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るるる

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

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big america

  るるる

 Day after day I was waitin' to be baked
 I always tried to run away and hide
 One morning I said, "I want to be free"
 I left the butcher Shop and went to the south

夜勤明け、マクドナルドの店先にあるベンチのド真ん中には今日もあの不気味なピエロ、ドナルド・マクドナルドがふんぞり返って、何が面白いのかしきりにニヤついている。よお、いらっしゃい。俺の店へようこそ。冴えないツラだな。どうせクソつまんねーことで悩んでんだろ? ウジウジしてねーでビッグマックでも食えよ。ちょっとガキとババアのうるさい時間だけど、まあゆっくりしていってくれよな。アイムラビニット。彼は得意のドナルドスマイルを僕に見せつけながら、自信たっぷりにそう言った。そういえば小腹も空いてきた頃だった。いつだって権力と誘惑には逆らわない僕は素直にレジカウンターに向かい、ビッグマックセットを注文する。ビッグマックセットがおひとつですね。ああ。セットのお飲み物をこの中からお選びください。コーラで。かしこまりました。ご一緒に牛はいかがですか? なんだって? ソバカスだらけのティーンエイジャーがポニーテールを揺らしながら、僕の目をじっと見つめてもう一度言った。ご一緒に牛はいかがですか?ビーフ100%ですよ。僕は仕方なくビッグ・マックセットといっしょに牛を一頭注文すると、窓際の席に腰を下ろして一息ついた。モー(お前も大変だね)。モー(俺もさ、一家を養うためにこうして身売りまでして)、モー(遠い異国の地で誰にも看取られずに)、モー(みじめな一生を終えるってわけ)。モー(いまや時代はオートメーションさ)。モー(親方は職人気質の不器用な男でね)、モー(自分の祖父が起こした小さな精肉工場が)、モー(たった一つの誇りだったよ)。ふうん、そっか。僕は窓の外を眺めながら生返事をした。モー(ハッパどう?)。いらねーよ。どうせ反芻したやつだろ? 僕は目も合わせずに断る。だいたい何だってピエロだの初対面の牛だのに人生を心配されなきゃならないんだ? 地下鉄とモノレールの区別もつかないような街で、蜂の巣みたいな集合住宅の窓の一つ一つに、朝っぱらからハード・コア・ポルノだのスナッフ・フィルムだのレクイエム・フォー・ドリームだのと、そりゃ逃げ出したくもなるわな。僕はトップレスの子守の首を切り落としながら考える。僕もいつか、子供を悲しませるような大人になるのかな。みんなずっと子供のまま、ブラウン管の火星人やフランケンシュタインの怪物を見ながら、ペプシ片手にポップコーンを食べていればいい。その頃はまだエイズなんて言葉も知らなくて、ピンク色のセロハンを電球に貼り付けた部屋で、ごまかしたカラーと快楽を貪っていた。早く来い、早く! そこの壁をぶち破って俺の心臓を抉り出しにこい! 何度も何度もそう願いながら。目覚めれば暗い部屋で味のないシリアルを食べ、週末には贅沢をしてケロッグを買う。角のマーケットでアイスクリームを買いながら「市場」という言葉を閃いて吐くくらい笑ったり、駐車場のキャデラックのフロントガラスが何日“もつ”かで賭けをしたり、刺激のない人生に変化がほしくなっても、せいぜいキリストをおかずにヌくくらいしかできない。変化なんてあるはずもない、いたって平凡な毎日。ハイ! 僕の名前はジョン・ウェイン・ゲイシー。ケンタッキー・フライドチキンの厨房で従業員を犯すのは最高にハイな気分さ。あいつら俺の嫁とヤっていいぜ、って言ったら簡単にケツを差し出しやがる。いい子だね。後で好きな色の風船をあげようね。そういえばホーム・パーティーやカーニバル、アイスクリーム・ワゴン、どこにでもピエロはいた。やつらのあのクソ鬱陶しい白塗りの顔、あれは本物の笑顔じゃない。やつらはもう二度と自分では笑えないからこそ、ピエロになるしかなかったのだ。モー(ポテト冷めるぞ)。ああ、そうだな。僕はポテトをコーラで流し込みながら、ピエロも悪くないと思い始めていた。なあ、お前ビッグマック食うか? モー(もらうよ)。彼は器用に紙箱のふたを押し開けると、中身をぺろりと平らげてしまった。モー(いまならもう分かるよ)、モー(親方がああなった理由)。僕にも分かるよ。つまりオートメーションだろ? なにもかも、全ては神の意思なんかじゃない。だって神は一人で何でもできるんだからな。あいつはビッグマックなんて食わないし、ベンチのピエロと会話したりもしないだろうな。きっと変化がほしかったんだ。なにかしらの。モー(アメリカ流の企業経営が)、モー(君の国でも主流になると同時に)、モー(職人を育てるという当たり前の概念が)、モー(失われて、断絶をもたらしたんだよ)。そうだ、断絶だ。僕は考える。僕だって好きでこんなになったわけじゃない。お前だって、アスファルトに覆われたこの都会の中心でわずかばかりの牧草に出会えれば、好き好んでビーフ100%パティを食ったりしないだろ? 僕たちはみな狩猟をして、獲物の皮をはぎ、肉をそぎ、骨を削って、日々の暮らしの糧としてきた。それが今じゃあ全てがブラックボックスの中じゃないか。モー(衛生的に管理された環境で)、モー(細分化された行程は)、モー(屠殺という言葉を非日常に追いやり)、モー(君たちは動物から望んで断絶したのさ)。そうだ。その通りだ。僕は考える。牛たちはみな、ただ自然に帰りたかったのだ。狭苦しい小屋を抜け出してだだっ広い大空の下、混ぜ物のない新鮮なクサを食いたいだけ食ってのんびり暮らしたかった。だから愛するパパやママにさよならのキスもせずに窓から抜け出して、オープンカーでハイウェイを南へと走ったのさ。そこに自由があるって知ってたから。モー(でも、現実は)、モー(そんなに甘くはなかったんだ)。モー(満タンのガソリンはいつか底をつき)、モー(見渡す限りの荒野のど真ん中で)、モー(食うものも底をつき)、モー(クソド田舎の寂れたスタンドで僕たちは)、モー(キツい一発をガツンと食らわされる)。モー(やつらは馬鹿で無知な田舎者だけど)、モー(生まれながらのカウボーイさ)。ガソリンスタンドには薄汚い小屋があって、蝿のたかるショーケースには腐った肉が並べられている。やあ、分厚いのを食っていくかい? 口の中でトロけるようだぜ! いまだってもうトロけてやがるんだ! 嫌悪感を催す薄汚いクズに僕たちは愛想笑いを浮かべながら煮詰まったコーヒーを飲み、なんとか給油を済ませる。それを窓からピエロが見ている。おやすみ、いい夢を。ファック! 意識が遠のく。僕たちはどうせどこにも逃げられやしない。見てみろ! 目覚めた僕の背中に深々と突き刺さったフックを。気がつけば誰も彼もがチェーンで吊るされて壁の中、銀色のテーブルに横たえられて解体される順番を待っている。幕が下りれば役者達は衣装を脱ぎ、もとのユニフォームにそそくさと着替え始める。ガソリンスタンドの店員も、粗暴な酔っ払いも、ハイウェイパトロールも、保安官も、コンボイの運転手も、みんなグルだった。どいつもこいつもマクドナルドの社員だった! 僕たちの目の前に音もなく止まる一台のリムジン。そこから出てきたのは、あのクソピエロ野郎、ドナルド・マクドナルドだ。よお、どうだい。自由への脱出は楽しかったか? ニヤニヤ笑いを浮かべながらやつは言った。どうだ? 俺は笑えないか? 笑えないジョークだね。笑わない俺は動物か? モー(どうかな)、モー(牛だって笑うよ)。モー(たまにはね)。そう言って彼はニッと歯をむき出して僕に見せた。いよいよクライマックスだ。僕はドナルド・マクドナルドの精神を噛み締めながら、コーラを一口すする。血のしたたるようなジューシーさとは程遠い、乾いたスポンジみたいな特製パティがコーラで戻り、芳醇な味わいを醸し出す。モー(サンキュー)、そしてグッバイ。僕は精一杯の笑顔を作り、彼にナイフを突き刺した。モー、モー、モー。僕にはもう彼が何言っているか、ただのひとつも分からなかった。初めての解体は不器用で危なっかしかったけど、きっとすぐに慣れるだろう。それより生き物の身体にはこんなにもたくさんの血が詰まってるなんて、君は知ってた? 世界のありとあらゆるものが真っ赤になるような錯覚をしそうだ。おい、お前らもみんな来いよ! スポンジみたいな牛を食って脳みそスポンジボブになろうぜ! lol! xD 僕はたぶん思い切り笑って笑って笑って笑って刺して刺して刺して刺した。もうどうしようもないところまで来ているのは分かっていたけど、僕はとても楽しくて、楽しくて、楽しくて、本当に楽しくて仕方がなかった。僕たちはこのとき、このたったひとつの行為においてのみ、断絶されない世界のすべてだった。彼と僕の関係をとことんまでシンプルにする崇高な行為、肉食。それは魂の同化であり、動物への回帰だ。断言したい。今、僕はまぎれもなく生きている。もちろんお前も生きてるし、お前も、お前も、お前も、お前も、お前も、お前も、お前も生きてる! ハレルヤ! 僕は間もなくここで死に、ここで新たに生まれるだろう。誰も言わないなら僕が代わりに言ってやる。ありがとうございました! 帰り際、僕はまだニヤニヤしているドナルド・マクドナルドの口元に手のひらの血をべっとりと塗りつけて、ぺロリ! これはバーベキューソース! ってなんでやねん。でも、お前によく似合うよ。

 I'm just a beef - This is my fate
 A little burnt beef, ready for the plate
 This hungry man wants something to munch
 Big America, I'm so tasty - I will be his lunch



  ※ 英詩部分は「SWIM, TAIYAKI-KUN !」(Ronnie Rucker)から引用・翻案。

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