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りす - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


地蜘蛛

  りす

子供のように
子供の真似をして
尖らせた唇の頂に
春をのせて歩く
咥え煙草の灰が
落ちるのをためらうほど
見晴らしがいい
此処では

縦書きの縊死 
横書きの寝返り 
今日も何か書こうとする手の日陰に
一匹の地蜘蛛が生まれる

 これが地蜘蛛だよ。
 字蜘蛛?
 そう、地蜘蛛。
 地中に細長い袋を編んで
 獲物を待ってるんだ。
 待ち伏せ?
 そう、待ち伏せ。

春は一瞬の集合だから
絶えず何かが落ち続ける
湿った若葉を路肩に探り 
鼻を潤す野良犬
その澄んだ眼が捉える 
開かずの踏切でじっと待つ 
人々の骨格
その灰白の林へと
字蜘蛛は滑り込んでいく

背骨をそっと這いのぼる 素早く  
あるかないかの溝に脚をかけ 
そろそろと肋を巡る
頚椎の中庭で蜘蛛は考える
何が姿勢を支えて
人は倒れないで
何かを待てるのだろう
胸骨に巣を仕掛け
字蜘蛛は待ち伏せる
遠くで聞こえる警笛よりも
骨の軋みは騒々しい

新緑が陽に透けるように
人も明るく透ける
野良犬は目を細めるが
嗅ぎつけたものにしか
興味がない 
鼻が承認したものだけを
舐め尽くす
きょう見えたものは
あしたには見えない

野良とは
そのへんにいる
という意味ではない

書くことと書かないことの
わずかな隙間を押し拡げ
光と見まがう闇の中へ
縄を一本垂らす
だらりと 
わざと
だらり、と
鳴るような手つきで

見晴らしという言葉を捨てる
身軽になるために
暗い裂け目へ降りていく
ここは字蜘蛛の故郷

この縄は
字蜘蛛が吐き出して撚った
意図だろうか

 罠にはまるとどうなるの?
 ムシャムシャ。
 食べられちゃう?
 そう、ごちそうさま。

野良犬とは
気がつくといない
イヌのことである


ピーマンの午睡

  りす


膨らみの
ほとんどが空洞であり
貧しい綿に巻かれ
眠るだけの空間がある
たえず青臭い思想に囲まれ
翠緑を振りあげても朝は
壁ごしに完成するだけだ

両の乳房を持ち上げる
持ち上げる
と思わなければ
計量できない幸福がある
いつしか重さの欠けた胸に
誰のものとも知れない欲望で接触し
耳を 傾けるようになった

調べるのが好きな あなた
右でも左でも
どちらでも好きなほうを
裂いていいのよ


ファルス
挽いた肉を詰め込まれた
無口な少年が食卓に並ぶ
どこをくぐり抜けて来たのか
油っぽい頭脳を光らせ 
青い胴体を割ってみせて
ここが家庭ですか、と
火の通った内部で笑う

ナイフとフォーク
を握って
いずまいを正す君に
肉食獣の明るい孤独が
つかみかかるとしても
習い覚えたテーブルマナーが
君の暮らしを守ってくれる

チッと音を立てて
ナイフと皿が出会うたびに
君は頬を紅潮させて
ファルスを口に運ぶ
冷めないうちそれを
君の乳房に運ぶのが
僕の仕事なのだ
弱肉をいつまでも
生かし続ける喜劇のために


ピーマン
チラシに載ってた 
バラ売りの
ピーマン
安いヤツでいいの
ピーマン


なにかを探すとき
その名前を繰りかえし呟いて
引き寄せる手応えに
飽いてはいけない


膨らみの
ほとんどが夢であり
夢を掴み出すと鋭い苦味が
こめかみを走るだろう
綿を剥ぎとると寒さで
目が覚めるだろう

平台に高く積まれたピーマンの
崩れそうで崩れない斜面を
僕は 遠巻きに見ていた


隣人の空似

  りす

胸のうちに 捕虜が一人
背中を丸めている
蜂蜜色の肌
舐め甲斐のあるくびれ
解像度の高い汗で濡れた
僕たちの黄色い道具

瓶詰めの戦争が
窓際に並んでいる
鉢植えの華奢なハーブの隣で
戦争は死んでいる
透明な保存液のなかに
午後の最後の光が溶けて
僕たちの遺伝子が燃えている

散々殴られたあと
赤く腫れ染まった皮膚を
まだ黄色いと 恥じている
美しい捕虜の背中に
一枚の地図が浮かぶ
殴れば殴るほど
鮮やかに発色する国境線に
僕たちは嫉妬し
狂った眼を借りてきて

捕虜を打つ、
捕虜を打つ、
捕虜を打つ、

低いベッドから
這いおりたり
這いのぼったり
逃げ惑う捕虜の緩慢で規則正しい動きだけが
戦闘がないこの胸に時間の観念を呼び込んで
捕虜が生まれながら捕虜であり囚われであり
逃げる場所も記憶も痛みもないことに安堵し
空腹が訪れる
幸福な日々を
僕たちは喜ぶ
地図はいらない
空想と現実の
合い挽きは食べられない

捕虜には労働をさせよ!
僕たちの延命のために

等身大の穴を 千個掘らせよ!
千回死んで 千回生き返るために

そして
千回目のゾンビを
僕と名づけよう

僕の目の前には
掘り出した豊富な土がある
これで僕の土像を作ろう!
千体の夥しい 僕を作ろう!
僕の王国の建設
僕らしい軍備を整え
僕らしい戦争をする
僕の名を冠したミサイルが
国境線を越えていく


呑み込めなかった肉を
皿の中央に戻す日
肉はゆっくりと立ち上がり
皿の平野を歩き始める
ハーブの茂みをよけて
肉汁の沼を迂回する
地図を片手に
ナイフの橋を慎重に渡ると
肉は
皿の果てまで
辿りついてしまった

どこかで見たような顔だ、と
フォークが肉を突き刺す


衣替え

  りす

夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく
こんなに狭いすきまを
つくった人の気が知れない

左手は夏に触れ
右手は秋に触り
温度差があれば
気はどこまでもうつろう
人はどちらかに傾いて
重さを小水のように漏らす

体をあずけるのなら夏
信用のおける夏がいいと
耳打ちした人は戻らない
脱ぎ捨てた衣服を跨いで
行ってしまったきり
固い夏の格子が
がらんがらんと落ちる

くるぶしの高さまで
過去は来ている
歩くと小さな渦が生まれ
渦のひとつは口になり
渦のひとつは耳になり
足元で問わず語りをひそひそと

 記憶のしっぽに化かされて
 肥溜に落ちた愚かもんがぁ
 糞尿に溺れながら改心してさね
 記憶のしっぽにつかまってぇ
 命からがら助かるっちゅうね

改心したのは記憶のほう
助かったのは記憶のほう
そう言いかけた渦が
大きな渦に飲まれて
くるくると死んだ

愚かもんが
夏の首を絞め上げる
いらないものを
吐かせようか
いらないものを
吐かせまいか
愚かもんの両手
両手の愚かもん

いまはむかしの前で
むかしはいまの後ろで
燃え尽きる
燃え尽きている
点々と
点々と
汗のように
血のように
脱ぎ散らかした衣服を
拾い集めながら身に付け
他人の匂いに袖を通す

焼け爛れた足首から
くるぶしが
胡桃のようにころんと
転がって坂道を行く
冷めた火種を固くにぎって
夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく

こんなに狭いすきまを
つくった人の
気が知れない


金曜日のフライデー

  りす


遠くで
水を使う音
遠くまで
水を遣わす者
その正体は
もう少し浅く
眠らなければ見えない


フライデー
金曜日の絶壁に立つ野蛮人
孤島に時間は溢れ
過剰な時間はロビンソンが喰う
喰いきれない時間が
フライデーを追いつめる

フライデー
金曜日の資格がない野蛮人
孤島に言葉は溢れ
ロビンソンが食べ残した言葉を
フライデーに教える
頭を抱えたフライデーが
姿勢良く 断崖から飛ぶ


遠くで
水を使う音
近くには
さらさらと病の糸屑が集まる
鳩尾の入口がいつになく涼しい
愁訴が終わった体で
そろそろ何かが始まり
そろそろ何かが終わる


フライデーのからっぽの頭が
浜辺にうちあげられる
太陽光を浴びて
高透明ポリプロピレンのように輝く
この島の海岸では
水でさえも
不純な漂着物にすぎない


そして
四人目のフライデーを
フライデーと名づける
何も教えず 
一緒に暮らす

文学極道

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