魚の骨を父のように綺麗に取りたいと思っていた。
親指と人差し指と中指。
その箸使いで半分にぱっくりと割れる、脂ののった白い身。
乳色の光の下、私の手は油と黒く割れた尾で汚れ、母が隣りで汚くほぐしていた。
持ち方が不器用で、中指で上の箸を動かしていた。
カチャンカチャンと箸が交じる。
父はそれを見ながら、お前の頃にはグーで持っていたと話した。
中指と親指で割れた尾を砕いた。べとついたそれで髪を梳かした。
鈴虫の耳鳴り、車の過ぎる音、酔っ払いの鼻歌、隣りの部屋で母が泣いた。
パイナップルの缶を開ける。
グコ、グコ、グコ。
シロップをすする。
「ねえ怒る?怒る?」
甘い匂い。
指を舐めたら苦かった。
いつか父の骨を抜ければと思う。
黄色の輪を掴む。白い線がないのが好ましい。
噛むと繊維が歯に詰まる。
中指が長いのは父親ゆずりだろうか。
頭が痒い。
枕元に羽虫が付いていた。
夢を見た。空中をさまよって紐を引く。
壁に目をやると3時を過ぎていた。
知らないふりをしていたが、
股が濡れている。
甘い匂い。
母の匂い。
頬が熱い。
指をしゃぶる。
先程から母が味噌汁を作っている。
出汁は取れているだろうか。
昨日捻った煮干しの頭を思い出す。
遠くで雷鳴。近くで天気予報。枯れた朝顔の絡まる簾越し。
私は箸をグーで持ち、背骨の横に溝を入れた。
かふぅ
あさりの開く音がした。
最新情報
リリィ - 2009年分
魚骨
追憶
夏のなごりのサンダルを、乾いた裸足につっかけて
猫を追いかける心地で、100円ショップに向かいます
もうすぐ空が一回りする気配が、揺れながら通り過ぎた自転車のおじさんや、しみのついた焼きそば屋のラジオ、遠い向こうのたなびく煙突からしましたが
坂道を軽々と、徒歩3分で着きました
紙コップ。105円。
急いで走って母の裁縫箱を化粧台の下から引っ張りだします
テカテカのビニールを千切って固い底に糸を通すと、左の窓から赤と紫の段々雲が光ります
つないだ紙コップを、一つは床に、一つは口許に押し当てて、低く息を吸いました
「もしもし、聞こえますか」
じいちゃんには右手の中指から小指がありません
一つは私が生まれる前から、あとのものはしばらく包帯に巻かれていました
それが解かれたころの、紫の黄色の丸い皮膚がとても美しく、じいちゃんは心臓よりも高く手を挙げるのでした
その手は不器用にパンにジャムを塗りますが、車のハンドルを回す手のひらは固く逞しく緩やかでした
目は白内障の膜が張り、マイルドセブンのヤニが前歯を黒く溶かします
風呂掃除の仕事を辞めたころ、脹れた腹が気になるようでしきりにメタポメタポと、じいちゃんメタボだよ、そのメタポだ、と繰り返していました
そして堅くなった鼓膜で水戸黄門を見だすと、私は隣りでセロハンのゼリーを一つ開くのです
紙コップを手放すと、階下から母の呼ぶ声が聞こえます
古いカーテンを閉め、あともうすぐの一番星を思いながら、煮物の匂いのする方へ向かいました
流星
80デニールのタイツに
かすめる風は冷たくて
ガーゼのマスクが鼻を濡らす
少しかゆくて、赤いのはわかっていた
ここでは砂が崩れないから
消えない足跡を追う
しし座流星群を見逃していた
「冬だからまだそこらへんで星が流れるよ」
父の言葉を信じられるほど星を見たことがなかった
富士山のふもと
牛の臭いの道路は
空よりも暗闇だった
月から30cmの星がまたたき
そして流れなかった
帰り際、扇形の街を見る
そこに吹く風を感じられず
頭上で星が燃えているだろうから
いま、そこに帰る
足跡が並ぶ
黒ずむ葉が凍り
私のあとを
雪が降る
しんしんと
しんしんと