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はゆ

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

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さっちゃん

  はゆ

  バス停にぽつん置かれた青いベンチにちょこんと座りながら
  さっちゃんは何処かに行ってしまった友達の事を待っています
  決して待ち合わせをしたわけでは無く
  あの日『またね』なんて手を振ってくれた友達の事が忘れられなくて
  もうかれこれ10年以上もこの場所で待ち続けています。
  
  さっちゃんは居眠りをしたり
  お気に入りのワンピースの水玉模様の数を数えたり
  大好きなお母さんが持たせてくれた御自慢の手作り弁当に舌鼓を鳴らしながら
  今日も友達が帰ってきた時の為にとっておきの笑顔を練習するのです
  ケチャップで汚れた口元が静かに『おかえりなさい』と動きます。

  しかし何度目かのバスストップの後 かんかん照りの晴れた夏の日に
  村役場の職員がふたり来て待ち続けているさっちゃんに向かいこう言うのでした
  『もう此処にはバスなんて来ないよ』と
  それからバスの時刻表をふたりがかりで軽トラックに載せ
  乾いた排気音と共に夏草を揺らしてゆきました
  
  さっちゃんは友達が帰ってきた時の為のとっておきの笑顔の練習の真っ只中で
  職員に向かい俯きながら首を何度も横に振りました
  何度も何度も首を横に振りました
  さっちゃんの小さな身体はふるえ
  お気に入りのワンピースの水玉模様はどんどん増えてゆきました
  
  その後も青いベンチにさっちゃんは座っていました
  雲ひとつ無い夕空を見上げながら『雨でも降ればいいのに』って呟いていました
  さっちゃんの目の前を村営の回送バスが横切ってゆき
  風と夏草の匂いだけ其処に残してゆきました

  『もう帰ろう』 さっちゃんは言いました
  『もう 終わりにしよう』 さっちゃんは言いました
  そう言ってさっちゃんは静かに重い腰を上げました

  すると 目の前に白いバスが止まり
  中から誰かがさっちゃんの元へと歩み寄ってきました  
  その誰かは深々と被った帽子をとるとさっちゃんの涙をひとさしゆびで拭いました
  
  不意にさっちゃんの白い頬が夕焼けの様に赤く染まり
  口元は微かな動きをみせました

  『おかえりなさい』

  お気に入りのワンピースの水玉模様は浮かび上がり
  ポロポロとシャボン玉の様に雲ひとつない夕空へと旅立ってゆきました。

文学極道

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