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エルク - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


今日を、捧ぐ

  エルク

花糸に彩られ
色彩が季節を巡る
ほつれていく
糸を辿って
渡り鳥は
花から 花へ 渡る
あらゆる色素を失った
あらゆる解釈を失った
あらゆる意味を失った
あらゆる構造を失った
そして
春を引き連れ
巡るようにして
光がまわっていた



眩しい、と感じた次の瞬間には消えてしまう、それは夜明け前の夢。少女の幻影。ピルエットの奥行き。壁の半分以上を占める窓の、右端から左端へ根を張るように横切っていた枝の先端は生き続けていた。消し忘れたままのテレビの画面には色とりどりの花が映し出されていて、きっとその根もとには美しい人が眠っていると思っていた。光がまわっていた。目を閉じても、逸らしても、まとわりつくように飛びまわっている。 (ときに旧友、ときに恋人のように。) 骨が色づくのは金属に反応するからだという。骨の量は身長とは関係ないという。湿気で重みを増した葉が落ちてその寿命を終えたとき一滴の朝露が乾いた地面に落ちる。トゥシューズの叫びは無視されて脱ぎ捨てることさえ許されなかった。濡れることのないまま、少女はまわっていた。雨粒の落ちる先は気圧や気温、湿度の中ではじめから決まっているという。それは奇跡だよ、と誰かが言った。奇跡だ、と叫ばれたピルエットで少女はまわっている。世界は少女の遠心力で支えられていた。少女の夢を軸にした周期運動で世界は時間を正確に刻む。少女を歯車にしてまわる世界の構造はトゥシューズの叫びそのものだった。やがて静止してしまうその時まで、少女はまわり続けていた。奇跡が起こり続けている午後の真ん中で、濡れる世界を包むようにして、光がまわっていた。 (ときに美しく、ときに少女のように。)



ふっくらとした (おとといの) 落下 (休眠)
ぬれた     (きのうの) 反映 (感光)
めざめる    (けさの) 回転 (息吹)
霧吹きから
(けさときのうとおとといが)
勢いよく飛び出して
(ひとつになったきょうたちが)
葉先にあつまる
(あすをゆめみたきょうたちが)
次々に
水面へ飛び込んでいく



完璧な、と訳された月曜の午後。日付のない日記。破られた詩集のあとがきでは美しい修飾語で世界が語られていた。読まれることのなかった水辺が穏やかに果てる事象の意味。なんと表現すればいいのだろう。ランタンが灯りを吐き出す。あなたはいないはずなのに。ハミングを、許して。以前にもこんなことがあったような。さよならと、おやすみ、をつたえるわずかの間。光を絞る指。雲の陰影。見知らぬ土地が燃えています。



変色した葉が深く裂け
側面からみた断面
水滴を滲ませる
分厚い心皮
分岐する
多幸感



新葉の背に浮かぶ大小無数の水滴のなか、まどろむ朝陽がゆっくりと目を覚ます。つ、と葉脈に沿って流れるひと粒の水滴が、今朝、そして昨日や一昨日を、取り込みながら勢いを増して垂直に落ちていく。こぞって葉先を目指す朝陽たち。これらはきっと、迎えられることのなかった今日たちなんだ。根から吸い上げられた今日たちが効率よく全身へ送り出されるその途中、道管と師管をよどみなく通り抜けるためのアーキテクチャ、葉の全身へと送り出される出力シュミレート、夜明けが伝達していく、



葉の裏側で、(目覚めて、) ふたたび、(眠る、) 壁の半分以上を占めていた窓の、右端から左端へ、渡り鳥の群れが次々に映り込んでいく、彼らは水滴を避け続ける、事象の意味、燃えるようにして咲く花の下では美しい人が眠っていて、眠っているはずなのに、それをうまく訳せない、完璧な、と訳されていた月曜の午後、読まれることのなかったわずかの間に、いつまでも見知らぬ、見知らぬ水辺が、(燃えています、)


月を仰ぐ

  エルク

まだ湿気を多く含む夜に、薄い膜のような羽は闇夜に溶けこみ身をひそめていた。さきほどまで凪いでいた空。甘い香りを背に乗せたやわらかな風が遥か上空に吹いていた。眉のように伸びた長い二本の触角が今夜の食事のありかを伝えようとわずかに揺れて鼻をくすぐる。ちょっと遠いけど、と囁くような瞳で視線を送れば、長く成長しきる前の触角はうなずく仕草でみじかく二回、上下に揺れて、向かい合った瞳が視線をあわせる。休めた羽をふるわせて、長旅にそなえる深い呼吸。力を込めた柔らかな腹部に赤みが差した直後、最も厚みの薄い雲間から、月明かりを差し込まれた世界は次第に輪郭を思い出していく。夜空に、月が満ちて。



世界の輪郭は甘く立ちあらわれる月夜の静寂。羽を休めて間近に並んだ二羽の蝶が、どこへ遊びにいこうかと羽を揺らして遠くを見ていた。淡い月明かりを受けて羽の模様は本来の色を取り戻す。並んで向かい合う蝶たちは反転しながら夜空に飛び立つ。身を守るための鱗粉を、必要な数だけまとい羽ばたけば、きのうまでは知らなかった月の距離さえ確かめられる。背中の羽には秘密があって、根もとを支えるつけ根から、列をなし枝分かれしていく襞がびっしりと、昼の光を抱えて激しく震える。蓄えた熱を体温に、見上げた角度で飛翔する。背を反らしおおきく弧を描けば、一方の片割れは補うように足りない夜空に弧を描く。もつれながら戯れて、互いに互いを見守るように。夜空に浮かぶふたつの真円。月は重力に惹かれて満ちていく。真夜中を過ぎ、向かい合わせに隣合い、反転していく夜に飛翔する。ゆっくりと欠けはじめるその時刻、二つの月は最も強く惹かれ合う。夜明けは、いまだ遠く。



ほうぼうに散っていく、鱗粉は湿気を含んだひとすじの夜空、列をなし枝分かれして消えていく、やわらかな羽には秘密があって、目線の高さで息をとめ、瞬く間に消えていく、すこしだけ留まる仕草をみせながら、遠ざかる、甘い香りにいざなわれ、帰り道も忘れてしまった、羽をむしれば生きてはいけない、蓄えた熱を体温に、地を這いながら、闇夜を照らし、ただわかるのは月の方角、生まれ変わる間近の魂は、長旅にそなえてちいさくなる、似ている夜空はどこにだって存在するから、いつかは、月の距離も確かめられる、触覚に火をともし、振り払われた鱗分、最も薄い外縁から燃え落ちる、夜、夜が舞いあがり、重力はちいさくなっていく、やがて、青く、落下していく、その途中、背中合わせの前後と左右、双子の蝶が求めたその記号、結ばれた角度を振り払い、淡く、飛翔する、表と裏側、その羽の全身で、重力をかんじている、
その、途中に、



蛾と蝶の違いが何かわかるかい?醜いほうが蛾だというならばそれは区別ではなくて差別だよ。僕ら人間でいったら人種のようなもので、羽の模様は瞳の虹彩。右と左の羽から羽へ、結ぶ谷間のつながった二つのアーチは眉間のかたちで、空をつかんで羽ばたく姿は、ほら、子供たちがかけっこをしているよ。本質的にみな蝶なんだ。完璧な青を湛えるこの子はきっと、遠い遠い海の彼方の国籍で。自力じゃ飛んで帰ることもできやしない。ちょうど故郷を懐かしむ僕の後ろすがたそっくりらしくて、肩甲骨から腰までの青白くてゆるやかな曲線が特に似ているそうなんだ。だから、生まれるはずだった弟がすがたを変えて初めて生まれ落ちてきてくれたんじゃないかって思ってしまうんだ。え、鱗粉が嫌いなのかい?あれは頭から腰にかけてボロボロと落ちる僕らのフケなんだよ。だからどうか、許してくれないか。今日は僕も風呂に入るからさ。青い羽の蝶のため、分厚く積もった鱗粉をしっかりと洗い流すんだ、頭から腰にかけて、しっかりシャンプーするから。どうか無闇に殺さないでほしいんだ。好きになってとは言わないから、さ。



世界は瞬きの数だけその姿を変えていく、
まるで魔法にかかったような星空は、
台詞を忘れた役者のように、
脇役たちとおどけてみせる、
夜明けを嫌い、
照明は踊りつづける、
幕間に、
シャンデリアさながらの、
舞台のすべてに、
帳をおろし、
目蓋をとじる、
幕間を、
今夜という名の演目で、
誰もが羨む、
蝶として、
 
 
 

文学極道

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