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はなび - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


Anthropomorphic landscapes

  はなび


Anthropomorphic landscapes I

扉を開けると un bel di,vedremo が きこえた
奥の 部屋へと続く 扉のまた向こうからきこえる

この建物には 扉がたくさんあり どの扉も ひら
かれるのを 拒むようでいて また 待ち望んでい
るようでもある

建物の内部ではいつも 何かしらの音楽が移動して
いる 匂いも 空気の震動によって 常にうごいて
いる

眼球の如きテーブルが ぎょろ ぎょろ 辺りをみ
まわしている 寝起きの巨人の 髭の様なカーテン
シーツ 脱ぎ 散らかした ローブの 襞の 類い

浴室 台所 下水 へと続く ゆるやかな曲線 電
気コードの からみあう 束の 赤 黒 白 黄色
コバルト

もうすぐ 何かがはじまろうとしている  前にも
聞いた いつも 誰かが口にする まじないのよう
な ことば 良いことなのか 悪いことなのか 誰
もいちばん深いところには 届かない まま 何か

何か 何かが起こる ことだけ 明確にして 自然
の猛威にさらわれた 人間の数を越えてゆく

 我々

に内包された力は 姿を変えて ある 晴れた日に
あらわれる 空を見上げれば 雲が 恐ろしい顔を
していた


Anthropomorphic landscapes II

真空チタンのカップにビールを注いでくれる友人
うすくスライスしたカラスミをあぶりながら
ニューヨークに住む音楽家がつくった歌をハミングしている

少し音程がはずれても それは それで 魅力的
白いシャツからのぞく 逞しい民族のモチーフ
細い腕が アンバランスでも
それは それで よく似合ってる

海を眺めながら スタートレックに登場したゲームを
5回して 日が暮れるまま バルコニーでさらされた

水平線と 空と 雲とが フルートグラスにうつされた
ゼリーみたいに透き通っていく

真っ暗な宇宙空間に 吸い込まれて おなかが空いた
空っぽになって 
心地良く使い古された 木べらで

じゃがいもを うらごす
お皿に残った 混沌のソースを
掬って きれいに さらう


Anthropomorphic landscapes III

おばけばなしの好きな おじさんが やってきて

おばけのことを決して 馬鹿にしてはいけないと言った

おばけばなしが怖いのは おばけが こわいのではない

奥底に眠る 人間の 垣間見えるのが 恐ろしいのだと


丘の上の黒い子豚 un cochon sur la colline

  はなび


入り江に潜り込んでゆく景色のような模様が皿の上に描かれていた。青と金の手描きの線の上に農夫のにぎりこぶしくらいの赤っぽいジャガイモが、泥のついたまま放置されいている。ジャガイモを誰がはこんで来たのか僕はしらない。

おとといは、あさってには出発する予定だと言っていた宿屋の主人らしき男も、従業員達も、ただ落ち着かない様子で行く先々での心配ばかりしていた。不吉な言葉を言いあっては耳を塞ぎ、延々とネズミの形のビスケットを食べ続けている。

女主人が大鍋でトマトのスープを煮込んでいた。ひとつ足りないジャガイモについて妙な歌を歌っている。泥棒と子豚と足の生えたジャガイモ、詐欺師、薬剤師、巨大な蛸と勇者の物語、夏の夜中に咲く花のことについて。それらが走馬灯のように回転している歌だった。

翌朝、しらない男に起こされ、出発するから今すぐ支度しろと怒鳴られた。僕はゆっくりと寝床から起き上がり視線の先の窓を眺める。窓の外の景色は昨日までとはまったく変っていた。赤っぽいジャガイモのような地面が地平線まで続いていた。

年代物のバスが宿の前までむかえにきていた。宿屋の主人も女も従業員達も、しらない男もみんな先に乗り込んでいた。地面がとても熱くて靴の底が溶けそうだった。バスのタイヤが使い物にならなくなるのは時間の問題だから早く乗れと怒鳴っている。はやくはやくはやくと怒鳴っている連中は相当に怒っている様子だった。何に対して怒っているのか。グラグラと煮立ったスープの鍋があぶくだらけになってあちこちに散乱している。けれどもう誰も片付けようとする者がいない。

とにかく全員が乗り込んだというところでバスは出発した。タイヤよりも先に、もうエンジンがダメになりそうなバスだということが明らかになり僕も腹が立った。誰に何と言うべきか。

窓からの景色は昨日までとまったく同じ様に見えたり、じゃがいもの荒野に見えたり、タイヤやエンジンがぐらぐらする度に、ぐにゃぐにゃと入り交じり、胃の奥の方からピリピリした炭酸水が噴き出しそうだった。やっと入り江に面した丘が見えてきた。丘の上には黒い子豚が小さな祈りを捧げる為の棒切れのような神殿が建っている。棒切れのように見えるのは昔に焼け焦げたものをそのままにしてあるからだ。人びとは忘れない為にそのままにしたのに、覚えている者の多くは死んでしまった。日に焼けた黒い子豚のつぶらな瞳に、怒鳴りあう人間や間抜けな僕が映し出される。エンジンは朦々と煙を噴いてやっとそこで止まった。


Je sais que je ne sais rien

  はなび


わかることをしっかり
つかまえていることがわかるとき
わからないことをわすれる

わからないことにつかまらないよう
わかることにしっかりつかまって
わからないことをわすれる

それは

しあわせな結婚に似ている

ひこうきにのってとんでいく

いろんな糸にくるまれた
きれいな繭みたいに
つるんとしたふたり

おめでとう


展開

  はなび


深夜に泥酔して棚を注文したわたしは
森の中をあるいていました

分かれ道のあるところに
古びた木の看板がたっていたので
わたしはそれを蹴飛ばしました

腐ったところから
古いワインのような匂いがして
木の看板はもろく崩れました

きいろのペンキで
Synapseとかいてあるのが
視界の隅にはいり
わたしは家に帰りたいと思いました

台所ではさまざまな展開が仕組まれていて
しらない人達が黙々と煮炊きをしていました

かまどのまえにすこしだけ泥を盛ったような
変ったかたちの傾斜がありました

そのうえをとおる人達はみな
いったんテンポをくずされているのに
しらん顔をしてはたらいていた

おなべのふたをあけると
もうもうとしろい湯気が
わたしにおそいかかってきて

棚に並べるべきものを
じゅんばんに教えてくれた

なべのふたを片付けてくれた人と
目があった
彼だけ
すこしふざけているみたいだった

こんにちは。

こんにちはの文字が

あめみたいにぐんぐん伸びていった
ぱぱぶぶれの様に

文学極道

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