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レルン - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


帰途/のようなもの

  レルン

私は帰る
私は帰りたいのだ
洗い物を終えたばかりの
泡たちを眺めて
そう思う
そう思った場所に空港が建つ
泡まみれの手続きを済ませて
私は帰る/帰りたいのだ


離陸するときの
重力が心地よい
窓に貼り付いたフィルムをはがすことを
許されたような気分になる
そして私がお土産を買わない理由は
そこにあって
お土産は重い
重くて
安定している、
安定飛行に入ったら
映画が始まる
緑色のスクリーンに
うつしだされるのどかな戦争、


戦争は知らない所で起きる、
農夫と美しい令嬢が恋に落ちる、
ふたりは夜を重ねかわいい子供をもうける、
彼らは何も知らない、
知らなくていい、
緑色のスクリーンに余計な知識や慣習や経験など必要ない、
空っぽの冷蔵庫にハムをぎゅうぎゅう詰める作業を私はしていた、
吐しゃ物とリトルリーグ用のグラブを払いのける作業、
エンジンのかからない車に乗って、
音楽のかからないスーパーマーケットに行く、
そこでハムを買う、プリマハム、プリマハム、日本ハム!
主演の女優は私の知らない言語で知らないと叫ぶ、
知らない言語で叫ぶ知らない人種とその後ろにひかえる知らないつくりの家と知らない植物たち、
その向こうでひかり、
緑色のスクリーンにうかぶ空白地帯、
またひかり、
空白地帯は大きく広がる、
知らない植物が、
知らない建物が、
知らない人種が、
知らない映画が空白、
スポンジにくっついて離れない泡、
空港に置いてきた笑顔、
そしてスクリーンにうかぶ空白地帯、

私は帰りたいのだ/帰れないのだ。



……着いたら
私は二時間泣いて
散乱させた家具たちに謝罪して
6番線ホームに行く
そこにはいつものように出征する若者がいる
軍歌を歌う彼の家族に
敬礼のようなもので応える彼は
どこ行きの列車に乗るのか
それは知らないが
私はお土産を両手に抱え
緑色の列車を待つ


最後の遊園地

  レルン

最後の遊園地で
ペリカンと遊んだ
ペリカンは規則正しく揺れるだけの
機械、と呼んで差し支えないやつ
冷たい体を震わせて
前へ後ろへ、前へ後ろへ、
よそ行きの服が
ボロボロになって
自分の軋む音以外
何も聞こえなくなるまで

それから
朽ちた自動販売機で
オレンジジュースを買い
店員のいないレストランで
おもちゃ付きのカレーライスを食べれば
雑草の影から
鉄だったものが延々と伸びてゆく
笑い声のない
魔法の国
埋まったままの呼吸たちのせいで
少し風が強い、
分かれ道を
ずっと左へ行く
係員が笑顔で
ぬいぐるみを着こなしている


最後の遊園地は
優しい人が自殺するシーンからはじまる
スクリーンが血で染まり
夕陽の訪れを知る
ロケットの形をした乗り物が
永遠に回転をつづけ
振り落とされてしまった子供たちは
大人になってしまう
誰かの悲鳴と
ぬいぐるみの背中の真実
そしてレストハウスの
ぬるいレモネード、
錆びついた鉄の曲線、
エントランスゲートの脇に
そっと置かれた白い花を密封すれば
夜には蛍になるはずだったのに
夜は来ない
来ないまま
夜をこえてしまった


ペリカンの軋む音が
錆と雑草の鼓動を消す
無音
ひかりの波が
ざわめきをやめた路面ではじける


Save Our Balloons

  レルン

窓の外
砂漠からの強い風のせいで
体調を崩してしまった
38度5分
熱は首の後ろで
風船のように膨らんでゆくので
そのままベッドに沈み
そして
壁に追われる夢を見た


目が覚めると
女が台所でお粥をつくっている
鍋からは中性洗剤のにおいがする
女はそこに刻んだネギを入れる
ネギと金属熱がからまる音で
部屋の壁が規則的に波打っている

女はまたネギを刻み、そして入れる
寸分違わぬリズムで刻み、そして入れる
鍋がネギで溢れだすころには
ネギは牛乳パックに変わり
牛乳パックは菜箸に変わる
刻む音
入れる音
刻む音
首にからまった熱が
それらの音を都合良く変換する
モールス信号
Save Our Souls



女と出会ったのは数年前のことで
大道芸の真似ごとをしていた俺に
あなたは才能がある、と言って抱きついてきた
俺は風船で鼠をつくって渡し
長いことキスをした
それ以来俺たちは一緒にいる
何の才能なのかは二人とも知らない

女は刻むものを探している
俺は熱でぼやけている




ふと思い立って
首の風船を割ってみた
乾いた音をたててベッドが傾いた
ちょうどTVでは
初雪を告げるニュースが終わり
白い壁に
風船の残骸が貼り付いて取れない
女はついに自分の指を刻み始める
リズムは乱れない
俺は起き上がり
風船の入った箱をを棚からひっぱり出す
熱のせいで
棚を見失いそうになりながら

プラスチックの箱を開け
灰色に光る風船を握りしめてベッドに戻り
また昔のように
鼠をつくろうとするが
痛みと衰弱で息が続かず
なかなか風船は膨らまない
女の指がすり減る音を受けとめ
少しずつ
少しずつ
リズムを刻みながら
息を




モールス信号
二重奏
Save Our Souls
Save Our Souls
Saveとは
Ourとは
Soulsとは何なのか
知ることもないまま
初雪を告げるニュースは
いつまでも終わりつづける



台所の床は
肉や野菜や不定色の液体に塗れている
雑多な砂漠の中央で女は
刻むものを失い呆けている
その横を
不細工な鼠が通り抜け
玄関のドアにぶつかり破裂した
乾いた音をたてて
二人は傾いた

文学極道

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