エレベーターが
うろこ雲を突き抜けていく
ぼくは記憶を
一枚ずつ脱ぎ捨てていく
屋上を求めて
最後に誰かを幸せにしたのは
いつだったかを考える
そんなことは
一度もなかった気もする
空気が薄くなっていく
いつか誰かを愛していた
昨日の天気も
もう思い出せない
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いまり - 2019年分
屋上
善い人
01
コーヒーに浮かぶ
昔の人
空は子どもが
上手に切り取ってしまった
自分の仕草を
嫌いになるとつらい
02
わたし、は
あなた、だった
あなた、は
どこ、にいたのか
目のないサイコロは
転がりつづけている
03
当たりくじを引いたら
明日は晴れ
夏しかなかった事実は
とっくに埋葬した
04
ねじがはずれても
丁寧に続けていた
何かの拍子に思い出して
ぬるま湯を飲み続けた
昼
05
なにもない、が
確かにあった
行き先は八年前に忘れた
ふたり睦まじく
萎んで
06
あなたのなかに
善い人はなかった
鏡に映すまでもないから
正しくなろうとも思う
わたしも善人でなければ
もう飲み干せるのだけれど
つぎの一滴が
なかなか落ちてこない
光
それはどこの国の地面でもないのかもしれない、果たして太陽などあるのだろうか。ひとつの芽が土のかたまりを押しのけて、空に向かおうとしている。あらゆる瞼は閉じられ、すべての睫毛は伏せられている。そこにこめられた願いなど無いのかもしれない。命が、芽吹こうとしている。
Rさん、高校の卒業式の日に母親
が自殺した。結婚して五年目の
秋、そのことを夫に打ち明けた。
晩ご飯はハンバーグ、ケチャップ
の赤をみつめながら、彼女はお
母さんになりたいと言った。寒く
なってきたね。寒くなってきた
ね。今夜のハンバーグ、いちば
んおいしかったよ、ありがとう。
芽は双葉になる。懐かしい記憶など無く、求めるすべなどもたない。誰かが笛を鳴らしたような音(ね)、いずれにしろ何もかもが足りない。すべての腕はふりおろされ、それに繋がるすべての肩は無数の地平線となる。悲しいというのだろうか、雨雲が立ち込めてきた。きのう、という言葉などまだ知らない空に。
H君、新卒で入った会社を半年
で辞めて三年、一歩も家の外に
出なかった。犬が死んでも泣か
なかった。父が倒れても見舞わ
なかった。けれど奥歯が痛くて
歯医者に行った。両親にいちご
大福を買ってかえるとふたり
は泣いていた。これでよかっ
たのかもしれない。もうがんば
らないよ、ありがとう。
芽は伸びつづける。茎は太く葉は青く、なにかに耐えつづけたかのように成長をとめない。降りしきる雨のなか、すべての指はさす方角を持たぬまま、あらゆるこぶしとなってかたく握られる。問いを投げかければ片端から礫になるような力強さ、時は伸び縮みを繰り返しながらしだいに意味を失っていく。
Sちゃん、四歳を過ぎてもこと
ばをしゃべらず、水の音がきこ
えるとなりふりかまわず泣きじゃ
くった。こわいものとゆるせな
いものしかない世界で、どれ
だけふりほどいても抱きしめて
くるひとがいた。ある日ふいに
つぶやいてみる。ママ。そう、
ママよ、ママはここよ。もうど
こにもいかない、ありがとう。
*
明日は
叶わぬことに満ちている
未来は
どんなひどいことだって起こりうる
生きていくことはなぜ
こんなにも果てがないのだろう
わたしたちのありがとうすら
またかき消されてしまう
かすかな風さえ吹けば
なにごともなかったかのように
花はいつか必ず咲く。どこかでだれかがありがとうとつぶやけば、つぼみはまたひとつ色づくだろう。そのことを誰も知らないのに、想いだけがしずかに降り積もる。きぼう、という言葉など知る由もない空から。
見守る者など
いるはずもないのに
どこかでまた
笛の音がした