

受け手もいないのにずっと待っています


橋人の唄

  キリン堂

わからないので橋になった
 日が水を背負って
人を背負って歩いていく

ひとは私を上沓、下沓、沓座とよび
その上にかけられた木や土、鉄の上をあるく
家路か旅路か欄干を鳥が遊び歩いて

手を繋ぎ歩くひとびと、馬が繋がれて
牛の背中を追って荷が運ばれていけば
糞が、花が臭い、恋慕のため息が泥む

運ばれていくひとも牛馬もかわりなく
わからない、私と裏腹に彼らはあるく
いずこかへ、私はまた支承とも呼ばれ

やがて排気ガスが臭い
時間が伸びたり縮んだり
町はデコボコ、橋から誰か
飛び降りた落日もあった

ただ背負い続けて溢れるように忘れても

川は遡上する鱗にきらめいて
夜を孤独になく虫の声を聴き
蠢く月たちを見上げて流れる

日が水を背負って
また人を背負って
歩き、つづるのを

背中に
 感じ続けた

幾年も幾年も幾年も

億年の彼方にひとの姿もなく
やがて橋も朽ち後には虫の声
玲瓏と、川の流れに棹差して

支承と呼ばれていたものが川を裂いている
それはもうどこにも行く必要などないのだ


牛になりたいだけ、ただそれだけ

  キリン堂

つむりつむりゆめを踏みしめている
午下り牛は果樹園へと裸足で歩んで

変わりばんこに口をつけ水をやり
過日をひとつ、ひとつつみ、耳を
澄まして草を食んでいる草枕食む

まことに良いお日柄で、と
空は猟師に撃たれて死んだ
果実酒に酔う我ら猿か牛か
牛は午下り消えていくゆめ

果樹園から果実を盗みかけていく
あの猿がいまのわたしであるのだ
つむりつむりあたまをふり裸足で

裸足である事ぐらいしか、牛であった
まったくみえないが猿は、牛であった
つむりつむりあたまふる、牛であった
そんな午下りの牛にあった午であった

酔いも出来ねぇ、猿たちが、礼儀ただしく
午の牛を食べもせずに殺して楽しんでいる

猿でもいい、俺は反芻してぶち撒けてやる

下呂だって朝陽に輝いて、見ろよ
雀たちが啄んでいる、生きるために
戯れに殺す猿たちよ、痩せて死ね

文学極道

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