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はらだまさる - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ありがたい、日々

  はらだまさる

「不可能は癖になる」という、どこかの進学塾や中小企業が掲げそうなキャッチコピーを噛み締めている二日ぶりに晴れ渡った五月下旬の午後。このプロジェクトの最後の仕事である動力部分据付のためにマカオに出張した私は、その言葉を奥歯で丁寧にすり潰して呑み込んではもどす、という反芻を執拗に繰り返していた。歯磨きをしながら、初老の妻がそれをみて笑っている。

決算期と重なったため、最近何かとうるさくなってきたコンプライアンスの観点から色々と時間的な制約があったりして、慣れないニホンゴでのコミュニケーションもうまく行かず、先方には随分と迷惑をかけてしまい大変な作業になった。ただこの歳になってこういうのも変だが、何もかもが新鮮で、やればやるほど色んなことが見えてきて、FA(ファクトリー・オートメーション)による量産段階では「問題」というよりも、溢れ出てくるアイデアと可能性をすべて一から試したい衝動を抑えるのに必死だった。
主に工場内での作業だったのだが、現場責任者として試作品のラフ・スケッチから色々なアドヴァイスを提供して、プロデュース的な仕事に関しても、不可能と思われる私の無理難題を冷静に判断し、それらが具体的にどうすれば形に出来るかを一緒になって模索し考え、全面的に協力してくれた山村ちゃんには、マジ頭があがらない。
料理が得意な従兄がくれた特製キムチだれの蒸し鶏を手土産に、これから山村ちゃんの家へ挨拶に行くのだ。山村ちゃんはブラジルで生まれ、貧困で両親を亡くし、十四歳の冬に姉といっしょに日本へ戻り、帰化した日系四世だ。大学卒業後、営業畑から転身して機械設計のエンジニアになった変わり者だが、今や「YAMAMURA-CHANG」といえば世界中のアニメおたくの教祖として、ネット界では知らない人がいないというくらいの愛に溢れた人格者、らしいのだけど、それは表か裏、どちらかの肩書きだ。顔のない世界で「人に知られている」というのは、実際の人物が相当の人格者でなければならない、という訳でもなく、私が知る限り、彼女は単なるお人好しの無口な(?)美人だが、その眼は異様な力(こういう表現はあまり好きではないのだけれど、私の表現力ではこう記すより他ない)を放っている。彼女のボディーガードでもある強面の側近、リーが言うには、佐川一政よろしく相当なキ印らしい。
そもそも私が彼女と知り合ったのはミクシーで、これまたどう表現していいのか悩むのだが、彼女のトップページは「世界でも有名なソープランド街の老舗No.1」のような雰囲気を醸し出していた。そのときの彼女が、初対面の私に向かってマイミク申請してきたときの言葉が印象的だった。

「悪ぶるのは簡単やけど、善人でい続けることは難しいんよ。そやけど、本当の悪人にはなかなかなれへんもんなんよ。」

私は田舎の町工場で、あまり大きな声では言えないような、少し特殊な機械設計を担当している平凡なサラリーマンだ。結婚も出来ず、来年で還暦を迎える冴えない男だが、今の今まで女に苦労したことはない。年甲斐も無く、さっきも女を抱いていたんだ。ぶっちゃけ山村ちゃんなんていうようなものは、この世に存在しない。歩道に敷き詰められたタイルの溝に幾つも幾つも蟻の巣が隆起している。私は彼女の家に向かう途中で、それらに吸い込まれるような気持ちでそんなことを考えた。山村ちゃんはすこぶるイイ女だが、まるで有機的に振動する(酷く自虐的な)機械のようだ。私は山村ちゃんを設計し、それを量産して、そのうちの一体と結婚したいと思っている。そして、今以上に平凡な人生を送りたい。歩道の脇で乾涸びたたくさんの躑躅から、微かに匂いたつ甘い蜜の香りだけが、歩行してることさえ忘れてしまった私に私を認識させている。死の匂いを嗅ぎ分けた蟻たちが、列をなしてやわらかい肉をめざしている。空から落ちて地面で潰れて死んだばかりのスズメの雛だ。マジ可哀想だと思う。だけど、私はそれを見て手を合わせることも、拾い上げてどこかに葬ることも無く、眼を背けるような善人面だけして、ただただ日常茶飯と言わんばかりに、その死をさっと跨いで通り過ぎてゆく。きっと何れ訪れる私の死もその程度のものだ。炊きたての玄米が盛られた茶碗の横の秋刀魚ではない。本当の悪人とは、もしかしたら今の私のような存在を指すのかも知れない。私の人生に対して、私はいつも心の中で不可能だと繰り返していたが、不可能で良かったのかも知れない。

なんとありがたい、日々。


エデン(改)

  はらだまさる

金木犀が鼻先をくすぐる秋も終わりを告げようとしていた。

真夜中の事だった。
全裸の鳩は、全裸のうさぎに馬乗りになって首を絞めていた。
ラヴ・イズ・オーヴァ。

笑えない話。しかし、うさぎは危機一髪で命をとりとめた。鳩はうさぎの首を絞めて、本当に殺そうと思っていたが、ふと頭の片隅に母鳩の顔が浮かんだ。
その途端に、鳩は正気を取り戻すことが出来たのだ。
奇跡でもラッキーでもないような気がする。うさぎと、そして何よりも鳩を救ったのが所謂、愛ではないのだろうかと思った。それ以外、鳩には考えられなかった。

自分のそんなおぞましい姿を客観視した鳩は、その場から後ずさりして、地べたにペタリと座り込んだ。完全に腰を抜かして、バタバタバタバタとその現実に震え脅え切っていた。裸で仰向けになっているうさぎに視線をやると、大声で笑いながら泣いていた。
洒落にも何にもならないオチである。ハゲタカにも愛を伝える伝書鳩にもなれない、最低最悪の中途半端な鳩の成れの果て。

富士の樹海では方位磁針が効かない、というのは出鱈目らしいが、鳩の人生の方向を示す針は、どこに向かっていたのだろう。

そんなうさぎは、お互いの自由恋愛という、言葉にすればかっこいいが、今から考えれば実際ちょっとなんだかな的な契約を鳩と交わして付き合ったのだけど、結果的に強度の共依存の典型だった。
「死んだほうが絶対楽だ」とか「死にたいから焼いて食べてくれ」とか「殺されるより殺さなければいけない方が辛いから勇気がある方が殺すべきだ」とか「じゃあ串焼きにして食べてやる」とか「やっぱり食べたくない」とかうさぎに角、じゃなくて、兎に角、事あるごとに何でもかんでもアホみたいに、全てを
「死」に結び付けてしまっていた。

何度、切れた電線を自分の首に巻きつけただろう。精神の苦痛から逃れるために自分の鳩胸をカッターナイフで切りつけた事もあった。薬と煙草と酒を飲み続け、気が付いたら鳥年齢で、当時二十三歳の鳩は、うさぎ小屋でウンコをもらして十二指腸潰瘍になっていた。
鳩は正常でうさぎが狂っていると信じ込んでいた。うさぎを正気に戻すには、平和の象徴である鳩という生贄が必要だと真剣に考えていた。それが鳩の信じていた正義、だった。うさぎを助けたい一身だった。だけどうさぎはそんな鳩の優しさを尻目に、そんな糞みたいな信用する価値もない正義を振りかざして、私が正常になれると思うならやってみなさいよ、と云う具合だった。鳩なんて信用する方が馬鹿なのだと。それがうさぎと鳩の戦い。

父うさぎは共産党の党員だった。思想を貫くために、という理由でうさぎが小学三年生のときに離婚した。母うさぎはその行為が理解できずにアルコール中毒になった。小学三年生のうさぎが帰宅すると、その母うさぎはうさぎにお金を渡し酒を買いに走らせた。
うさぎは鳩と出会ったとき、透き通るような真っ白な肌で赤い目の、少女のあどけなさが残った容姿だったけれど、精神はすでに傷だらけでボロボロで、最初に交わした会話が「私、二十八歳で死のうと思ってるの」だった。初対面の鳩に言う台詞としては、不正解である。
鳩は「そんな馬鹿なことはやめろよ」と、ふざけつつも熱心に生きることのすばらしさを、うさぎに無邪気に語っていた。そんな鳩もいつの間にか「俺が焼き鳥になろう」とか「うさぎを殺さなくては」なんて考えるようになっていた。ミイラとりは簡単にミイラになっていた。東京でひとりで暮らすうさぎの父うさぎが、そんな僕等の関係をみかねて、わざわざ新幹線に乗って神戸までやってきた。しかし、その父うさぎのとった行動に、当時の鳩は唖然とさせられた。
父うさぎは言葉を濁らせながら、鳩に一万円札を渡し「娘と別れてくれ」と言った。

そのとき、こんな男がこの国をダメにしてるんだ、と鳩は強く思った。娘を思う親の気持なんて、わかる訳がなかった。


だだっ広い工場の資材置き場に、深夜に二人で侵入して「もう殺してくれ」と、うさぎにその気もなく頼んでみた。ひとつの賭けだった。するとうさぎは何も言わずに、両翼をだらりと垂らした無抵抗の鳩の首に手を伸ばし、ゆっくりと力を入れる。その冷え切ったつぶらな目で、無表情なままのうさぎをじっと見つめていると、押さえ切れない涙が流れた。もうどうすることも出来ない自分とこのあまりに不幸なうさぎは、絶望の淵で戯れているだけだった。首にかけられた手を握り離し、うさぎを目一杯の力で抱きしめて工場の空に木霊するくらいの大声で、鳩は鳴いた。



楽園と、どん底。
どこって聞いても誰も教えてくれないし、教えられない。「最果て」ってことばにも似てる。それは、大晦日にこたつに入って、蜜柑を頬張る感じとあまり変わらない。


Allergie

  はらだまさる

遠くへ、じりりりと
八条口が大きく広がって
宇宙のノドちんこを官能的に触るように
水に溶けた塩のような関係性の匂いを嗅ぎ分けて
グローバリズムが歩いているけれど、
立ち止まる方法を知らない文庫本のうえに転がる、
使い古された漢字の数々が靴擦れして
巻き爪と魚の目の打楽器が「光った」と思うと凝固して
空に消えてゆくよ、待ってくれ。
俺はそんなに早く演奏出来ない。


昨年付けで鳥獣戯画のバイトをクビになったママに、
分裂は優しさと教えられて苦虫を噛んだが、
永遠でないことに至極安心する。
こうなったら玉砕覚悟で嘘泣きを記号化して、
モンマルトルに葉書を書こう。


土の匂いは美しさだけで生きてゆける、
ありとあらゆるものに相似しており、
意識していないとすぐに違うものに結合してしまうから、
取り扱いには注意しなければならないらしいからね。


向かいの席に座っているどこか古臭い、
しかし齢にして僅か五歳にも満たないであろう若者の
イヤホンから漏れる音質の悪いCジャムブルースのことは、
どうやら忘れることが出来ずに、俺は孤独に厭きた、
孤独に厭きたとぶつぶつ呟きながら
ハンドクラップでスウィングを楽しんでしまう始末の悪さ。
おいおい、しかし勘違いしないでおくれよベイビー。
俺はただのパラノイアじゃないぜ。


先月の朝一番、
最初のセッションが終わって携帯電話の電源を入れると、
留守番電話センターからたくさんのコールが。
ひとつずつ聴いてみると、ジーザス。
それらは関空の検疫からで、なんと赤痢菌が検出されたとのこと。
要約すると「ファッキン野郎、折り返し電話下さい」だった。
消毒、隔離、入院など色んなことを考えて落ち込みそうになってしまった。
戦時中じゃないんだぜ、いい加減にしてくれ。
イエプルの水がすぐに思い浮かんだ。
しかし深刻になってはいけないな、いけないよなベイビー。
調子はよくないがよく見えるよ、この世界がさ。
人生の縮図そのものだよ、
笑えてくるじゃないか。


ママ、俺たちにはいつだってきのこ料理が必要だ、それとカレー。
欲望と云う欲望にくるまれて不幸の幸福のまま死にたいと云うようなことを
新潮文庫の百八十六頁でハリー・ハラーは告白するが、
君の歩幅で歩いてくる死はどうだ?


チャールズ・ミンガスの弾くベース音が
淫靡な雨音と、終わりの美学のない人類の会話の中で止まらない、
宇宙へと届く、音楽。


琉球硝子

  はらだまさる

日々の風景が
柔らかい布で
硝子の小鉢を撫でている

堆積する繁華街の雑音と
踏み付けられたスニーカーの踵と
人知れず花びらを千切る風、

この窓の外側では
子供らの笑い声と家族の灯りが
少しずつ消え

肩を揺らして笑っている、
硬化した記憶の
忘れ去られた孤独

もう戻れないのだ
決して戻れやしないのだ
幾ら悔やんでも悔やみ切れない

どうにかなりそうな
薄い気泡の上で虚勢を張っている姿を
シーサーはじっとみおろし

珊瑚を砕く波や
空に浮かんだ雲は
興味がないといった素振りで

海の汐を
舌のふくらみで味わい
わたしたちは両手を合わす

泡盛が
くるりくるりと
廻っている

静かに目を閉じれば
小さな波紋が幾つも重なり
それが何かを知る

陽が滲んだ
瞼の裏側が温かいうたを
遠く、きく


だから、ぼくらは眠っている。

  はらだまさる

デスクトップにぶら下がった森下くるみのおっぱいが捻じれて、木魚に
もなれない黒いキーボードを叩きながらひかえめな眠気が、日付のない
カレンダーのうえで足を滑らせていた。前田サムエルの出張覚書に目を
やると、ふわりちらりと朱色の篆書(てんしょ)が飛んで、しつもんを
何度もくりかえすものだから、仕方なく、ぼくらは耳をおさえる。嘘が
ひたひたに漬かるまでミルクを注いだコーヒーカップのなかで、ぺちゃ
くちゃと、女の子がおしゃべりしているみたい。おっぱいのサイズとか、
彼氏のキスがどうだとか、ぼくらにとって内閣改造くらいどうでもいい、
どうでもいいと、強がっていたい話をしているのかな。しらないうちに
入道みたく大きくなった眠気は、りょう手でおさえた耳を、無意識に澄
ませているのが分かったのか、まどの外では山のてっぺんがしろく消さ
れ、ぼくらは誰にも気づかれないうちに、涎を垂らして、

午後は、営業をサボって公園のベンチにすわり、味のなくなったチュー
インガムを噛みながら、夏の暑さに、ぼやけてしまった太陽のしたで、
しんぶんを読んでいた。登山家たちが、十七の日に、山に入ったようだ。
「一、九、十七かえらずの二十五日」は縁起がわるい、とこぼしては、
山の神にりょう手を擦り合わせて、一先ず、アメ色になるまでじっくり
と念仏を唱える。それでも夜になると、どこからともなく谷のしたの方
から声が聴こえてくる。オーイ、オーイと誰かが呼んでいる、オーイ、
オーイと。登山家たちは、そのオーイ、オーイという声を追いかけてい
ってかえらぬ人になる。そうして、何十年もかけて風にくしゃくしゃに
丸められた真実が、ひねもす空をころりころりところがって、はばたい
て拡散するあいだずっと、ぼくらは森下くるみとセックスのことばかり
考えていたんだけど、それがしあわせというものなんだ、と連行されて
ゆく殺人犯に、やさしく説教された。

今日も風が吹いて、薄いひつじが音もたてずに落ちる。一枚、また一枚
といつまでも落ち続け、百枚落ち、千枚落ち、いつまでもいつまでも、
何年、何十年も、何百年、何千年とぼくらは、それをぼうぜんと眺めつ
づけ、眠っている。


<参考>『黒部の山賊 ― アルプスの怪』伊藤正一著


四角い朝

  はらだまさる

あおい海とあかい空を かけ算したものを 拳でかち割ったような 朝 その割れた朝の 何とか云う罅割れから ヒステリックなぽえむが 次々と飛び出して ああ そうだった ひろがれ 勇敢なる俺の 愛 粉々に愛 ラヴリー般若波羅蜜多心経 観自在菩サツギョウジンハンニャハラミッタジ――と適当に仏々念じる、ネンジルと ぽえむたちがよだれを垂らしながら びくびくと痙攣を起こし ヨジレル 俺は 巨大な便器のあおい海に 柔らかい水牛を 二三匹落としてやった そいつらは ぽえぽえ と泳いで 激流にのまれていく カモメがないている 座礁した漁船 トビウオの群れがキラキラとかがやいて飛んでゆく ああ そうだった バリ島土産の酒 アラックだ アラックで酩酊して ケチャを聴く ケチャチャケチャチャチャ 百人を超える男たちの ケチャ 二日酔いで浴びるぽえむは ケチャ 最低だ 機嫌の悪い朝 間抜けなぽえむは突然 電話してくる 俺は金儲けを怠らないから 早速 ケチャ 駅で会うことになった 見ず知らずのぽえむだから チャ どんな出で立ちか聞くと 六十間近にもなって「色白の好青年です」だとよ 洒落のつもりなのか ケチャ 正真正銘のアホなのか「ああ そう」とだけ チャチャ 返しておいてやった くらくらする俺は 幼馴染みのぽえむを裏返して キスをしようとした ああ そうだった こいつ 昨日死んだんだ ッチャッチャ

ベッドルームで育児休暇中の現代詩があたらしい旅をしていた 育児休業基本給付金と育児休業者職場復帰給付金の イクジキュウギョウキホンキュウフキントイクジキュウギョウシャショクバフッキキュウフキンの支給を受けることができるのは 実際は出世に影響しないぽえむだけよ バカな現代詩 ほら 勇気を出してそのドアを開ければ どこにだって行けるのよ 彼が飼い慣らしている金属の猫が 死神みたいなあほ面で ゴウゴウといびきをかいてるすぐそばの BOSEの中古スピーカーから ボーナス・トラックが積載量をオーバー気味に左折して 横転しながら点滅する信号機にぶつかっちゃって クラクションがずっと鳴りやまないの 世界がバイヴみたいに振動して ぞくぞくするわ 死神のポケットからしろい虫がいっぱい浮かんで 舌をだして笑っている 現代詩はアジアの小娘たちが黒人にぶち込まれてる写真集を舐めながら コカ・コーラ飲んでチンコを弄くっているんだけど ぽえむが パッションピンクのぽえむが エルムの木のうえで助けを求めてるの 怪しいでしょ? あいつらの目は どうも信用出来ないのよね そしたら漢詩が ディック・リーの歌を歌いながら酔っ払って遊びにきたってわけ 現代詩はチンコを収縮させつつ 遠くを眺めてニヤニヤしながら ひとりでブツブツ言ってるし 私 大好物のチーズケーキ食べながら火照ってたの 古代湖みたいに もうずっと前からそうだったの バカな現代詩 私を一人ぼっちにした罰よ 憲法第25条第1項の生存権には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ってかかれてあるの 知ってる? SEXのない生活なんて不健康そのものよ

大津の夕焼け空がやけに低い日 大嫌いな全国チェーンの中華料理屋へ食べに行く ソーハンイー コーテーリャンガー 歯に詰まる 葱が漢詩の歯に詰まる 詰まったまま 六杯目のなまぬるい焼酎を飲み干し 世界中の幸せに向かってゲップする 黒いパッケージのアル・カポネに火をつけ 使い古した炒め油の匂いと 大蒜と 葱と ドイツ葉巻のけむりが 漢詩を男にしてゆく 素人童貞のまま 死ねる訳がないじゃないか ああぽえむ抱きたい 恐怖で硬直したぽえむの 乳房のうえに埋没したい 漢詩はぐらぐらになった前歯を 指で引き抜いた その痛みで顔が歪むが 餃子工場を辞めさせられた 悔しさと怒りで 徐々に笑いがこみ上げてくる いっひひ 来週の頭には 職安まで失業保険の申請に行かなきゃなんねぇよ ああぽえむ抱きたい そうだ現代詩に金を工面してもらおう アイツはドラッグの密売で――あの金属製の猫め!うまくやりやがるぜ――そうとう懐が温もってるらしいからな ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい【回首五十有余年 人間是非一夢中 山房五月黄梅雨 半夜蕭蕭灑虚窓】*1 良寛はこう謂うが 俺だって 良いことのひとつやふたつ 経験したっていいじゃんか なんでアイツだけが なんでアイツだけが 全てを手に入れることが出来るんだ 現代詩の女がいいなぁ アイツがいい ジーザス アッラー ゴータマ・ブッダ 誰でもいい 残りの人生 全て捧げるから これから犯す罪を許しておくれ

・・い ・前ら・何し・る 俺・目は まだ黒・ぜ そ・つは・・のプ・シーだ/へへへ うるせーバカ 今が一番いいとこなんだ なぁ Mrs.ぽえむ 気持ちいいだろ? 【ビッグライト】*2要らずの 俺の自慢の【黒星】*3はどうだい? 刺青入りだぜ はぁはぁ・・・うっうっうっ・・・/・前 死・た・のかぁ?/・・・うっうっうっうっ・・・イ・イグっ! ■×※◎△!!(同時に甲高い銃声が響く)・・・・

ひと仕事終えて バリ島のウブド北部にある フォーシーズンズ・リゾートで ハネを伸ばして帰国した後 【トレインスポッティング】*4のレントンよろしく いい気分で やわらかい床に深々とめり込んでいた俺は 強烈な殺気を感じて目を覚ましたんだ おいおい またかよ 現代詩君 お前の その計画性のなさには うんざりだぜ えらいこっちゃ ぽえむちゃんが死んでるよ ほとぼりが冷めるまで また旅に出るからな 勝手にしやがれ こんちくしょうめ また 近代詩に怒鳴られるぞ

30口径のちいさな穴から飛び出した弾丸は 漢詩の左腕をかすめ ぽえむの腹部を貫通した その場に居合わせた三人と一匹の 時間が止まる 現代詩の左手に握られた中国製の54式拳銃から硝煙が漂い その目はギラギラと輝き ぽえむの流す血で 赤黒く汚れてゆくシーツを じっと眺めている 漢詩は腰を抜かしたのだろうか ぽえむから【黒星】を引き抜くと がたがたと震えながら床に座り込んで 立ち上がることが出来ないでいる 動物的勘で 身の危険を感じたのか 二日振りに目覚めたヘロイン中毒の金属猫は すぐさまポケットから【通り抜けフープ】*5を取り出して 部屋から逃げ出し それを見て我に返った漢詩も 四つ足で這うように 恐怖に逆立った弁髪を フープの輪にひっかけながら いそいそとくぐり抜けて出ていった 近代詩がいれば こんな惨事には至らなかったはずだが 百年前に彼が一念発起して立ち上げた教育事業は ここ数年で 大きく見直され すばらしい業績をあげることとなり その代表として日本ユニセフ協会大使に任命されるほど 多忙を極めていたのだ

死んだ幼馴染みのぽえむと 俺が並んで シンガポールの まあたらしい飛行機を見上げ 下品な言葉を 当然のように排泄する 放散虫の誕生と 散文するペニスの いかがわしい音楽を てめえのケツの穴で比較してみろ と 偉大なる殺人者が 脳味噌に蛆の湧いた学者や政治家 文化人どもを天井から吊るし 素粒子物理学と 遺伝子工学と 哲学と 文化人類学と フランス現代思想と アニメと あと何とかとかんとかが 腰砕けの摩擦熱で 結合するまで お前らは脅える河となり 泥岩 砂岩 花崗岩なんぞを運んで 硝酸イオン 亜硝酸イオン 一酸化窒素を死ぬまで運んで とにかく死んでくれ 是が非でも 死んでくれ ああ そうだった 勇敢なる俺の 畑を耕すんだ この女が好きな 薩摩芋と 茄子と オクラと 西瓜を栽培するんだ おい アンパンマン 何とかしろよ 庭先の葱に 如雨露に貯めた ぽえむの血を 注ぎながら 俺は昇ったばかりの太陽に 消えゆく飛行機雲を 眺め 四角い朝に 唾を吐いた




脚注
*1・・・良寛(1758年11月2日〜1831年2月18日)の七言絶句。

『半夜』良寛

回首五十有余年
人間是非一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窓

〈書き下し文〉

『半夜』(はんや)良寛(りょうかん)

首(こうべ)を回(めぐ)らせば五十(ごじゅう)有余年(ゆうよねん)
人間(にんげん)の是非(ぜひ)は一夢(いちむ)の中(うち)
山房(さんぼう)五月(ごげつ)黄梅(こうばい)の雨(あめ)
半夜(はんや)蕭蕭(しょうしょう)虚窓(きょそう)に灑(そそ)ぐ

〈通解〉

思い返せば、自分の生涯も五十余年過ぎ、この世の良いこと悪いことの出来事は一つの夢のようにしか感じられない。この山の庵に五月の梅雨がしとしと降りしきり、真夜中に自分しかいない部屋の窓をしとしと濡らしている。

http://www.saitama-u.ac.jp/kanshi/<無断参照>


*2・・・漫画『ドラえもん』に登場する拡大ビームで物体を拡大する懐中電灯を模した架空の道具。

*3・・・軍用自動拳銃『トカレフTT-33』とそのライセンス品、コピー品の俗称。グリップの色と星のマークから『黒星(こくせい)』と呼ばれる。

*4・・・『Trainspotting』1996年イギリスで制作されたダニー・ボイル監督の映画。

*5・・・漫画『ドラえもん』に登場する架空の道具。形状はフラフープで壁やドアに設置すると、その向こう側へ抜けられる。


非詩

  はらだまさる

   1.旅

おまえは、旅。45Lサイズのバックパックには、散乱したジグソーパズルみたいな外国語が所狭しと詰め込まれ、オルゴールのように甘美な絶望が丁寧にパッキングされている。猫の前足みたいなスニーカーのおまえで、歩いていく。洗いざらしのヘンプのシャツと、ベルボトムのジーンズ。どこか遠く、知らない町へ行きたい。ボランティアにも、少し興味があると、おまえは言う。パリ、ロンドン、NY、ローマ、プラハ、アムステルダム、ニューデリー、ダッカ、バンコク、香港、東京 ―― そう、おまえは、町でもある。おまえは、おまえという飛行機を、おまえの柔らかな滑走路から離陸させ、おまえ自身である融通の利かない空を飛んで、この傾いた惑星、即ちおまえを周遊する。眼下に広がる、あおい海。みどりの大地。の、おまえ。おまえは、恋をする。おまえに、恋をする。異国で出会う、おまえ。孤独を愛する、おまえ。絵葉書を書く、おまえ。世界遺産の、おまえ。ポプラ並木の、おまえ。横断歩道の、おまえ。庭先を舞う蝶、その鱗粉、吸い上げられた花の蜜、その蜜を味わう器官の、おまえ。その信号を脳に伝達する、おまえ。その全てを俯瞰する、おまえ。誰も知らない、おまえ。おまえは、旅。本質を、そしてフィクションを、おまえは、旅する。そして、おまえは、本質でも、フィクションでも、ない。おまえは、旅。おまえは、まだ何も知らない。この惑星がひと回りした後のことなど、誰にもわからない。


   2.宗教画2008

身体を掻き毟る肌の赤い少年、不透明なクリームの川が流れている。遍くひかりが水墨画の濃淡のように黒い色彩で描かれ、水飴状のカーテンの襞のようにうねる海の、緑色を写し取った光沢のある空には、シルクスクリーンで刷られたような幾何学模様の雲が、ぺたりと張り付いている。コンクリートの大きな食卓に並べられた窓、窓、窓・・・。その窓から侵入する不気味な顔をした天使達が様々な楽器を鳴らし、その音楽を聴いた人々の顔は、快楽と苦痛に歪み目は虚ろなのだが、狂ったように笑っている。その姿は禍々しいひかりよりも醜く、黒い。息子を燃やす母親、大きな鍋には半分が機械になった動物たちが煮込まれている。ヒエロニムス・ボス(*1)が描いた世界を髣髴とさせる。遠くには、巨大なビル群がキミドリやピンクに発光して、壁面に飾られた数千枚ものレントゲン写真が曼荼羅図を描き、現代科学の礎となった著名な科学者達は磔刑に処せられ、ピエロが壊れた人々のためのその絵を、灰になった息子に読んで聴かせる。

『ガム噛む、お腹がへ ったよ 足りひん ねん、全然 水み たいな 否、水 ぶくれみたいなポケットから、不思議なポケットを叩くと、ぶ〜ふ〜、シンドロームがふたつ、どうでもい いじゃねぇか【doudemoiijyanexeka】症候群とい う、シンドローム、俺、健康に、なりたいねんけど、お前にも、健こ うになってもらいたい、健康になりたいねんしんどろーむ、何でお前は、健康になりたいか、考えろ、(さぁ、ここで少し考えてみてください)ばーか、聞け、つって、手 紙より、切り裂いて、メールく れろ、携帯メ ールくれろ、あれも 欲しい、これも欲しい、もっ と欲しい、もっ とも っと欲しい、と 大好きなブルーハーツが歌う、若さ、というのは、素晴らしい過ちを犯すことだ、間接照明の やわらかいひ かりの中に浮かぶ、わたしの天鵞絨の びろー どの 下着に滲み た愛液、ほら、あなたは裏側を丁 寧に舐めるでしょ? ぶ〜ふ〜、お前の住 む街、都市、国家、新聞、政治家に、発 話され、書き記された言葉が放電す る、空の 汚れ、飛散す る汚れ、闇を、宇宙を汚 す放縦なひかり、その速度、速過ぎ るんじゃないのか、再生、健康に なってさ、そらのよごれをながめ、ぶ〜ふ〜、宛名のない絵葉書を 拾いあつめ、お前は繰り 返す 拝啓、と 敬具、を 窓の 外 側に並べ、手紙・テガミ・tegami・tE/Ga/Mi・て、が、み、出すよ、びょう いん、ってびょうきを売っ てんだぜ、ぶ〜ふ〜、馬鹿は、喜んで、びょう きを、病 やまいをたくさ ん買っていく、なぁんにも知ら ないで ありもし ないものに 名前つけ るだけの 錬金術 わたし最近、全然眠れないの、不眠症、俺は、止めどなく水道から出てくる 水が怖いんだ、精神病、呼吸できない壁、ぶ〜ふ〜、隙間がない、息が詰まるぜ、贅沢だよ な、腰が痛い、関節痛だ「はい、じゃレントゲン撮りましょう」被曝(*2)するんやって、レントゲン、被曝、CTも、被曝、ぶ〜ふ〜、腰痛なんて「基本的に」レントゲン撮ってもほとんどわからへんねん、でも、俺ら、自然被曝(自然界からの被曝)してんだぜ、でも、乳癌の検診は大事よね、マンモグラフィも、被曝、大丈夫よ、微量なんだから、それよりも検診しない方が、危険よ、ピンクリボン運動よ、じゃあ、何で癌になるの? 食生活? 肥満? 喫煙? 年々増える乳癌の死亡者、昔は少なかったってこと? 欧米人に多いってホント? ぶ〜ふ〜、関係ないっぺよ 気にする方が 身体に悪ぃよ、気持ちわ りいぜ、何かありゃ、すぐ病院行って、ハイ、レントゲン、ハイ、なんだかわかんねぇけど、みんな飲んでる薬を毎食後に飲んでくださいね、老いて癌になりました、白血病になりました、当たり前だ ろ、医者 丸儲け、どっからが詐欺で、どっからが愛ですか? 馬鹿、最近の医者は忙しい割りに、全然儲かんないんだよ、あんなにリス キーで大変な仕事が、お金だけで続けら れると思うのか? 外野は黙ってろ、ぶ〜ふ〜、誤解するなよ、ぶ〜ふ〜、お医者さんを悪く言うつもりはないの、もう一度、言う、お医者さんを悪く言うつもりはないんだよ、病気を欲しがる お前らが 肉 喰って、チョコ レート 舐めな がら、大好物のアイ スクリーム、ニコ チン、カフェ イン、アル コール、無理ばかりして、背伸びして、やっほー、健 康なんてどうでもいい、なんて言ってられるのは若いうちだけ、大人になって言ってりゃ、ただの馬鹿か、社会性が異 常に欠落してる だけだろ、病気して、金さえ払ってりゃ 他人に 迷惑かけてないと思ってるのか、タニンにメイワクかけてないとオモってるのか、どっ ちにしても目出度いねぇ、フラッシュメ モリをガムのよ うに噛んで、くちゃくちゃ 類人猿、って果物や木の 実食べてんね んで 牛 乳って、牛の飲みモンやん 何で人が飲むの? 不思議じゃ ない? 予防医学って言葉すら知らない、猿ども、あ、俺もその言葉、昨日知りましたぁ、春夏秋 冬、ギンギンに冷え たビール、内臓が冷え るやろ、裸足、ぶ〜ふ〜、頭寒足熱って知っ てるかい、お前、アト ピーやろ? 肌が荒れて、敏 感肌、チン ピー痒いやろ? ケ ツの穴、痒いやろ? マン ピー痒いやろ? 内観しなさい、感じなさい、(さぁ、そして、何が正しくて何が嘘なのか考えなさい)再び、ばーか、お前の体内の こえ、聞けよ、頭が痛いで す、偏頭 痛、クラッシ ュ、脳味 噌、ぶ〜ふ〜、花 粉症、贅沢病、贅沢 病、ぜいたくびょう ぶ〜ふ〜、自分の子供なら、手術はさせません、手術はさせません、とお医 者様はおっしゃ いました、最近のステ ロイドは安全です、半透明の、クリームが ぼくらの口から どんどん溢れてくる 副作用の研究は、どこまで進んで るか知ってますか? ぶ〜ふ〜、安全でス? 皮膚組織が 真っ黒になりました、そうさ、プロパ ガンダ機械、蘇れ、プロパ ガンダム(爆)っす、何れは、皮膚を金属に したいよね、よろしく、薬三種類の副 作用なんて、誰も知りません、エビデンス(*3)、エビデンスって馬鹿の一つ覚えみたいに ぶ〜ふ〜、どこまで信頼出来るんだよ、カール・ポパー(*4)の謂う「反証されえない理論は科学的ではない」ということば、突き詰めれば どんなに信頼出来る科学的論理も 反証出来ちまうんだよ それが科学だ、医学的根拠に基づいて 科学的にある程度証明されてるんで、じゃあ、睡眠薬と 胃薬と 安定剤出しと きますね、毎月高い社会保険料 払ってんだから、お医者さまにかからなきゃもっ たいないわ、倫理って何? 目出度いね、♪だぁれも知らない、知られちゃいけぇーない〜 デビルマンがだぁ〜れぇ〜なのーかぁ〜♪(*5)健康がブー ムだってさ、いつからだ ろうね、ずっとずっと昔 からさ、何でだ ろうね、にんげんって馬鹿だから、異性に好かれるためなら、何だってするのよね、「煙草吸う男の人ってセクシーよね」とか、「細い人がかわいい」とか、「太ってる方が貫禄がありますね」とか、「よく食べる人って大好き」とか言われると、調子ぶっこいて、マジ、馬鹿ですみません、俺、わたし、ぶ〜ふ〜、自分の ため、家族の ため、社会の ため、健康は 楽しいよ、どんなドラッグよりも 健康であることが 一番、気持ちいいんだよ ぶ〜ふ〜、健康は 快楽 だ 健康を保つ スリ ル、ふふ、健康になり たいね、「健全な精神は健全な肉体に宿る」(*6)んだよ、多分 って、奥さん、痩せ細って 筋肉がない んだね、ぶ〜ふ〜、誰のため? 自分のため? ぶ〜ふ〜、人の目が気になるの? ほら、わたしってテレビ見過ぎだし、情報過多で、知らなく てもいい情報ばっかり、君の脳 味噌は、ぶ〜ふ〜、ぶ〜ふ〜、そろそろ記憶容量を 使い果たし、作動し なくなる罠、ぶ〜ふ〜、かわいい孫娘は ゲームのし過ぎと、漫画本の 読み過ぎで、ぶ〜ふ〜、眼鏡っ子の仲間入り、電磁波で何か壊れて なけりゃい いけどね、あなた、何で健康になりたいの? ぶ〜ふ〜、否、不健康になりたいんだ? 生きるの 苦手だろ? ぶ〜ふ〜、ぶ〜ふ〜、』

言葉を知らない灰になった息子はぼーっと天井をみつめて、不意に声を出して笑う。ピエロは美しい化粧を落とし、失った視力で灰になった息子を、泣きながら掻き集めている。その上空を、金属の鳥が不快な羽音で飛んでゆく。


   3.メタ・秋


 秋雨前線を、溜め込んで
少し下っ腹の出てきた 秋に
顔をむん ずとうずめて
 皺のない、つる
  んとした国道を
    私は散り 歩く

爆破された、脳味噌をす
っぽり被って
 記憶の、ドン ・チェリー
  聴きながら
   眼鏡に ぶら下がった坊主が、
      丸坊主、
    で説教する、ビジョン
   攻撃的ミッドフィルダーの、
    眠気がしょん
     べんみたいな
      ヘディングして
    絶望的に 達観する
ああ、
やっぱ、記憶
 ってのは ぬれてんだ

   どこにも行かないんだ ここから
  今から もう ずっと前から
    行ってる 直感
  存在が回転し、
   停滞する、ラプソディ

  黒ラベル空けて 餃子喰いながら
 テレビの スイッチ入れると
   相撲取りが、手刀を切り
    心を描いて 褒賞金かっさらう
     「あっ」
  ふと、スポーツ新聞
   的な見出しが 思いつく
   「肥満、募る
   不満」(昨今の相撲界の不祥事に対し)
 「メタ・メタボリック・
   ドリーム」(外国人力士のジャパニーズ
  ・ドリームを揶揄して)
そうさ、このくだらなさ
メタボリックもメタミドホスも、
  メタアンフェタミンで愛して
      あなたをがぶ
     りと食べちゃいたい

  あなたの、血が欲しい

   ああ、食欲の
  秋


   4.吾唯知足(*7)、または絶対矛盾

秋分の日、私は精進料理をいただいた。薪で炊かれた白米とお豆腐や蒟蒻の入った具沢山の汁、がんもどきの煮付け、山葵がちょんとのったごま豆腐、ほうれん草とお揚げのごま和え、つけもの、昆布の素揚げが朱色の器に盛られ、運ばれる。渡された箸には「一日不作一日不食」(*8)と書いてある。心を静め、一口一口に感謝しながら最後に白米を食べ終わると、その椀に茶が注がれ、足るを知る、とはどういうことか思念する。琴棋書画図の襖絵、枯山水の庭園に降り注ぐ木漏れ日を眺めながら、茶を啜り、私は思念する。また茶を啜り、思念する。啜り、思念し、そのうち思念を啜りだすと、腹いっぱいだと気が付く。

食という字は「人を良くする」と書くんだよ、とどこかで聞いたが、実際は「良」という文字は、穀物を盛ったさまを表し、上部は、人、ではなく蓋の意味なんだってね。文字としては「穀物などを器に入れて蓋をし(手をくわえ)柔らかくして食べる」という意味から、現在のように食べること全般を意味するようになったそうだ。

医食同源、私が食べたものが、私の身体をつくり、私を治す。至極当然のことわり。知らなくていいことばがあると、私は思う。必要のない情報が山ほどあると、私は思う。それでも、私はいつもどこかへ出かけ、ことばを探している。生きてる限り足りれば、また減るのだ。例えば、この過剰な情報量の散文のように。私は、まだ何もわかっていないのだと痛感する。それと同時に、何かがわかろうとしていると感じるのだ。

比叡山の麓に少しばかりの開墾をし、農に生きた松井浄蓮がこんな言葉を残している。

【あらゆるものの再出発は、自分の喰べるものは自分がつくるところからという、若しも他に向かってこれをいえば一笑に附されるであろうような素朴な考えを不動の信念とし、世事一切に目をつぶって親子八人、自ら限定した面積 ―― 開墾地三、四反に鍬の柄を握り、ひたすらにこのことに没頭した。】萬協三六号 一九五五年(*9)

愚かであることを承知のうえで、私は私の欲しいものを私の手で描く。詩でないとか、ポエムだとか、散文であるとか、日記であるとか、随想であるとか、面白いとか、面白くないとかどうでもいい。私は、今も昔も詩を描いてるつもりはない。詩が読みたいのなら、現代詩手帖を買えば良い。詩は、ここにない。


   5.文学極道

  したいのか、
 それを
それとも、
    破壊、
   したいのか

 液晶なるものよ、
  強く、邪な
 唯一の、高貴なるもの
透過し、偏光され、分裂し、解体され、
 流動、また差延し、消滅する、
 おまえよ、極道よ

    電脳桟敷のものよ、
   涅槃の、耳には入らない
    行者にのみ、響く
     真実の鐘、

勃起する、

【L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
Du ciel viendra un grand Roi deffraieur
Resusciter le grand Roi d'Angolmois.
Avant apres Mars regner par bon heur.

1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。】(*10)

光の王(*11)が、暗黒を
喰い尽くすとき、

 羽のない鳥が、
  空を飛ぶ



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脚注
*1・・・ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch/本名:Jeroen van Aken、1450年頃- 1516年8月9日)は、ルネサンス期のネーデルラント(フランドル)の画家。<ウィキペディアより部分抜粋>
*2・・・放射線はその電離・励起能力によって、生体細胞内のDNAを損傷させる。レントゲン、及びCTの被曝は有名な話だが、被曝量が少量のため(一回のレントゲン撮影で年間の自然被曝の千分の一程度と云われている)人体に影響はないとされている。しかし、検査する部位によっても放射線量は異なるし、特に妊婦などは胎児への影響などにも注意する必要があるのではないだろうか。DNAの損傷により癌や白血病、遺伝子の異常による遺伝障害なども考えられる。
〈参考〉http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/Housyasen0908Asa.shtml
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3
*3・・・「科学的根拠」と訳されることが多いが、日本では医学業界でよく使われている。
*4・・・カール・ライムント・ポパー(Sir Karl Raimund Popper、1902年7月28日 - 1994年9月17日)は、オーストリア出身イギリスの哲学者。純粋な科学的言説の必要条件としての反証可能性を提唱。<ウィキペディアより部分抜粋>
*5・・・『今日もどこかでデビルマン』(作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一、編曲:青木望、歌:十田敬三)
*6・・・デキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis, 60年 - 130年)「風刺詩集 (Satvrae)」の第10編第356行にあるラテン語の一節;
"orandum est, ut sit mens sana in corpore sano"
は「健全なる精神は健全なる身体に宿る」(A sound mind in a sound body)と訳され、「身体が健全ならば精神も自ずと健全になる」という意味の慣用句として定着している。しかし、これは本来誤用であり、ユウェナリスの主張とは全く違うものである。ユウェナリスはこの詩の中で、もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body)と語っており、これが大本の出典である。<ウィキペディアより部分抜粋>
*7・・・「吾唯知足」(われただ、たるをしる)は、釈尊が説いた教え。通解として「足ることを知る人は、心は穏やかであり、足ることを知らない人の心は、いつも乱れている」と言われている。
*8・・・「一日不作一日不食」(いちじつなさざれば、いちじつくらわず)は、唐の時代の有名な禅僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の言葉。「働かざる者食うべからず」という意味ではない。
*9・・・『百年の食―食べる、働く、命をつなぐ』渡部忠世著。93頁「浄蓮のことば(一)」参照。99頁より部分引用。
*10・・・16世紀の占星術師ノストラダムスが刊行した『予言集』(百詩篇)のうち、第10巻72番の、日本でも有名な詩の俗訳。
*11・・・『光の王』ダーザイン(武田聡人)著。
http://members.at.infoseek.co.jp/warentin/hikari.htm


エスマヌール

  はらだまさる

十二月。景気の悪いニュースばかりが飛び込んでくる寒い冬の月曜日。小さいながらも会社を経営する還暦を過ぎた父親とその娘が二人で吉野家へ行く。

娘は注文を父親に言付けて、到着後すぐにトイレへ入る。ドアを開けると、まず男女共用の手洗い場がある。その畳半畳ほどの狭いスペースで、手を洗い終わったばかりの作業服姿の若い男が鏡に向かい髪型を整えていたが、娘の視線を気にするようにそこから出て行こうとする。すれ違う際、お互いに何となく体を反らし「「すいません」」と声を掛け合うと、若い男は閉まりかけていたドアから、煙草の匂いを残して出て行った。

さらに娘は奥へ進み、ドン突きの女子トイレのドアを開けて中に入る。正面には水着姿でビールを呑むキャンペーンガールのポスターが誰かを誘惑している。そこは地球の最果てのように薄暗く狭い惨めな空間で、何日も掃除してないような汚れたウォシュレットタイプの便器が大きく口を開けて――それはまるでゴアガジャの遺跡?いや、汚れたスヌーピーのように――鎮座していた。

(軽い舌打ち)
「汚なぁ。これから食事やゆうのに、何?この汚れ方は。店員のお兄ちゃん、ちゃんと掃除してるんかいな。」
娘は沈黙しながら腹を立てる。
「天下の吉野家でも、こういう店はぜったい流行らへんやろうな。従業員教育が全然行き届いてへんし、ホンマ最悪やわ、これ。」
備え付けのアルコールを吹き付けたトイレットペーパーで、娘は手際良く便座を拭くと、下着を下ろしてその上に座る。そしてつい経営者目線でモノを考えてしまう自分に軽く失笑しながら消音のための水を流して目を閉じた。

次の瞬間にはそんなことも忘れ、おしっこの快楽に集中する。
ジャアアァァ・・・
(言葉にならない快楽を存分に味わう娘)

前頭葉辺りで、さっきまでの悪しき感情や身体中の毒素がいっしょに排出されるのを想像しながらおしっこを済ませ、汚れたレバーを指先で「小」に傾けて、便器の蓋を閉める。

篭る水流の音が「禊(みそぎ)」の役割を果たしている。しかし、そのことに娘が気がつくことはないだろう。

丁寧に手を洗って娘が席に戻ると、すでに並卵味噌汁が席に置いてある。
「早っ!もう来てるやん。さすが吉野家。」
「・・・・」
味噌汁を啜りながら、父親が言う。
「こんな薄い味噌汁飲んだん初めてや。何やこれ。」
と答えになってない返事をして、今度は漬物に醤油と普段かけない七味唐辛子をかけながら言葉を続ける。
「これでちょっとくらい身体もあったまるやろ。」
「そんなんで、変わるんかいな」
と呆れた感じの娘。

父親は器に割られたままの卵を牛丼にのせてからかき混ぜ、紅生姜をちょっと乗せて無言で喰い始める。その様を娘は眺めながら、器の中で卵をかき混ぜて牛丼のうえにかける。それからたっぷりの紅生姜と七味唐辛子を振り掛けてさらにかき混ぜ、手を合わさずにいただきます、と関西弁のイントネーションで呟いて食べ始める。

娘は父親の注文した漬物に箸をのばす。父親がまた味噌汁を啜り、店中に響くような大きな声で「この味噌汁、お湯みたいやなぁ。」と娘の顔を見て言うと、娘は口元に丼(どんぶり)を近づけて、箸で中身をかき込みながら黙って頷く。娘、といっても去年まではれっきとした男だったのだけど。

窓の外では強い風に吹かれて【並盛3杯食べたらもう1杯】と描かれた幟(のぼり)がばたばたと音を立てている。曇り空なのに芸能人風のサングラスをかけたミニスカートで薄着の若い女が、耳にイヤフォンをしながらフェラチオみたいな口でソイジョイを齧りつつ歩いている。儀式を失ったこの国の恥部が、誰の目にも開示されている。

食事の済んだ父親と娘は、熱い茶を啜る。毎度のことだが、袋入りの爪楊枝を五六本取って、如何にも近所のスーパーで買いました、というようなブルゾンのポケットに突っ込む父親の姿を見て、娘は苦笑する。何故なら父親のデスクの引き出しには、色々な店の爪楊枝が散乱しているからだ。それからまた新しく一本の爪楊枝を取って、左手で口元を隠しながらシィシィする父親に、動物としての逞しさの片鱗と人間としての脆弱さを垣間見る。と同時に、娘は内臓の痛みに目が眩む。

「夢なんかみるな」

《これがお父さんの口癖。そんな希望の欠片もないお父さんとこの国から逃げるように世界を放浪していた数年前、イエプルというバリ島の遺跡で出会ったおばあさんに「聖水」を飲まされたことがあった。お金を要求されるのを無視して、その場から立ち去った三分後に酷い嘔吐感に襲われた。ホテルの部屋に帰ったら下痢と高熱で散々な目にあったことを、吐き気のする眩暈の中であたしは思い出していた。あの水は黒魔術にかけられてたんやと思うけど、いまの日本の不景気は、あたしのせいじゃない。ああ、気分が悪い。頭も痛い。そやけど日本電産の社長はおもしろいなぁ。あんな経営者ばっかりやったら困るけど、その商売人としての逞しさはやはりお父さんのうえをいってる。お父さんは後十歳若かったら絶対いま株買うてるのに、とあたしにもらす。人生にこんなチャンスはそう訪れへんやろう、とも。あたし、午後からどんな仕事をしたっけ?何にも覚えてへん。まだ頭ががんがんする。》

娘が空を眺める。空はどんどんと晴れ渡り、雲ひとつない澄んだ空が傾いてゆく。頭痛は握り拳の大きさで、嘔吐感の色は、丁度この西の空みたいに青から橙色へグラデーションしている。なんて美しい嘔吐感なんだろう。金星と木星が月に寄り添うように微笑んでいる。その微笑に気がついて握り拳を開いたとき、吐き気も頭痛もこの空に消えてなくなっていた。

「どうするん?うちの会社倒産しかかってるやん。」
「これからは老人相手の商売やな。それよりもはよ、エスマヌールに誕生日プレゼント贈ったらなアカンねん。何がええやろなぁ。」

《エスマヌール。お父さんが念願のトルコ旅行で出会った現地の美しい少女の名前。幼い頃、底なしの貧乏を生きたお父さんは、むかし夢みた脚長おじさんを気取っている。》

吉野家は今日も満席だった。

文学極道

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