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しょう子

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


恋人

  しょう子

魚の眼をした彼氏が「愛してる」と言った
愛ってなんだろう
それってチョコレートより 美味しい物?
少女に成りすました私は そんなことを言ってみたりする

「僕の足が無くなるのと君と別れるのだったら、僕は君と別れるよ」
ある日彼はぷかぷかと煙草をふかしながら そんなことを言った 
「魚には足が生えていないじゃない!」
私は思わず言ってしまい あっと口を噤んだけれど
魚の眼をした彼は それ以上何も言わず
吸いかけの煙草を残して
煙だらけの部屋を一人で泳いで帰ってしまった

次の日目を覚ますと
まだ部屋は縹色をした朝だった 
ピーっと遠くで何か鳥の鳴いてる声がして
ふと隣を見ると 彼はちゃんと私の隣にいて
魚の眼を見開いたまま 静かに寝息をたてていた

―――何処まで泳いできたんだろう
心なしか尾びれが濡れて シーツに染みが出来ていた


私がバターを塗りたくったモーニングパンをひと齧りし
冷めかけたブラックコーヒーに口をつけようとした時
彼は重そうな尾びれを引きずって起きてきた
そして まるで「おはよう」の挨拶をするように「愛してる」といった
ぷくぷくと口から卵のような泡が零れ落ちていて
日に日に彼は魚らしくなっている


そしてその晩 ついに私は寝静まった彼を 
綺麗にさばいて食べてしまった
魚の眼をした彼は ずっと魚の眼のままで 
生臭くて チョコレートよりも美味しくなかった

鱗のへばり付いた手を洗剤とタワシで擦りながら
ふと三角コーナーに目をやると
魚の眼をした彼が じっと私を見ていた


―――愛ってなんだろう?
大人になった私も まだわからないでいる


幸子ちゃん

  しょう子

(幸子は椅子に座らない)


「幸子ちゃーん」

担任のめぐみ先生に呼ばれた幸子は
ケケケっと高く笑って
地を蹴って走る
タタタッと乾燥した砂が舞って
砂煙が飛行機雲のようにもくもくと上がった


幸子と同じ桃組のけん君やあっちゃんが
鬼ごっこに夢中だったり お団子作りに夢中な時
幸子は蛇口からリズムを刻んで落ちていく水を
真剣に眺めていたりする
そして突然思い出したようにケケケッと笑うと
またブーンと手を広げてタタタッと走りだす



幸子が入園した時 幸子のママは
「幸子はカレーしか食べないんです」
と人の良さそうな笑顔を浮かべてにっこりと言った
幸子にとってカレー以外の食べ物は食べ物ではないから
給食はいつも吐いた


幸子は時々めぐみ先生を「マンマ、マンマ」と呼ぶ
「先生はお母さんじゃないよ」
そんな時めぐみ先生は苦笑して 優しく幸子を抱きしめる
そうすると幸子はまたケケケっと笑って
すぐに嬉しそうに走るんだ


休日 幸子のママはいつものように幸子を連れてやってくる
「今日はお休みですか?」と 尋ねると
「ええ」
と幸子のママはにっこり微笑む
幸子はママの手を離れると いつも通りケケケっと笑って
タタタッと走って行った
小さくなる幸子の後姿を 幸子のママは知らない


幸子は走る
大きな運動場を ブーンと手を広げて

(砂煙が飛行機雲のようにもくもくと上がっている)

文学極道

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