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まーろっく - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


マリア

  まーろっく

マリアよ
もうあの色街のにぎわいはない
薄汚れた壁紙に映っている裸の影
カタコトのままのお前を抱きしめる
今年もくすぶって消えてゆくだけの夏
いっそ焼き尽くすような炎に染まりたい
ハルピン
おまえが二重窓の部屋を捨ててきた街
遠い昔俺の母親が祖父母とともに逃れてきた街
見えるだろうおまえの灰青色の瞳には
いつの時代も国境を逃れていく敗れた者の列が
どこまでも続くだろうおまえの白い肌は
渇いた者がたどり着く最後の雪原として
そしてあくまで黒いおまえの髪
マリアよ
遠くで凍えている俺の足指をあたためてくれ
なにひとつ俺の手に入ったものはないというのに
おまえの乳房だけが奇跡のように白い
俺はおまえのカタコトの真実だけを信じよう
そうとも!
生きた者も
死んだ者も
平原を長い列車で運ばれてくるのだ!
ああ
汽車の窓から突き出された
おびただしい腕がいっせいに振られているね
苦い河を越えて
瓦礫の都市を抜けて走る列車よ
きっと俺はいつかそれを目にする
マリアよ
草原の一本道を荷馬車に揺られながら
屍となった俺は目にする


雪待ちうた

  まーろっく

息を凝らして
街は黙り込んでいる
雪をはらんだ雲の下で

街灯に霜が光っている
十字路がいつもの別れ道で
俺はやわらかい無力さを
おまえの痩せた首に巻いてやるのだ

若さを失って
俺たちにはひとつの部屋もない

けれど欲望の灯をともして
高く高く伸びた都市でさえ
雪が降るのは止められやしない

やがて
こらえきれない悲しみのように
雪が落ち始めたら
俺の指を思い切り噛んでくれないか?

噛んで 噛んで 噛んで
血が流れ出たなら
俺は真新しい雪の上に
名もない暮らしの絵を描くだろう


青梅街道

  まーろっく

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

若い革ジャンの背中ふたつ
どこまでもバイクで追っていた
影でのみ記された風の詩想

西は奥多摩の紅葉に燃えて散り
東は首都の心臓に刺さる矢となる
青梅街道善福寺あたり
ゆるいS字カーブを鋭角に感じるまで
スピードに震えていた日々

許されぬまま置き去られた花のように
愚行ばかりが沿道に咲き残っている

新宿。際限もなく紙幣の乱痴気騒ぎは続いていた
高層ビルに排気音を叩きつけるのが好きだった
あの沸騰した時代の夏の夜
都庁舎建設地には巨大な基礎坑が穿たれ
作業灯が点々と地の底までともされていた

お前はまるでSFアニメみたいだと笑い
飲み干した缶コーヒーを穴の中へ投げ入れたのだった

ああ それはひとつの終止符として落ちた
この街道の 若さの 風の詩想の
けれど俺たちはただ予感しただけだった
遠い地の底から小さな悲鳴が届いた時に
ふざけ笑いを消しながら

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

お前がいない街角に
風の詩想が吹きすぎる


さらばドラッグストア

  まーろっく

俺がレジの娘に恋する時

背を丸めた買い物客のむこうに
垣間見えている
後ろで結った明るい髪や
淡い紅色の可憐な頬や
また彼女の背景にあるおびただしい
くすりの箱や菓子や缶詰ごと

恋する時

空気はもっと乾いていなければならない
湿った日陰のない高原の異国のように
くまなく晴れ渡っていなければならない
さびしいバス停などはごめんだ
埃たつ狭い通りを驢馬や荷車が
くすりの箱や菓子や缶詰を積んで
にぎやかに行き来していなければならない

恋する時

奇跡のない国はごめんだ
愛もからだも缶詰もくもりない欲望で
見つめられなければならない
闘鶏のように疑いのない目を持ち
皺だらけの紙幣のように
 健康でなければならない

恋する時

俺はウードが奏でる迷路を追わねばならない
はやしたてる群集の猥雑な声を浴び
波打つ布地の表面をアラベスクとなって
どこまでも伸びなければならない
この時転倒した太陽にむかって
パッケージの文字がいっせいに飛び立っても
けっして立ち止まってはならない

俺がレジの娘に恋する時

ふたり名前もないままで
この開放された最後の部屋である
白いレジ台の上のチョコレートバーを
きみは永久にレジ打たねばならない
天文と幾何学で浪費された数字の全部で
レジスターからふたたび世界があふれだすまで


あいつの口笛

  まーろっく

海を想え
運河に沿って流れてくる
暗い潮の匂い
女の吐息のような
ぬるい風が吹く夜
ああ
死んだあいつが
口笛を吹いてる
まだ
あの小さな傷から
血は流れているんだろうか
湿った家で
なにかをまさぐりあう人たちは
あいつに笑われるといいんだ
なにも
しやしないなにも
持ってやしないからあいつは
口笛を吹いてるんだろう

海を想え
きらめく未明の潮騒や
現れては消える波間の白い帆を
ためらう指とうなじに揺れていた髪を
ああ
あいつの記憶を誰か
歩いてやってくれないか
どこにも
墓標なんてありやしない
ひなげしなんていりやしないから
貝のように
閉ざした戸のなかで血膨れする人は
あいつに笑われるといいんだ
半分
たった半分も
生きやしなかったからあいつは
涼しい口笛が吹けるんだろう

海を想え
ひとすじの血の糸を引いて
逃れてゆくさかなを
病んだトタン張りの工場や
その上にのしかかる高層ビルやを
それから俺や
手を汚さずに黒い雲をつかむ人たちやを
のせた岸辺から
どこまでも
逃れていけばいいんだ
心まで
青ひといろになるまであいつは
口笛吹いていくんだろう


新宿の歌

  まーろっく


かたくなな心を
あたたかい雨が叩く
旋律は燃える
今は遠い父の膝で
聞いていた
赤い新宿の歌

手を打つ
男らの丸い肩
裸電球の下で
揺れていた
私と湿った座敷と

歌っていた
赤い新宿の歌
父の胴を
のぼっていく声
雨にけぶり
暗い灯を灯す
漂う土地の名を

なぜあれほど激しく
焦がれていたのか
いまだ見ぬ赤い新宿を
酒は燃えて声は高まり
いつしか見えそめた
暗い海の広がり

初めて孤児となり
わたしは泣いた
途方もなく大きな
おとなたちの歌声のなかで
精一杯
誰にも気づかれず

夜は更けても
せつなく燃えていた
赤い新宿の歌
しぶく雨音に想う
遠い旋律の在り処よ


そら似

  まーろっく

季節の坂をのぼる
胸には美しく包装した
空き箱を抱き
歩幅のぶんだけ
地平はさがり

わずかに高まる
あなたの心音を想い
わたしは勾配の不安に
つまさきで触れる

春色はとうに
人にやってしまったから
花のかたちにおおわれた
道をくだる

軽やかに
脱ぎ捨てたというのか
モニターの素子の海に
白い横顔をいくつもの枝の
影がよぎり揺れる

春に逝ったボーカリストよ

ゆるやかな螺旋の内側で
交わろうとする架空線を
滑り落ちる歩幅よ
このすれ違う時間の先端で
裏返るひとひらの春

あなたがあなたであることも
わたしがわたしであることも
微風にすら耐えない
揮発する輪郭であったなら

わずかな歩幅のずれから
永久に遠ざかってゆける
世界があったなら

ああ
春に逝ったボーカリストよ

人影のなくなった坂道に
開け放たれたラジオから
あなたの曲が聴こえ

花びらより先にポストから
紅く色づきはじめ


砂浜で

  まーろっく


波はゆれる境界線
風は不確かな時間

長い黒髪が
なびいていた記憶の
温度だけを俺は感じる

誰かの名前を
黄昏に呼んでいた
声だけを俺は感じる

俺は枯れきった頭骸骨だから
俺には時間が無い
何年波が俺を濡らし
何年風が俺を吹きぬけたか
俺は知らない

俺は電球のように薄っぺらくなった
俺が光を通す すると
俺の抱いているこの小さな空間は
光でいっぱいになるのだ
廃れた教会のように
暗がりでミサをすることは永久にないのだ

やあ しおまねき君
この世でいちばん暗い精神があった場所も
今や君の遊び場だ
俺には君が大事に守っている
わずかばかりの暗黒も無いのだ

あの暗鬱な脳はそこで
眼窩から用心深く
外を眺めていたものだ
あいつは自分が消滅したら
世界が消滅すると信じていたが

精神が無くても
時間が無くても
俺は物質としてあり続けるのさ
世界も物質としてあり続けるのさ

あそこにある
流木が流木であるようなあり方で
空き缶が空き缶であるようなあり方で
俺は物質として輪郭の喜びにひたっているのだ

悲しむだけの精神が
置き去りにするだけの時間が
滅んだというだけじゃないか

笑うかね?しおまねき君
その小さな暗黒のなかで
この砂浜に迷い込んだ唯一の生き物よ
ひとり永久に生き続ける者よ

あの海岸道路で命が運ばれてくることは無い
それはわかりきったことなのだ
あの国道は封鎖されている
つまらん死と生の境界で
だからここではずっと真昼が続くのだ

−その時
波が頭骸骨をのみこんだ
波がひくと砕けた頭骸骨から
しおまねきが這い出た
風がレジ袋を吹き上げた

それは高く揚がった
頭骸骨も流木も空き缶も
みるみる小さくなった
海は膨らみ水平線は遠ざかった
かさかさ音をたてて揚がっていった
遠くの、白く乾ききった住宅街を
真新しいきみの自転車が走っていった

文学極道

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