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リリィ - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


魚骨

  リリィ

魚の骨を父のように綺麗に取りたいと思っていた。
親指と人差し指と中指。
その箸使いで半分にぱっくりと割れる、脂ののった白い身。
乳色の光の下、私の手は油と黒く割れた尾で汚れ、母が隣りで汚くほぐしていた。

持ち方が不器用で、中指で上の箸を動かしていた。
カチャンカチャンと箸が交じる。
父はそれを見ながら、お前の頃にはグーで持っていたと話した。
中指と親指で割れた尾を砕いた。べとついたそれで髪を梳かした。

鈴虫の耳鳴り、車の過ぎる音、酔っ払いの鼻歌、隣りの部屋で母が泣いた。
パイナップルの缶を開ける。
グコ、グコ、グコ。
シロップをすする。
「ねえ怒る?怒る?」
甘い匂い。
指を舐めたら苦かった。

いつか父の骨を抜ければと思う。
黄色の輪を掴む。白い線がないのが好ましい。
噛むと繊維が歯に詰まる。
中指が長いのは父親ゆずりだろうか。
頭が痒い。
枕元に羽虫が付いていた。

夢を見た。空中をさまよって紐を引く。
壁に目をやると3時を過ぎていた。
知らないふりをしていたが、
股が濡れている。
甘い匂い。
母の匂い。
頬が熱い。
指をしゃぶる。

先程から母が味噌汁を作っている。
出汁は取れているだろうか。
昨日捻った煮干しの頭を思い出す。
遠くで雷鳴。近くで天気予報。枯れた朝顔の絡まる簾越し。
私は箸をグーで持ち、背骨の横に溝を入れた。
かふぅ
あさりの開く音がした。


追憶

  リリィ

夏のなごりのサンダルを、乾いた裸足につっかけて
猫を追いかける心地で、100円ショップに向かいます
もうすぐ空が一回りする気配が、揺れながら通り過ぎた自転車のおじさんや、しみのついた焼きそば屋のラジオ、遠い向こうのたなびく煙突からしましたが
坂道を軽々と、徒歩3分で着きました

紙コップ。105円。

急いで走って母の裁縫箱を化粧台の下から引っ張りだします
テカテカのビニールを千切って固い底に糸を通すと、左の窓から赤と紫の段々雲が光ります
つないだ紙コップを、一つは床に、一つは口許に押し当てて、低く息を吸いました

「もしもし、聞こえますか」

じいちゃんには右手の中指から小指がありません
一つは私が生まれる前から、あとのものはしばらく包帯に巻かれていました
それが解かれたころの、紫の黄色の丸い皮膚がとても美しく、じいちゃんは心臓よりも高く手を挙げるのでした
その手は不器用にパンにジャムを塗りますが、車のハンドルを回す手のひらは固く逞しく緩やかでした
目は白内障の膜が張り、マイルドセブンのヤニが前歯を黒く溶かします
風呂掃除の仕事を辞めたころ、脹れた腹が気になるようでしきりにメタポメタポと、じいちゃんメタボだよ、そのメタポだ、と繰り返していました
そして堅くなった鼓膜で水戸黄門を見だすと、私は隣りでセロハンのゼリーを一つ開くのです

紙コップを手放すと、階下から母の呼ぶ声が聞こえます
古いカーテンを閉め、あともうすぐの一番星を思いながら、煮物の匂いのする方へ向かいました


流星

  リリィ

80デニールのタイツに
かすめる風は冷たくて
ガーゼのマスクが鼻を濡らす
少しかゆくて、赤いのはわかっていた

ここでは砂が崩れないから
消えない足跡を追う

しし座流星群を見逃していた
「冬だからまだそこらへんで星が流れるよ」
父の言葉を信じられるほど星を見たことがなかった

富士山のふもと
牛の臭いの道路は
空よりも暗闇だった
月から30cmの星がまたたき
そして流れなかった

帰り際、扇形の街を見る
そこに吹く風を感じられず
頭上で星が燃えているだろうから
いま、そこに帰る

足跡が並ぶ
黒ずむ葉が凍り
私のあとを
雪が降る

しんしんと
しんしんと

文学極道

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