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とうどうせいら

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  とうどうせいら

 
 
手と手を
握って
走ったら
あなたのてのひらと
わたしのてのひらの間で
ちゃぷんと音がする

違った遺伝子を持つ皮膚と皮膚の
深い狭間には
ブルーグレイの湖があって
あなたが駆け上がった
エスカレーターの段も
わたしがたくし上げた
スカートの裾も
そのおもてに
映っていた

息が
苦しくなるのは
駆けているせいと
わたしは
言い訳をして

湖面には
一面のさざなみ
刻んで散らした
ネオンの光
向こう岸から
強く寄せる波
こちらから
打ち返す激しい水しぶき

もう少し
明るかったら
しぶきが残す白い飛沫まで
見えてしまいそうだった

引っ張るわけでも
ついてゆくわけでもなく
初めて同じはやさで
同じところまで
走る

つながった湖を
ふたつのてのひらで
隠した私たち
上昇する水温
ラメ入りの夜風

やわらかなペチコートが
ひそかに脚に絡まっても


微かな声も漏らせない
 
 
 


小さな檻

  とうどうせいら


あなたは
きつく抱き締めたけど
わたしが
蝉の抜け殻のように
ぐしゃりと潰れる前に
そっと緩めた

わたしより
ひとまわり年を取った
その腕は
口をつぐんでしまうから

音色のない小さな声を
ひとつずつ
読むしかない


まだ朝は来ていない
チャコールグレイの夜が
姫君のペチコートのように
さらさらと
透明な波紋を立てて
揺れている


心臓を潰さない程度まで
ぎりぎり力を入れた
硬い腕

浅い呼吸



あなたが作る小さな檻に
手を伸ばしてそっと

鍵をかける


 


主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。

  とうどうせいら

あれは忘れもしない
一年前の8月6日
仕事を終えて
家に帰ると
あなたは待っていた

フリルのお母さんエプロンを
ひらひらさせて

おかえりなさい
待ってたよ
ばんごはんの支度が
できてるよ

長い舌をちろちろ出して
オオアリクイが
キッチンから出てきたの

すぐに

ごめんなさい
シンガポールと
間違えてしまいました


きびすを返して
玄関に戻って
帰ろうとすると

玄関には
彼の靴と
わたしの靴が
ちゃんと並んでて
そこはわたしの家だった

いつもご苦労だから
ぼくが
ごはんを作りに来たんだ

オオアリクイは
わたしが持ってきた
スーパーの袋をとって
わたしのかわりに
手際よく
冷蔵庫に牛乳を
棚に明日のパンを
移し変えてくれて
椅子をひいて
蘭を飾った食卓へ
座らせてくれた

やさしくされるのって
久しぶりだわ

オオアリクイが煮込んだらしき
カレーは
きりりと辛いけど
なぜかまろやか

君が
一番好きなもので
作ったんだよ

こうばしいチャパティを
わたしのために
ちぎってくれながら言う

ベッドから
引き摺り下ろすのに
ちょっと骨が折れたけど
いいだしが取れたと
思う

……だし?

そういえば
彼は
どうしたんだろう

口にあったものを
思わず飲んでしまう

あわてて
寝室へ行くと

彼が朝着ていたはずの
黄色のワイシャツと
ピンクのネクタイと
青のパンツが
きちんと
折り目正しく畳んで
ベッドの上に乗っていた

彼が
カレーになっちゃった

わたしは叫んだ

泣くんじゃない!

オオアリクイは
わたしをぶった

食物連鎖 なんだ
みんな
何かを食わなきゃ
生きていけないんだ
悲しいけど
これが世の中の現実なんだ!

そう言って
ひょいとわたしを
かつぎ上げ
足をバタつかせるわたしを
どすんと椅子に座らせる

もうできてしまったものは
しょうがないじゃないか
命に感謝して
最後まで食べよう

わたしは
悲しかったけど
オオアリクイが

君はほんとうはいい子だ

って大きな手で
頭を
くりかえし
くりかえし
くりかえし
なでなで
すると

なんだかわからないけど
そんなもんかもしれない
気が
してきて

オオアリクイが
よそってくれた
二杯目を
受け取ってしまった

もしかしたら
昼間
書類を書いていた
て かもしれないし

ゆうべ
まどろみの中で見た
まるいせなか かもしれないし

一本一本
愛撫したゆびのついた
あのあし かもしれないし

なにを
食べているのか
知らないけど

旨みがじゅわっと
口に広がる
絶妙な味わい

こんな懐かしい味のものを
今までに
食べたことがあったかなあ

もう
喧嘩もしない
どこへも行かない
他の女の人達とお話もしない
仕事の時間がすれ違って
お互いの寝顔だけ
見るような日々も来ない

あなたがわたしに気づかず
振り返ってくれない時
すこしだけ遠い存在に
なってしまったような気が
してたけど

カレーになって
わたしのお腹に
きちんと入ってるから

もうそんなこと
なんにも考えなくていい

ひとつも心配しなくていい

大好きなあのひと

わたし
おいしいと思ってしまったよ

ごめんね

しゃくりあげながら
食べていると

君は悪くない

ってオオアリクイが
また
なでなでする

大きなカギ爪があるのに
なでる時は
爪が
わたしにあたらないのは

どうしてなんだろう


あれから
一年経ちました

ただいま

仕事を終えて
家に帰ると
オオアリクイが待っていて
わたしは
彼のばんごはんに
舌鼓を打つ毎日

スパイシーな
南国の味にも
ちょっと慣れてきた

でも時々
たまらなく淋しくて
なんにも手につかなくなる
オオアリクイは
だいじょうぶ? 
って言って
お水を持って来てくれる

水を飲むわたしを
いいこいいこって撫でる

彼は
とってもやさしい


ただ

ゆうべ
一周忌法要をすませて
眠っていたら
体がちくちくして
ぼんやり目をあけた

気がついたら
胸の上に
またがっていて
パジャマの
ボタンとボタンの
間から
長い舌をちろちろと
差し入れて

いろんな場所を
舐めようとした

くすぐったい
暑いよ

って
笑いながら
はらいのけて

わたしは寝てしまったけれど
















* * * * *



    ※「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。」
   このタイトルで詩を書く企画に誘われたので。もともとは出会い系メールのタイトル。
    メール本文は下記参照
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E7%BF%CD%A4%AC%A5%AA%A5%AA%A5%A2%A5%EA%A5%AF%A5%A4%A4%CB%BB%A6%A4%B5%A4%EC%A4%C61%C7%AF%A4%AC%B2%E1%A4%AE%A4%DE%A4%B7%A4%BF
 

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