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あやめ - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


歳月

  あやめの花

くちばしからくちばしへ海は渡された
とおいむかし
雨にみまわれた海水浴場での
くちのなかをころがる飴玉、そして月光


わたしとあなたは似たなやみを抱えて
まったく異なったよろこびを
欲してる、くるぶしをつたう水滴が鴎のかたちを
していて、きれい、まるでゆれる光の、足跡


ゆめの切断面にふちゃくした毛髪が、だれの
からだからぬけ落ちたものか
わからず、手のひらで耳をおおうと
聞こえる波のおと、それから森のなか
うっかり捨ててしまったものへのしゅうちゃく
おろかな部分について語り合う、影と影と


砂のような質感のやさしさを、爪の三日月で
すりつぶす、あなたは、海老、と言った
わたしは、それをひていした
耳の、奥底をはうあたたかな水の表面が
迎えるようにほつれはじめて
さいげつ、というひびき、瞼の裏側ではじける


貝殻と骨と、空洞のようにつめたい海風について
あなたは、さよなら、と言った
わたしは、それをこうていした
白い泡と、騒がしい、波打ち際で手をすすぐ
すすいでもすすいでも、そこにある体臭
生まれてから今までの出来事を、匂わすような


危篤

  あやめ

抜きとったら残りませんか、はらわたいがいの装置として、背泳ぎをしながらわたしは、空を、それは細密な
犬歯でかみちぎる、気がとおくなるほどのへだたりは欠陥ではないのだと、そうやって窓辺をささえる模造の花が、白から青へ、青から紫へ、かくじつに褪せていく、半透明の容器のなかで
みみたぶが雲の裾とせっしょくしたときの、かすかな破裂音、おおくを否定してきたことをおもたくかんじた、その、ひだり斜めうえを滑空する鳥の、水をはじくあかるい尾羽、それになれなかった、そこを押しひろげた
あまりにきれいな切断面は欲しいならあげます、と手わたされた風船のように、おぼつかない幼児のあしどり、針でつつくと破れますか、やはり、騒がれることなく押し流されて、用水路にはたいりょうの花びらが、朝にかぶせる白布のように


たなびいている
束ねた髪が、水をおおくふくんだ風にひっぱられて、おもたい、脳のなかをふく風は、やわらかで
錆びついた蛇口をひねる、鳥たちがいっせいに飛びたっていく、鈍いひかりを、それはたぶん、剥離、というものだったのだろうけれど、ふるいアルバムの写真のなか、人びととわたしが正面を向いて、なにかの装置のようにおさめられていた、あざやかな花畑を背景にして、まるで
果てしなくそそぎこまれている、そそぎこまれているという感覚も失うほどに、浮かぶことや沈むことばかりかんがえている、わたしの
こうなる以外になかった、空がゆらゆらと、色づいていくようすを眺めていた


かのじょの肖像

  あやめ

とむらったり とむらわれたり
獲得したとしつきで
いびつなたかみから許そうとしている
けもののような草花をふみたおした
夏のふうけいをまいそうして
吸いこんでいく
ひるすぎまでの断水
まだ遠ざかっていたい




こうなる以外にも なりようはあったのだと
ゆめの不正な咬合でおもたくなったあたま
ひとつづきでとぎれることのない感官
どこまでもどこまでもつづく
貯水槽のとなりに放置されていた自転車の
あざやかなしょうめつの緒をゆわえて
ほら、
戸棚のなかで水菓子がだめになろうとしている
桶のなかで金魚がだめになろうとしている
ふたついじょうの
欠陥がある
いきをするよおにいきているので




(あ、)

あの 競泳者のような雲たちのながれ
ねむたくなるようなゆうなみ
ウールであまれた洋服をぬいでいく
あかるさや
くらさではかることを許された
幼児のころにめぐったはてしない時間
ひかりの環からはずれて
月のプロセスをあいするということ
それは
まぎれもない下降だった




夜、になってしまえば
うつくしいたてがみのシマウマを抱擁する
そういうゆめをはじく器官となって
色彩をともなったいらだちを
突き崩していく
爪のすきまに入りこんだ
繊維状の
ゆめの天体
蝉のはねよりもあわい
白線のうえを歩いていく
ここはまだ浅瀬
どこまでもどこまでもつづく


消灯、

文学極道

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