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みつべえ

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


紙の家

  みつべえ

指、夜のうすい被膜を
ひっ掻いて、ひっ掻いて、
わずかな肉と貧しい血のぬくもり
銀色の、穴のなかの森へ
捨てに行くのを誰かに見られた?
うすらあおい雪の層に
まだ熱い、恥辱と凶器を埋めた?
よく冷えた父の骨灰を寝床に撒いて
眠りたくない、ふっと気がつけば
丘の上で洗濯している母
どうしても背中しか思いだせない妹
あっ、ああっ
逃げだした拍子に金屏風をふみ破っちゃった
階段から落っこちちゃった
台所の床は水浸しで、銀色の
穴のなかの森から
ヤマオニユリの大群生つながって
壁のやぶれから花火のように
突入してくる、のたうって、ぐちゃぐちゃに
気をつけろ、離れるな、お箸を忘れずにね
みんなの声が交叉して
みんなの影が大きくなったり縮んだり
ゆらゆら
ゆらゆら
電灯の下の、食卓の上の
紙の家


卓上家族

  みつべえ

はしら時計が正午を打つころ
仏壇の扉をあけて
父さんが帰ってくる
それが正しい日課だから
母さんは、大洪水のさなかにも、また
この世の終わったあとも欠かさずに
蕎麦、茹であげ待っている
「消化によいからね」
赤い塗料の、ところどころ剥げおちた
まるいテーブルの上の、醤油瓶のかげから
這い出てくる妹の声
オッカナクテサ、地上の円周をたどれない
針金細工の、出発の塔の上のひとはけの雲
「おにいちゃん、いないよ」
「おにいちゃんはね」
「銀蝿にさらわれたの」
無数の曖昧な供述が淘汰されて
とおい食卓のへりにあらわれる、まだ
誰も知らない絵を、夢みているような
はてしなく何かを、はぐらかしているような
魚を焼くけむり、線香のけむり
大きな穴のなかへ
しんみりと消えていくさざめき


ドアの断崖

  みつべえ

たわいもない言葉が
殺意にかわる
ドアのむこうは
いきなり崖で
おちていった悲鳴は
だれのものだったのか
あいかわらず世界は美しく
それに見合うだけ酷薄だと
きみはペーパーナイフで
ひとさし指の皮をリンゴみたいに剥いて
笑っている
血が流れでないのは
時間を所有してないから
痛いのはきみではなく
愛を語るのも へどを吐くのも
詩を 書かざるを得ないのも
事件の核心を
ドアのむこうに
突きおとした
ぼくのほうなんだ


けふのうた

  みつべえ

ほんとうのわたしは
まいにち風のなか
けふをたべるための
おかねをかせごうと
せっせと お客さまを
まわっているのでした
わたしがおすすめした商品を
お買いあげいただき
まことにありがとうございました
これで けふもくらしてゆけます
むかし父が まいにち風のなか
せっせと かせいで わたしたちを
やしなってくれたように
わたしも こどもらのために
そしてなによりも あいする妻に
どやされずにすごすため
つつしんで おべっかもいいます
おかねよ おかねよ
すてきだね
ぶきような わたしは
ほんのわずか きみたちを得るために
あがなうべき けふの
大半をついやしてしまうのでした
お客さま ほんとうに感謝いたします
あなたさまがお買いあげになったのは
だれが売ってもおなじ商品ですが 
サルでも金魚でも散蓮華でもなく
「わたしがおすすめした」ものですから
わたしが付加価値だったのですね
ふふふと笑って へとへとでかえった夜
わたしは かせいだおかねよりも
さらにまずしい詩など
あいくるしく
かいてみたりするのでした

文学極道

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