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なるみ

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

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リンダ

  なるみ


一枚しかないレースのスカート、いつもは着せて貰えない。
おざなりの小さなプレゼント片手に生まれて始めて他人の家へおよばれをした。
まゆちゃんは、いろが白くてさらさら揺れる巻き毛の可愛い女の子
ちっちゃいけれどぷっくらしたほっぺはいつも笑顔で、お母さんや家族の話をしながら、今日は招いた友達と仲良くお昼ごはんを食べ始めていた。
上がっていいよ、って流行のサンダルを履いてまゆちゃんは言う。

幼稚園でひときわ目を引いたのは、ミニーちゃんのお弁当箱に気持ちよく並んだ黄金色に焼きあがった卵焼きで、
山吹の黄身より少しだけやわらかくマシュマロとよく似た弾力を持っている。蓋を開けると裾の膨らんだお遊戯会のドレスのよう、今日もまゆちゃんを鮮やかに彩っている。
仕事を持つ母親の後ろめたい弁当箱をこっそり開けると、パサパサに乾いた卵焼きときんぴらごぼうが、落葉っぱみたいに半分を陣取っていて、時々ひじきもご飯の場所まではみ出して枯れて腐ったススキのよう、
それだけでもう胸がいっぱい、慌てて弁当の蓋を閉じると、こっそり遠くのごみ箱に捨てに行った。
 まゆちゃんはとてもやさしい女の子だったから、お腹が空いて犬みたいな顔のわたしに、自慢の卵焼きを一切れ「これあげる 」と言って分け与えてくれた。

 *
キンポウゲの咲く丘にひとりで立つと、遥か遠くの海まで見渡せる。大人になったわたしはあの頃の思い出に念入りに蓋をして梱包すると中身を箱に詰め、重い小包にして宛名のない国に送ってしまった、ボランティアの靴の間にそれを隠して。
髪を染め、ウエーブを腰まで伸ばしてロングスカートを履くわたし、
つばの広い麦わらを被り、昔読んだ物語みたいに緋色の帆船がやってくるのを待ち続けたけれど、握りしめたものは地を這うみたいな草の根っこ、
見えないところでクモの巣みたいな網の目状に張り巡らされ大地に拡がりどこまでも繋がっていく、
蒼い草の絨毯に寝転んで遠い雲、近い雲がユーチューブの活字みたいに速くまたはゆっくり通り過ぎて行くのを、ある想いを抱いて陽が落ちるまでぼんやりと眺めつづけた。
低い雲の行方はとても速くて掴めそうだけれど、手を伸ばす度に、あっと言う間に形を変えて蜘蛛の子みたいにパッと散ってはしばらくのあいだ元に戻らないでいる。
やがて雨粒とも言えないようなかすかな水滴が瞳にうっすら滲んで拡がると、乾いた目に鈍い痛みを感じて、もう待つのを止めると立ちあがり走って去ってしまった。
有るべきものがそこにないからいつまでも、いつまでも探しつづける、

 *
夢に出てくる縄跳びを、終わりがないのに飛び続けてどんどん縄が速くなる。どこかで蚊の飛ぶような嫌な音がして目が覚める、
気付けばわたしはクローゼットの中にいて、扉は閉められ、声を出そうともがくけれど、声帯の震えはとても微かで誰にも聞こえない、狭いクローゼットの中を黄緑の虫かごみたいにぶつかっては跳ね返る。
声が出ません、わたしは声が出せません、誰か助けて…

 *
数か月前にネットで知り合った男性が、逢おうと言ってきてスタバへ出かける。彼は無造作な所作でわたしに話を押しつける、いちいちうるさく聞いてくる。服をもっと可愛い物にしたほうがいいとか、髪をショートにすればもっと美人になれるとか。
感じのよさや親切を押し売りして自分をよく見せようと考えている。ジャケットの裾が短かすぎて手首から踝(くるぶし)までが収まり切らずににょきっとはみ出している。その剥きだしの腕がわたしの髪に触わろうとするのをえげつなく感じて、向かい合わせた男の話はもう適当に聞き流し、残った氷ををじゃらじゃらとストローでかき混ぜながら身体をずらして退屈をもてあそんでいる。
なぜ、始めて会ったのにわたしを名まえで呼ぶのだろう、ハスに構えなるたけ目を合わさないように右肘で頬杖をついている。
相手の肉声を意識したくないから右手親指の付け根を気付かれないように耳朶へとずらし片耳を塞いでおく、この男でわたしの中身をいっぱいになどしたくない。
別れた後は、左足で暫く片足飛びを続けようと決めるわたしは傲慢でどうしようもない人間に違いない。
「時間がないから、もうこれで、」と、適当に話を切り上げ巻かれた紙の上にお茶代を載せ滑らすように差し出した。
慌てた男の肩越しに目をやると、顔のよく似た若い男女が小声で話しながら頷きあってお互いの空いた手でこのドアを共同作業で押そうとしている
軽く握り合わせた女の薬指に安物の指輪が光る
イミテーションなのに、眩しい輝き、
なにげなさを装い空気みたいに脇をすり抜け外へ出ると
無機質なビルディングが複雑にコラージュされた谷間から、新聞紙の破れ目のような空が覗いた。誰かが新聞紙をげんこつで打ち抜いたから飛び込んだ澄んだ青

しばし見とれて立ち止った後、ショルダーをもう一度肩に深く掛け直して、唇を軽く引き締め雑踏へと足を踏み入れる。
人混みをよけながらスクランブル交差点を斜めによぎると、わたしは誰もいない場所、どこでもないところへと再びたどりつくために、

                          

文学極道

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