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がれき - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


六月の景色

  がれき



景色が象の背中をして落ちてくる
日の単色
常緑樹の呼吸をまるめ込み
おおかみ少年の天層の下 置き傘の雨は
見えない水車を集めつつふる

数えだすなら 堆積を続ける
庭に映された鷺とその足跡と爪
のもたらす 二年はずれた夏の午後
ごむ質にかかわらず剥離され
永続される雲 それに間隙

いることはつらい
橋のスロープにつらなるのは辛い
雨と背中をこすりながら そして
感傷に盛られた食欲に手を置き
歯から背中 胸から首にかけて耳をすます

少女の鼻のその高さに構築されて
空はまるごと酸素をのむ その記憶も構成されて
食道の粘膜に落ちる
その音が聞き取れず 景色は象の目をして
なわとびの弛緩の中にしゃがみ込む

どこかで谷に集まる母音
そこに水車がじゅうりんして
椿の指や 孔雀さえ
裂けたならば
ただれるものなら

いつか日が顕われ今度はそらに
せり上がる むしろ
光は色を象に託し 背後にずれると
鎮まった傘の下からも 皮膚の
よりふかい雑木のこだまからも癒着した


東京オールナイトの夜

  がれき


即物的に青い
フィリピンのおんなどもを晒しものにしたい

交叉点のモヤに襲われ
はっきりしないネオンの闇を思い迷ったのだが
上野公園の
不忍池ノ上空ダケが暗いのに気付いた
取材ですか、
いいえ、ナニです、
22:00からも閉店されない
裏にあたる艶っぽいガラス張りの向こうを見よ
アルバイターの呼吸法!
口をあけたポリエチレンのごみ箱をほっとして覗き
ふらふら、して
東京の夜の湿度はたかいのだろうとビルの表示を見上げた
長距離道路では
トラック運転手が臭いだろうと思った

いやらしいカメラマンですか、
歴史的ではなく大口男が必ず存在すると考えた
湾が遠い
首都の隅田川も遠い
荒川がもっと遠くで浅草を流れていた
いいえ、
サンドイッチ、マンです、
大口男がきっと存在するに違いないと考えた
次々と
なまあたたかいフラッシュ
出口に大口男?
地下の下水路に耳を側だてざらざら擦り付けていたが
かなりして、てつの板だけ
見付けると引き剥がした
タクシィー!と、どこかの長男が決め付けた

湿り、か汚れ
卵色の泡がちいさく締まった
東京オールナイトの夜
オール、
フィリピン!、

とび出た頬骨を狙ってサンドイッチ、マンのように歩き始め
大口男はどこですか、

のっぽな駅員に向け歩み寄ったのだ


左巻き

  がれき

へそ曲がり
なによ
ふたつの光彩が見ていたもの
水位の増した
夜半の灰色にも
洪水があること すこし
降りすぎた雨を
歯ぎしりせずに眺めても
いた ひとつずつ
片目を隠して 糸へ
ストレート・ヘアへよじれていく部屋で
ふたつめの増水が肘をぬらしたと
きみの
独白をぼくは
五月をゆめみた

信じてほしい
濡れたざくろの
うすい膜を剥がして
爪の先にはり付いた映像 ながれても
少しも可笑しくない景色を
ぼくは
何度も引きのばしてみた
ざくろが咲いていた

ひかりのなかの工場は
くらい廃液を密造する
記憶を押しつぶしている
床下から浸水が 麦藁帽子を
水着の跡からカラー・テープにしみこむ
蒸気機関がいちばん緩いの
渦のなかできみ

ハイ・ライトが
あやしい
白の絵の具を花瓶に共謀させて
すこしいたいけど
割った
きみのなかへ膝を捻じって
ぼくはかえってくる
糸ひく排水 ひかりが
逆光かな

朝方はいつも雨だった
またね なぜかぼくは指が淋しい
おなじけしきなの わたしたちが見てるの
浸水がかえってきて
ぼくらは
薄っぺらい渦を着込む
またひとつふえた
ハイ・ライトを黒子のように付けて
ななめに して
洪水のどこに
ラジオの歌を生けるといいのか

左巻き?
あなた


  がれき


斜めに傾いだ枯れ木の下でよく逢引をした…

だがその幹の中心から
黄色い樹液が這いのぼるのを見ると
十秒の間
悦びを数える私たちの元に
砂だらけの鮒をよせた
意匠でなくむしろ赤さを欲しがったが
見わたせば池はまばらに凪いで
襲われないか
つまりそれは備えといえた

話すこともした
倉庫の窓に
木目にも似た粘土がつく日は
昼間は図鑑に読みふけった
私たちは一般に足音をかさね声をつづけて
捕獲の文字を
きつい夢のガラスにおき
茶色く焦げる噴水の曲りでも再会した

あたりには堀を隔てて幼稚園があり
倉庫が見えた
私たちはずいぶん確かな抱擁をたのしんで
水槽の鮒を握りしめ
鮒をまく進行のことを愛慕した
分厚い意匠を
替えたくおもい
枯れ木の下で舌をあわせた

斜めに傾いだ枯れ木の下でおびただしい数で冬鳥が鳴いている
おとうとよ…


心境変化

  がれき




放浪癖を持つ者にとって、邪魔だてを拒めば野晒しにされる。殺意と、とられても差しつかえない。いかにも唐突な殺意であるが、ぎりぎりまで平板にされたナイフ、と呼ばれるのには耐えがたい。もっとも、これは都市的なものだ。すべての道路は舗装され、工事中の看板もある。

ところで野晒しについては、一体の人形を考えてもらいたい。急勾配の石段に人形が廃棄されている。おそらくは手首に於ける蝶番の弛緩、膝から垂れさがる脚、省略されたゆび、首は圧迫されて折れ上がるだろう。これらを暴力と言い表すのは易しい。そこで名を与える、ペトルゥシカ…。ペトルゥシカはあお向けにされ、夜空のしたにいる。これは野晒しである。もし、同一のペトルゥシカが石段に立ち、ガラス玉の同一の汚れで彼じしんを見下ろすならば、さらに野晒しと言い得るだろう。



まず、私は断崖に下りたのだ。折しも海は大しけで、むしろ私はそれに満足していた。これは我ながら意外だった。そこで私はぎりぎりまで波涛に迫り、暗欝のうちに砕ける波、ひと肌に似た飛沫の落下を、間近に見ていた。海はどちらかといえば魅力のない、女のようにも見えた。何よりもそれが私を安心させた。そんな女を独り占めしてみたかったのだ。

そうして永い間、頬に何度も唾をうけ、ヒステリックな狂暴さへと変貌をつづける海に、飽きず顔を突き合わせていた。断崖に独りでいるという呼吸のあつさが、私をかくも気ながにしたのかも知れない。ついに私は海に共鳴する残忍さで、愉悦からのわらいを漏らした。最初は小さく、そしてヒステリックなまでに狂暴に。フェミニストだったのだ。これは可笑しかった。それから、わらうのにも退屈し、私がだんだん不機嫌になりはじめたとき、ちかくの岩の影に、一人の男の姿を見つけた。この男もわらっていた。私が共鳴していたのは、海とではなくこの見知らぬ男とだった。



次に私は、この国で最もうろんな断崖をはなれ、都市へと帰ってきた。そこに待っていたのは、ある友人からの手紙だった。〈わたしは投獄されて檻のなかにいる。わたしはサーカスの野獣ではない。まず弁護士との面会をした。そこで凶悪な表情になった。それから家族に嫌気がさした。君にも飽き飽きしている〉。思い出されたのは、あるビジョンを伴う記憶だ。タバコの煙に沈殿する教会のステンドグラス、それを黄褐色に塗り替える! ルネッサンスの職人たちのある雄々しい情熱をもって、私たちは二時間以上も煙突崇拝のタバコを吸い続けた。

それから、部屋を出たのは、時刻のはっきりしない白昼と夕暮れとの限界だった。通りにでると三角形の建物の影で、少年たちが野球をしていた。それは特別、奇妙な建物であるというわけでもなかったが(何しろそれは見慣れていたから)、三角形のひとつの頂点に、卵ぐらいのおおきさの太陽が見えた。きみはまえ触れもなく嗚咽をはじめた。ただここで断っておくと、きみとは決して手紙上の人物ではない。ある野晒しな二人称のことだ。ところで私はというと、嫌悪からでなく、きみを置き去りにして、らせんの階段を巻き上がりすぐに自分の部屋へと戻った。



とりあえず私は、部屋を出ることにした。かつてのような旅行ではなく、ひどく乱脈な時間の経緯があって、夜のあいまいな鋳型へと世界が閉じられてからだ。散策と断定してよろしい。黒ずんだ用水路を見下ろすと、(もう何週間も雨がなかったのだが)適度に整然としていた。また、そういえばここは丘陵の上につくられた造成地なのだ。通りの突き当たりを右へ折れると、赤いアーケードの商店街が見えるだろう。おそらくは暗い空のために、それは灰色がかる。用水路ぞいの細い道を抜けると、ふいに大通りへでた。いや、むしろまだ、小さな通りだ。すぐちかくに人だ。三人で話している。狭い道をバスが通る。みじかい照射が騒音に追われる。とおくの道路からクレーン車の音だ。小売り店からライトが洩れる。三人の声は耳元までちかい。ひっそりとした住宅跡地は高度もはっきりしていた。

―この街も、私は知らない。電信ばしらに頬骨を当てると、輪郭が逆三角形をしていた。ゆで卵の臭いにひき寄せられ、私はもっとも高度を強めた。次第に野晒しな状況が、構造物へと高まっていく。すでに空中だ。陰気な銀を伴うが、冬ではない。ここで一言付け加えるなら、それは星座でも、都市でもないということだ。


ひょっとこ

  がれき


ぽろぽろのゆきあかり
糸をよじったような地方都市のまん中で
僕は只ならぬひよっとこ面を見つける
ときどき誰よりもしんとして
とおくでぶちまける水のおとをきく

まあたらしいひよっとこ面の
人形のような肌のおとろえ
むかむかする唇に手をあてなくても
これはきちがいじみた顔のまま
うすく呼吸しているのがわかる
ぎょろっとしたおどけた眼
―こいつ口づけを待っているな
すばやい身のこなしを自慢に
僕がはたきたおせばぎゃっと大袈裟
見下ろしてもそのままのひよっとこ面だ
半分埋もれた口のすいはき
ゆきが横殴りのようにわり込んできて
僕をゆっくり押しひろげる
僕は恥ずかしくてくるしすぎるのだ

―ゆきはどうして色白なのか
顔に文字をかかれているような気がする
ひげのない自分の頬を
ひたひた鳴らすようにいく
へんに寝静まった地方都市のよるを
僕は全身を線のほそさにして
だんだんに小走りする
よそ者のようにちいさくゆきをとらえ
家は二階だてのかたい都市
家壁に染みをとばす夜半の舗装路で
こける気がする
ライトを切るまあるい水たまり
ばしゃっと指のまたから水をはねあげ
これはまるで獣姦の姿勢
下から てん滅する除雪車を待つとき
平たいなと思う

―ほんとうにセカイはひらたい
―でも これほどに
電柱をひき抜いても同じことだろうか
僕は除雪車のつくる人肌のみちにいて
紅くはれあがるゆき
ぶちまける水のおとをきく
しんとした車道から見あげるだけで
これほどに胸くるしい銀の世界か

―ひっそりといる
―そう さけおちているな
ゆきが人形のように耳もとに立つ
これはひよっとこ面をして口づけを迫るのだ

文学極道

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